相棒
「うあっ・・・!」
完全に気を失っていた私は衝撃波に吹き飛ばされた勢いで目を覚ました。 意識が覚醒すると、途端に全身に痛みが走る。 しかし、悪魔の女に齧られた傷や髪で貫かれた身体を見ると既に傷跡は治りかけていた。
「はぁはぁ・・・敵に狙われる身だけど・・・こういう時は便利よね」
だけどやっぱり血を流しすぎた。 身体に力が入らない。 どうにかしないと・・・。
私はふと傍に目を向けると、そこには先程まで死闘を行っていた悪魔の女の身体を見つけた。 誰も見ていないし、仕方ない・・・か。
暫く時が経ち、私はようやく立ち上がる事ができた。 うん、これでようやくマシになった。 それにしても、さっきの衝撃は何なの? 周りの木も全部吹き飛んでるし。 兎に角リースさんの所に行かなきゃ。
私の傷は治りかけているとはいえ、全身の痛みを耐えながら手にしていた“相棒”を杖代わりにヨロヨロと立ち上がった。
衝撃で森が吹き飛び、周囲が開けてしまっている。 目凝らして辺りを見渡すと、何か小さな影が二つあるのが見えた。
「リースさん・・・!」
私は自分の身体がまともに動かない中、それでも限界の力を振り絞りヨロけながら走った。
sideリース
「ウィンクドレス。 それがアンタの本当の姿か」
化け物、か。 随分言われてきた言葉だけど、相手に思うのは二回目だね。
「久しぶりにこの姿になった。 誇りに思え」
「アンタに言われるならそうしようかな」
嫌な汗が止まらない。 それでも、それを表に出す訳にもいかない。 それを出してしまったら、アタシ自身の全てが崩れる気がする。
「あの世でな」
そう言うと、ウィンクドレスは一瞬でアタシの首を掴み、そのまま地面に叩きつけた。 衝撃で巨大なクレーターが出来上がる。
「ぐぁ・・・!」
(コイツなんて速さだ・・・アタシでも反応できないなんて!)
「アハハハ。 もう少しは抵抗してくれ」
「あ、アンタ・・・その姿の方がよく口が回るみたいだね!」
コイツなんてバカ力してるんだ! 全然抜けだせない!
「所詮出来損ないのダブルか。 お前はつまらん。 死ね」
「冗談・・・じゃない!」
アタシは渾身の力を出、し抑え込まれていた手を弾き大きく飛び退いた。
「ぜっ、ぜっ、はぁはぁ」
自分の首に手を当て呼吸を整える。 危なかった。 あと少しで首の骨をへし折られる所だった。
ウィンクドレスがアタシを掴んでいた手を見つめると、此方を見てニヤリと笑った。
「まだまだ力は有りそうだ」
「この、化け物が・・・!」
「化け物はお前もだろう」
ウィンクドレスが足で地面を軽く叩くと、地が割れながらアタシを襲った。 空を飛びそれを回避したリースだが、その目にはウィンクドレスの姿は映っていなかった。
「遅いな」
「っ!!」
後ろに回り込まれたウィンクドレスに叩きつけられたが、今度は背中の羽を限界まで広げ地面スレスレでブレーキをかけた。
しかし、またしてもアタシの目にはウィンクドレスの姿は映っておらず、右足を掴まれている感覚だけがあった。
速さもおかしいでしょ! あのパワーでこの速さ、とんでもないなコイツ!
「アハハハ。 そらぁ!」
アタシの掴んだ足をそのまま振りかぶり地面に叩きつける。 衝撃でまた別のクレーターが出来上がっていく。
「あぐっ・・・!!」
「そらそらそらそらぁ!」
「っぁ・・・く!」
アタシは連続で地面に叩きつけられたが、身体を硬直させその衝撃を和らげていた。 どれ程叩きつけられたか、ウィンクドレスは動かなくなったアタシを逆さまに持ち上げた。
「・・・終わりじゃないよな」
自分の目の前で持ち上げたウィンクドレスはジッとアタシを見つめている。 瞬間、アタシの左足がウィンクドレスの首に蹴りを放った。 鈍い音が響いたが、アタシの全力の蹴りは全く通用しなかった。
なんだこの違和感・・・? 当たっていない? まさか! コイツ、そういう事か!
