守る者
「ひぃひぃ、待ってくださいよリースさん!」
私は先を走るリースさんを必死になって追いかけた。 汗だくになりながら全速力で追いかけるが、リースさんは汗一つもかかずにケロリとした顔で振り向いた。
「これも錬磨だよ。 この程度でどれだけ汗かいてるの」
「はぁはぁ。 この程度って・・・」
この人やっぱりおかしいわ。 丸一日近く走り続けて汗の一つもかいてないってどういう事よ。 私も三ヶ月の錬磨で随分鍛えられたと思ったけど、全速力で一日近く走るのは無理があるわ。
「仕方ないね。 休憩にしようか」
「はぁはぁ。 やったー!」
疲れ切っている私を見てリースさんは近くの石に腰をかけた。 丁度立ち止まった所は森の中にしては広めの空間があり、休憩をするにはいいスペースだった。 私は汗だくになった顔をタオルで拭いながら疲れを取る。
私達がいるのは西の大陸から南の大陸に渡っている森の中。 南の大陸に入るにはこの森を突っ切って行くのが一番早いとリースさんが言い、そのルートを走って来ていた。
私は汗を拭いながらリースさんに口を開いた。
「後どのくらいで南の大陸に入るんですか?」
「森自体は二日もあれば抜けるかな」
「まだ二日もあるんですか!?」
「アンタのペースに合わせるとそのくらいかな」
そう言いながらリースさんは適当な枝で地面に適当に落書きを行う。 ほんとこういう所は分からないわ、この人。 妙に子供っぽいというか、何というか。
「アンタさ」
「えっ?」
「オルベルスネーシア、ウィンクドレス、プラムベティ。 この名前聞いた事ある?」
「いえ、ないです。 誰ですか?」
「覚えておくといいよ。 アンタ達を襲った女いたでしょ?」
「・・・死人使い、ヴァレリアーナですか」
私はその名前を言いながら唇を震わせながら俯いた。
嫌でも忘れないわ。 ヴァレリアーナ、私の大切な仲間達を傷つけ、殺した張本人。 絶対に倒す忌むべき相手。
「ん。 あの女の強さは別の厄介な体のせいでもあるけどね」
「厄介な身体ですか」
「ん。 それは今度話そうか。 それでさ、さっきの三人はアンタの身体に入ってる最悪の混ざりの娘なんだけどね」
「東の魔女、ですよね」
「その三人はヴァレリアーナより強い。 アタシは実際オルベルスに殺されかけてる」
「え・・・」
リースさんの言葉を聞いた時、私は愕然とした。 あのヴァレリアーナを退け、とんでもない強さのリースさんを殺しかけるってどれだけの化け物達なの? もしかして、私達はとんでもない相手と戦っているのかもしれない。
「ダブルのお蔭で生命力があったから助かったけど、その三人の内の一人、ウィンクドレスが南の大陸にいるかもしれない」
「・・・」
「アタシは直接戦ってはいないけど、多分強さはオルベルス並みにあると思う。 ハッキリ言うよ。 そいつがいたらアンタだけでも逃げな。 アタシが命をかけてでも時間は稼ぐ」
「リースさん・・・」
「いいね?」
そう確認しながら私の顔を見つめるリースさんの顔は、不安とも自信があるとも言えない顔だった。 そんなリースさんを見ながら私は胸を張った。
「私も一緒に戦います。 私だって随分強くなったんです。 それに今回の旅で更に力が付けれると思います」
「死人使いに手も足も出なかったのに?」
「もう逃げたくないんです。 アリッサさんとミストさんが戦っている時に私は逃げました。 悔しかった・・・何もできない自分に腹が立ちました」
「あの時生き延びる為に取った行動は最適解だよ。 アリッサ達と死人使いに向かっていたら全員今頃墓の下だよ」
「そうかもしれません。 でも、だからこそです。 今度は逃げない。 私も戦います」
「死ぬかもしれないよ」
「リースさんと一緒なら怖くないですよ」
「バカ」
言いながらリースさんは穏やかな顔になる。
「それに、私がその三人の内の一人を倒したってなったら凄くないですか? それこそ英雄ですよ? ファンがロイヤルクラウンに殺到ですよ? 困っちゃいますね!」
ドヤ顔で妄想する私を見ながらリースさんは楽しそうに口を開いた。
「今のアンタが倒せる訳ないでしょ。 それにしても久しぶりにそのドヤ顔見たね。 ん。 アンタはそっちの方が似合ってるよ。 気持ちいい空気だ」
「そうですか?」
「ん。 ファンとか英雄とか勘違いが酷いけどね。 いつかそれが本当の事になればいいね」
「勘違いなんて酷いです! 私本気なんですから!」
「じゃ、病気だよ。 勘違い病。 ドヤ顔の勘違い病ってもう手遅れだよ」
私は笑いながら言うリースさんにふくれっ面で反抗した。
リースさんの笑顔って久しぶりに見たわね。 初めて会った時に見た事あったけど、錬磨してる時も笑顔は無かったし。 普段から美人だけど、やっぱり笑顔になると凄い美人ね。
「よし、今日は此処で休もうか」
「え、いいんですか?」
「ん。 今日はアンタともう少し話したくなったからね。 枯れ木を集めてきな。 アタシは食料調達に行くから」
「分かりました。 じゃ集めてきますね」
リースさんは森の奥に入って行き、私はその場に荷物を置いて枯れ木を集めに周囲の探索を行った。
暖かい火が私とリースさんの顔を照らす。 私が枯れ木を集めて火を熾すと、リースさんが大量の食糧を持って戻ってきた。 木の実に果物、川魚をドッサリ袋に入れて戻って来た姿を見た時は空いた口が塞がらなかった。
