決意と別れ
薄っすらと目を開けると、無機質な石の天井が見えた。 どのくらい眠っていたのだろうか、暫くその天井を見ていると近くで声が聞こえる。 私はぼんやりとした頭でその声に耳を傾けた。
「もう一度暴走したら・・・と言いましたわよね?」
「だから何度も言ってるでしょ。 状況を考えてよ」
「どんな状況であれ見過ごす訳には行きませんわ」
「頭固すぎるでしょ。 やったのはあの娘じゃなくて死人使いだって」
「その死人使い何者なの? 三美凶とは違うわよね?」
「違うね。 初めて見た奴だった。 また厄介な奴を手駒にしてるよ」
「相手がどうであれ狙いはあの娘でしょう? それが今回の件を起こした訳ね」
「多分ね。 アタシがアイツを実戦兵にやったのが原因でしょ? あの娘に責任は無いよ。 あるのはアタシでしょ」
三人の人の声が聞こえる。 一人は聞いた事ない声だけど綺麗で透き通った声だった。 私はなんとかそちらに顔を向けた。 ぼやけた目で見えたのはリースさんとアンナさん、クイーンさんに総督のアルテアさんが私に背を向けて話合ってる姿だった。
「何にせよです。 今回の生き残りが三名。 相手が彼女を狙ってきたというなら今後の対応を考えなくてはいけません」
それまで聞こえてこなかったアルテアさんの声が聞こえた。
「第八部隊部隊長アリッサ、同じく部隊兵ミスト。 そして実戦兵として宿舎兵九名が死亡。 被害は甚大ですわ」
クイーンさんの言葉を聞いた時、私は自然と涙が溢れてきた。 夢だったら良かった。 あの時の冷たくなった仲間の感触は本物だったんだ。 ノーティスとエマも・・・ダメだったのかな・・・。
「アルテア。 責任はアタシにあるから何でも言ってよ。 アリッサとミストの分もアタシが引き継ぐよ」
「リース、あなたは他にやるべき事があります。 クイーン、現在実戦兵として現地にいる者はいますか?」
「今回の件が合って直ぐに戻る様に伝令を行いましたわ。 得体の知れない者がいると」
「分かりました。 全員戻ったら此処で錬磨を行ってください。 ロザリーだけではなく部隊兵を使って構いません」
「しかし、それでは魔物の侵攻を抑える事が出来ませんね」
「今は宿舎兵の命を守る事を最優先とします。 あの娘達はこの国だけではなく西の大陸、延いては世界の未来を守る娘達です。 多くを失う事は出来ません」
「幸い西の大陸の村や国はまだあまり魔物の侵攻がありませんものね」
「では北や南には誰を? アリッサとミストが“ああ”なった以上部隊長でも安心はできません」
「そこで、です。 リース。 あなたには南の大陸に向かって欲しいのです」
アルテアに言われたリースさんは自分を指さしながら首を少し傾げた。
「アタシ? いいけどなんで南?」
「南の大陸の方が侵攻が早いのよ」
「そちら側の戦力はまだ余り整っていませんわ。 リース、貴方が行く事で戦力は大幅に上がりますわ」
「お願いできますか? 南の大陸の村の一つが消滅した報告も受けています。 急がなくてはなりません」
「いいよ。 今回の件の責任もあるし、アタシが行くよ」
「私も・・・行きます」
気づけば私は上半身を起こし自然と声を出していた。 私の声に四人が振り返った。 起きている事は分かっていただろうけど、リースさんは頭をガシガシと書きながら呆れた様に口を開いた。
「アンタね、遠足行くんじゃないんだよ。 どんな目に合ったか覚えてるでしょ」
「はい。 でも、敵は私を狙って来てるんですよね。 此処にいたらまた皆を・・・」
そう言うと私はあの時の光景を思い出し震え出す。 赤い槍に串刺しにされ、冷たくなった仲間達、夥しい赤い血を流しピクリとも動かなくなった仲間達。 そして、頭だけになったアリッサさんとミストさん。 ヴァレリアーナと呼ばれていた死人使い。 怖い、あんな怖い思いをしたのは初めてだった。
震えが止まらない、自分の手で自分の身体を抱きしめる。 少しでも震えが収まる様に。 その時、暖かい空気が私を包み込み震えを収めてくれた。
「またあんな経験をするかもしれないよ」
「でも。 私は・・・」