「アハハハ。 体重が乗ってない蹴りだ。 それじゃ無理だな」
まともに蹴りが首に入ったにも関わらず、ウィンクドレスはピクリとも動いていなかった。 そして、ウィンクドレスは掌に赤い球体を作り出すと、それをアタシの腹部に押し当てた。
「簡単に壊れるなよ?」
ヤバイ!!
瞬時に悟ったアタシが掴まれている足を解こうと力を入れるが、ウィンクドレスはその足を掴んだまま離さなかった。
クソッ、ダメだっ!! 抜け出せない、か! それなら───!
赤い球体がアタシを包み込むと、ウィンクドレスはそれを放った。 アタシは勢いで吹き飛びながらも球体から何とか逃げ出そうともがくが、それは叶わなかった。 球体は更に光を帯び、大爆発を起こした。
「うあっ!?」
私は明後日の方からの爆発の衝撃に身体が倒れた。
何!? 何が起きたの? まさかリースさんが! 急がなきゃ!
「壊れたか」
「う・・・く」
出来るだけ衝撃を抑える為、全身を硬直させたが、それでも完全に防ぎきれる事は出来なかった。 大の字に倒れるリースに向かって、ウィンクドレスが見下ろしていた。
「出来損ないとは言え、ダブルなだけはある。 オルベルスが殺しきれなかった訳が分かった」
「はぁ・・・はぁ・・・」
ここまで・・・ここまでの化け物だなんて・・・クソ・・・
「そろそろ飽きた。 が、お前は喰っても不味そうだな」
ウィンクドレスがリースに止めを刺す為、掌を向けたその瞬間だった。
「あああっ!!」
私はリースさんに掌を向ける女に全力で切りかかった。 しかし、女は此方を見もせず片手で受け止めた。
私の姿を見て、ボロボロのリースさんが苦しそうな声を上げた。
「ア、アンタ・・・!」
「うぐぐっ!」
「なんだ、お前は。 ああ、カリテスを殺した奴か。 んん? 何だお前、その空気は。 そうか、お前があの女の・・・。 気が変わった。 生かしておいてやる。 失せろ」
「リースさんから離れろ!」
「やめ・・・ろ!」
私は掴まれた“相棒”に全力の力を籠める。 それでもピクリとも動かない。
何なのよコイツ! こっちを見る事すらしないなんて! くそっくそぉ!
「・・・“今”はこれが限界、か。 一度、壊れるべきだな」
赤い瞳の女が力を込めるのが分かる。 私を殺そうとするその力が迫った時、私の“相棒”が淡く光を放った。
その時、“相棒”は死んだ。
粉々に砕けた“相棒” 銀雪花が私の目に映った。 雨と砕けた破片がスローモーションの様に舞うその中で、赤い瞳の女が不気味な程美しい顔で此方に目だけを向けているのが分かった。
私はその目を見た時、感じた。 怒りと悲しみと憎しみ───様々な思いがその目から、瞳から読み取れた。
「あ・・・」
「そうか、守ったか。 面白い、ならば───」
更に女の手が私に迫る。 私は動けない。 いえ、動く事が出来ない。
ああ。 私は此処で死ぬんだ。 人が死ぬ時、全てがスローモーションに見えるって話は本当だったんだ。
「うぁああ!!」
突如聞こえてきた声は私が良く知る人の声だった。 赤い瞳の女が目の前から吹き飛ばされると、そこにはボロボロになり血だらけのリースさんが立っていた。
「ぜっ、ぜっ、はぁはぁ・・・ドヤ顔・・・聞こえてるか」
「リ・・・リースさん・・・」
リースさんが立ちあがった嬉しさと“相棒”を砕かれた喪失感、戸惑い、怒り、全ての感情が渦巻いて、私はその場に座り込んで泣きながらリースさんを見る事しか出来なかった。