食事の準備をしながら私達は沢山の話をした。 主に私のこれからの事。 リースさんはこれからどういった錬磨をしていくかを話してくれた。 自由奔放に見えてしっかりと私の事を考えてくれているのが嬉しくて感謝を伝えると“大半はアンナが決めた”とケロッとした表情で言っていた。
「リースさんって大食いですよね」
「ん? ほうかな(そうかな)」
木の実や果物を頬張るリースさんは首を傾げながら不思議そうな顔をした。
いや、食べすぎでしょ。 さっき大量の川魚を焼いて食べたのにまだ食べるの? それでそんな体系って詐欺じゃない。 ずるいわ。
「アンタはあまり食べないね」
「そんなにお腹って空かないんですよね」
「ダブル、アンタの場合トレブルだけど。 そういう奴等はよく食べるんだけどね」
「リースさんが特別食べる方って訳でもないんですね」
「ん。 それに眠る事もほとんどないしね。 アンタはよく寝てるから珍しいと思うけど。 トレブルっていうのが原因かもしれないけどね」
「睡眠不足はお肌の大敵ですからね。 眠れないって辛いですよね」
「別に肌なんて気にしないし。 眠る感覚ってのが分からないから辛いもクソもないよ」
「それだけ美人なのに勿体ないですよ」
「器量が良くて強くなるならいいけどね」
言いながらリースさんは次の果物を食べ始める。
ほんと勿体ない。 これだけ強くて美人なのに恋愛とかそういうのには興味ないみたいだし。 この人が本気出したら凄い数のファンだって得られるのにね。 でも、そうなったら私に分が悪いわね。 お願いリースさん、そのままでいてください。
心の中で土下座して祈る私を見ながら果物を食べ終わったリースさんは口を開いた。
「ん。 さて、腹も膨れたしアンタはさっさと休みな。 警戒は私がしてやるからさ」
「いいんですか?」
「さっきも言ったけど眠る事は稀だからね。 明日は朝早くから移動するよ。 この辺りはまだ魔物は少ないけど明日からは増える場所に入るからね」
「分かりました。 しっかり身体を休めておきますね。 じゃ、お休みなさい」
「ん」
私は身体を横にするとゆっくりと瞼を閉じる。 閉ざされていく瞼の隙間から見えたリースさんは優しい顔をしていた。
sideリース
アタシは眠りについたドヤ顔と傍に置かれた剣を見ながら思いに耽った。
ロイヤルクラウンで三ヶ月錬磨をしてきた時から思っていた考えをまとめると、やはり問題はこの長剣。 筋力もそれなりについたし、持久力と走力は宿舎兵の中でもトップレベルにある。 アンナの言う通り基礎から鍛え上げた甲斐があったね。 シュミレーションはイリーナが叩き込んだし、格上の死人使いに向かう度胸もある。 その分この長剣がこの子の力を阻害している。
ドヤ顔の“相棒”を見ながら私は更に考えに耽って行った。
錬磨中別の獲物を進めたが、この子は頑なに“相棒”を離そうとしなかった。 母の形見だからと。 気持ちは分かるけど、どうやっても扱いが上手くいっていない。 初めの頃より少しはマシになったけど、それでもまだぎこちなさは拭えないね。 何とかしてあげたい気はあるけど、アタシは獲物を使わないし。
パチパチと焚火から音がする。 その音を聞きながら私は火を絶やさない様に適当な枯れ木を軽く放り投げる。
しかし、あの腕でどうやって旅をしてロイヤルミュートまでやってきたのか不思議だね。 普通に考えたら何処かで魔物にやられてる筈。 弱い魔物しか出会わず運が良かった? 可能性はあるけど考えにくい。 それに幼少期から今の歳までの記憶が無いのも気になる。 魔女が何かやっているんだろうけど・・・。
あんなイカレ女の事考えても答えは出ないか。 当面の問題はこの娘の長剣の扱いをどうするか。 そして・・・ウィンクドレスか。
リースは軽く溜息をつくと腰かけていた石から立ち上がり、ドヤ顔に近づいていった。 傍にまで来ると、しゃがみ込み涎を垂らして眠るドヤ顔を見つめた。
ウィンクドレス。 三姉妹の次女。 三姉妹の中で異質な存在で同族の魔物もゴミの様に殺す女。 まだオルベルスやプラムベティの方が会話が出来る。 戦闘になったらこの娘だけでもなんとか逃がさないといけないね。
リースはドヤ顔の涎をタオルで拭うと髪を撫でながら呟いた。
「アタシが守ってあげるよ。 今は・・・ね」
東の大陸──魔女の城──
「オルベルスお姉様。 私の部下がドレスお姉様に」
「可哀想な事をしてしまったわね」
「ドレスお姉様の身勝手な行動は目に余ります。 現にここ数ヶ月も戻ってきていません」
「そうね。 ドレスが戻ってきたらキツく言っておかないといけないわね」
「・・・死人使いはどうされてますか?」
「ロイヤルクラウンの兵を何人か殺したそうよ。 御母様もお喜びだったわ」
「気に入りません。 あの様な余所者」
「そんな事言ったらダメよ。 御母様は仲良くしろと仰ったでしょう?」
「はい」
「でも、所詮ただの駒。 何れは処分しないと。 今は使えるだけ使って上げればいいのよ。 そう、“上手く”ね」
「素敵です。 オルベルスお姉様」
「フフフ。 全ては御母様の為によ」
「はい。 オルベルスお姉様」