「リース。 この子からの申し出を受けてくれますか?」
「私も彼女の申し出に賛成ですわ。 敵が彼女を狙って来るのなら彼女を此処から離すべきですわ」
クイーンさんの言葉にアンナさんが険しい顔で詰め寄った。
「体のいい追い出し方ねクイーン。 何が言いたいの?」
「別に何も? 彼女は此処にいるより別の所にいた方がいいと言ってるだけですわ」
「囮にするつもり? それでこの子が牙を向いたらどうするつもりよ」
「首を落とすだけですわ」
「貴方ねぇ!」
「私はこの国、大陸を守る為に此処にいるんですわよ? この国、大陸に牙を向ける者を私は許さない。 例えそれが此処の者であってもですわ」
「あーあー。 分かった分かった。 引き取ればいいんでしょ。 アンナ、クイーン。 アンタ等が此処でやりあったら国ごと消し飛ぶよ」
クイーンとアンナの間に入りリースさんがその場を収めた。 そのままリースさんは私の元にやってくると私の顔をジッと見つめた。
「死ぬかもしれないよ」
「覚悟しています。 私、絶対に倒したい女がいるんです」
「仇討ちか。 今のアンタじゃ絶対に無理だね。 それでも一緒に行く?」
「強くなれますか?」
「それはアンタ次第。 此処で錬磨するより力はつけやすいと思うよ。 実戦ばかりだろうからね」
「・・・行きます」
「ん。 なら先ずは傷を癒しな。 治りが早いっても血を流しすぎてる。 しっかり治しな」
「はい。 あの・・・」
私が何を聞きたいのか分かっていたリースさんが先に口を開いた。
「あの二人なら命は助かった。 まだ意識は無いけどね」
「良かった・・・」
ノーティスとエマが生きている。 それだけで私は心が暖かくなった。 でも直ぐに現実に戻る。 助かったのは私とノーティスとエマだけ。 他の皆はもう会う事が出来ない所に行ってしまった。 自然と涙が溢れてくる。 だけど、泣いてばかりもいられない。
ダメダメ! 私が此処で心折れたらどうするのよ! 絶対に強くなるのよ。 強くなって皆の仇を討つ。 大丈夫、私なら出来る。 きっと、出来る。
私は溢れた涙を拭うと顔を上げた。
「聞いた? アリッサ様とミスト様、それに実戦兵がほぼ全滅らしいよ」
「聞きました。 何でも死人使いらしいですよ。 リース様でさえ引かせるくらいしか出来なかったそうですよ」
「凄い化け物がいる訳ね。 あれ、クロウさんどちらに?」
一人休憩所から出て行くクロウにエルダが声を掛けた。
「少し出て来るわ。 直ぐに戻るわ」
そう言うとクロウは正門の休憩所を出ていった。 表情はいつもの通りだが、空気が明らかに違う。 そんなクロウを見て、エルダもザラも黙って見送る事しかできなかった。
「クロウさん、大丈夫ですかね」
「アリッサ様もミスト様もクロウさんに取って一番仲の良い人達だったからね。 暫くは、どうかな。 でも、クロウさんは強い人だから。 大丈夫」
「そうですね・・・」
クロウは手に小さな花を二つ持つと、薄暗い階段を上がっていった。 国の端にあるこの見晴らし台は余り人がおらず、クロウのお気に入りの場所の一つでもあった。 休日はここで本を読むことも多々ある。
扉を開けると国を一望でき、城壁の外の世界も見渡す事ができた。 柔らかな風が吹いてくると、ゆっくりとクロウの髪を揺らした。 手摺もなく、足場も狭い場所で一歩間違えれば転落の危険もあるが、クロウは臆することなくその場に座り込んだ。
自分がまだ宿舎兵だった頃、此処でアリッサとミストとよく三人で色々な事を話した。 それぞれの夢、思い、色々な事を話して笑って、泣いて、皆で強くなろうって決めたのも此処だった。
「死人使い・・・」
誰に言うわけでもない声で呟く。 その言葉は知識として知っていた。 死人を召喚して操り、人々を苦しめる者。 自分達の敵。
「仇は討つわ。 必ず・・・」
再度呟いたクロウは眼前を睨みつけた。 友であり仲間だったアリッサとミスト。 クロウは持っていた小さな花をその場に二つ置くと、その場を後にした。 小さな花は風に揺られ、花びらが空に舞っていった。