「アンタだけでも・・・はぁはぁ、何とか逃がす」
「ぐっ・・・ひぐっ」
「泣いてる場合じゃない・・・アイツは本物の化け物だ。 アタシでも勝てない。 それでもアンタだけでも何とか・・・!」
痛みでまともに立てないのか、リースさんはその場に膝をついた。 夥しい血が流れていく。 私はそんなリースさんの顔に手を当てた。 リースさんは驚きながら此方を見た。
「ぐっ・・・わた、私・・・逃げたくないです・・・」
「死ぬんだよ? アンタは、逃げて・・・」
「もう、逃げたくないです。 あ、相棒も・・・死んじゃい・・・ました」
「ん・・・」
「だから、だから・・・最後までリースさんと一緒にいたいです・・・!」
「バカだね。 でも、アンタの手、暖かいね。 気持ちいいよ」
私の手の温もりを感じたリースさんは暫く目を瞑ってそれを感じた。 暫くそうしていたリースさんはゆっくりと目を開くと。前を見据えた。
「来たよ」
「ぐすっ・・・はい」
涙を拭いてリースさんと同じ方を見ると、赤い瞳の女が歩いてきているのが見えた。 さっきのリースさんの一撃もまるで意に介していないようで、傷一つ付いていないのが分かる。
「多分、アタシ達は此処で死ぬ。 どう足掻いても、アイツには勝てない」
「はい」
「でも、何もしないで死ぬなんてアタシはできない」
「はい」
「最後まで足掻いてみようか」
「・・・はい」
「立てる?」
リースさんが手を差し伸べる。 私はその手を掴むとゆっくりと立ち上がった。 もう“相棒”はいない。 身体中が痛い。 リースさんは表情に出していないけど、呼吸が明らかにおかしい。 身体の内部に相当なダメージを追っているのが分かる。
ゆっくりと歩いてくる赤い瞳の女を見据えた私達二人は、無意識にお互いの手を握りしめた。 最後までついて行きます。 リースさん。
「覚悟は出来たか」
「ん。 アンタは強い。 だけど、最後まで足掻かせてもらうよ」
「足掻く、か。 “ダブルを使いこなせていない出来損ない”が大層な言葉を使う」
赤い瞳の女が私とリースさんに掌を向け、赤い球体を作り出す。 覚悟を決めた私はゆっくりと目を閉じた。 その時、私の耳に何処かで聞いた事のある声が聞こえた。
「死ぬのはお前ネ。 “万里千拳”」
「っ?!」
轟音が鳴り響くと凄まじい衝撃が私達を襲った。 でも私は吹き飛ばされる事は無かった。 リースさんがしっかりと手を離さなかったから。 衝撃が収まり、目を開いた私の前にある人物が立っていた。
この人、誰───? でもあの声。 確か、何処かで聞いたような・・・
「レイメイ・・・か」
そう呟いたリースさんは膝をついた。 私を離すまいと力を込めた事で限界を迎えたようだった。 私は慌ててリースさんを支えた。
そうだ! 話した事は無いけれど、ロイヤルクラウンで一度だけ見た事があった! 幹部部隊長のレイメイさんだ。
「リース、ざまないネ。 私来なかったら死んでたヨ」
「ほんとにね。 はぁはぁ、来てくれて、助かったよ」
「えっと・・・」
「オッ。 噂のトレブルネ。 私レイメイ。 話すのは初めてネ」
「あ、私は───」
「自己紹介は後。 はぁはぁ・・・レイメイ。 どうにか引ける?」
「厳しいヨ。 私の一撃でも効いてないみたいだからネ」
赤い瞳の女を吹き飛ばした方を見ると、相手はパンパンと服の汚れを手で叩き落としていた。
嘘でしょ!? 直接当たって無い私が吹き飛ばされようとしたくらいの衝撃なのに、本当の化け物だわ・・・!
「あんな凄い衝撃だったのに!」
「何かネタがありそうネ。 それを明かさないと私一人じゃ無理ネ。 リースは手負いだシ。 トレブルは役立たずだシ」
「アイツの身体のネタは何となくは分かった。 さて、どうする・・・?」
リースさんの言葉にレイメイさんが拳を鳴らしながら答えた。
「それだけでも有益な情報ヨ。 二人共引くネ。 私、時間稼ぎするヨ」
「悪いね」
リースさんはそう言うと何とか立ち上がった。 そして、翼を広げると私を片手に抱え、空を飛ぶ態勢に入る。
「リースさん!? 無理しないでください!」
「人一人か二人抱えて、はぁはぁ・・・飛ぶくらいは出来る」
「じゃ、じゃあレイメイさんも一緒に!」
「レイメイが来たことで状況が変わった。 アイツと、殺りあってアイツの技のネタが分かった今はアタシ達二人が生き残る事が大事だよ・・・」
「そんな、じゃあレイメイさんは!?」
「アイツは止まらない。 誰かが時間を稼がないと行けない」
私はリースさんの言葉に愕然とする。 赤い瞳の女から逃げるには誰かが犠牲にならないといけない。 それをレイメイさんは買って出たのだ。 それも、それが当たり前かの様に。
「ダ、ダメです! レイメイさん!!」
私の言葉にレイメイさんが笑いながら振り向いた。 その笑顔は心底嬉しそうな子供の様な顔だった。
「初めて話したのに随分な肩入れネ。 でも、その甘さが命取りになるヨ。 それに、久々の楽しめそうな戦いネ。 邪魔はさせないヨ」
「でも・・・でも!」
「相談は終わったか? お前、中々良い一撃だったぞ」
気づいた時には赤い瞳の女は直ぐ傍にまで来ていた。 やっぱりさっきのレイメイさんの一撃も効いてない。 この女、本物の化け物だ。
「私の一撃が効いてないのはちょっとショックヨ」
「お前、空気を完全に消せるな? 私でも気づかなかった。 なかなか面白い。 次はどういうことをしてくれる?」
「次は本気で行かせてもらうヨ」
レイメイさんが構えた時、レイメイさんの身体から何か恐ろしい空気が立ち込めたのが分かった。 それは、先見眼が無い私でも見えた。 何か分からない。 だけど、恐ろしい事が起こる、そんな気がした。
そんな中、ウィンクドレスの影から別の女が現れた。 幼さが残りつつ、美しい顔立ちの女もまた、赤い瞳をしていた。 その女は、私達と化け物女を見比べると、軽く溜息をついた。 そして、鈴の音の様な可愛らしい声で口を開いた。
「ドレスお姉様、何を遊んでいるんですか?」
「プラムベティ・・・!」
影から現れた女を見て、リースさんが苦い顔で呟いた。 リースさんの言葉で、三姉妹の内の一人だという事が分かった。
リースさんでも勝てない相手が二人になるなんて・・・! 最悪の状況だわ、いくらレイメイさんがいるからといって、手負いの私達二人を庇いながら敵相手二人と戦える訳がない。 どうしたら───
しかし、私達の予測とは裏腹に、ウィンクドレスがプラムベティに対して睨みつけながら口を開いた。
「ベティか。 邪魔するな」
「いけません。 御母様がお待ちです」
「黙れ、お前も死ぬか?」
何・・・? 仲間割れ? でも今がチャンスかも・・・。 いや、無理。 リースさんが私が動かない様にギッチリと身体を固定しているのが分かる。 リースさんは動くべきではないと判断しているんだ。
「御母様に逆らうおつもりですか?」
「アハハハ。 あんな奴に忠誠を誓うお前とオルベルスがおかしい」
瞬間、空気が変わった。 影から出てきた女からとてつもない嫌なものが渦巻いた。
「殺しますよ?」
声は変わらず、鈴の音の様な物でありながらも、禍々しい威圧感ある一言に、ウィンクドレスが笑いながら手を上げた。
「アハハハ。 まぁ、お前とやるのもいいが、私はお前の部下を殺したからな。 分かった分かった。 あの女の所にいけばいいんだな」
そう言うと、赤い瞳の女は赤い球体を作り出しその中に入って行いった。 そして、球体が小さくなると、赤い瞳の女も姿を消した。
「さて、残された命、大切になさいますよう。 では、“またお会いしましょう”」
そう言うと、プラムベティも自分の影の中に入り完全に消えてしまった。
二人が完全に消え、リースさんの力が弱まる。 私は意識を無くしたリースさんを支えると、雨の中二人が消え去った後を呆然に眺めた。 その後、緊張の糸が切れたのか、私もまたリースさんと同じようにその場に倒れた。
レイメイさんが何か言いながら此方に近づいてくるのが分かった。 それでも、私の目に最後まで映っていたのは死んでしまった“相棒”の欠片だった。




