天使と死人
「ノーティス! そっちに素早いのが三匹行ってるわよ!」
「分かってるわ! 怪我をした人は後ろに下がって! 皆! 絶対に生きて帰るわよ!」
私達は襲い掛かる死人を捌きながら互いに声を掛けフォローを行う。 死人達の強さは大した事は無い。 山中の魔物より多少は強いが所詮は死人。 身体は脆いしやってくる攻撃は爪や噛みつきの為、リーチの長い獲物を持つ私や他の子が前列で戦い、近接の武器を持つ子は怪我をした子の援護に回っている。
「ノーティス! 大きいの撃つわ! 任せた!」
「また貴女はそうやって! 早くやりなさい!」
私はその場から飛び上がり、下にいる死人達に狙いを定める。 私が抜けた場所から攻めてくる死人達をノーティスが投げナイフで牽制を行った。
貴方達に恨みはないけれど、私達はこんな所で死ぬわけには行かない! リースさんとの錬磨で新しく覚えた技、受けてみなさい!
“雪華・雨流乱れ桜”
空中で無数の斬撃の雨を放ち、それらが死人達に降り注いで行く。 交わすことも出来ず切断された無数の死人達はその場から動かなくなり死人としての活動を終えた。 敵を大きく減らした私はそのまま着地すると、再度前に現れた死人に剣を構えた。
「ドヤ顔ちゃん凄~い!」
「誉めてる場合じゃないでしょ! エマ! 新しい武器!」
「あ、ごめ~ん。 出来たよノーティスちゃん~」
ノーティスはエマから渡された即席で作った鎖鎌を振り回し死人に向かって放っていく。
確実に敵の数は減っている、此方には怪我をした仲間が三人。 それを守るように他の子も上手く連携を取りながら立ち回っている。 皆、目に光はある。 きっと生きて帰るという気持ちも強く持っていた。
行けるわ! 宿舎兵って言っても何回か実戦兵として戦って来てる子ばかりだし。 だけど問題はあの女・・・。 あの女にはどうやっても勝てる気がしない。 なんとか逃げる算段をつけないと。
「ノーティス。 分かってると思うけど、どうやってあの女から逃げるのよ」
私は背中合わせになる後ろの親友兼仲間に声を掛けた。
「正直手は無いわ。 アリッサ様とミスト様がやられて私達も此処で見つかった以上どうしようもない・・・」
「諦める訳? 私はごめんよ。 あの女、絶対に許さない。 私が倒す」
「正気? 無理よ」
「それでも“はいそうですか”って言えないでしょ。 任せなさい。 リースさん直々の弟子である私がなんとかしてあげるから」
ドヤ顔で胸を張る私を見ながらエマが微笑む。 他の子も苦笑いしたり笑顔になったりしている。 先程まで険しい顔で戦っていた皆に和やかな雰囲気が流れた。
「呆れた。 でもまぁ、そうね。 私達こんな所でやられる訳にはいかないものね」
「当然! 皆もうひと踏ん張りよ!」
〈やれるだけやるわよ!〉
〈帰ったら皆でパフェ食べに行かない? 美味しいとこ知ってるのよ〉
〈わっ、いいねー!〉
〈エマが応急手当をしてくれたわ!〉
「遅れてごめんね~!」
〈無理しないでよ! 私達のサポートをお願い!〉
よし! 敵の数も減ってるし、何より皆生きるって気持ちが更に強くなったわね。 後はあの女を私が倒せばそれで良い。 アリッサさんとミストさんの仇は絶対に討つ!
私はその場から動かないヴァレリアーナという女に目を向ける。 ヴァレリアーナは無表情でジッと此方を見ていた。 いや、正確には私を見ている。 雨流乱れ桜の時も地にいる仲間ではなくずっと私を見ていた。
「これで、終わりよ!」
ノーティスの鎖鎌で首を飛ばされた最後の死人が動かなくなると、私達は肩で息をしながら全員でヴァレリアーナに武器を構えた。
「後はあんた一人よ! 覚悟しなさい!」
「私達もサポートに回るわよ!」
「はぁぁ!」
私はヴァレリアーナに向かって攻め込む、瞬間、あの威圧が周囲を包み込みまた身体が動かなくなる。 だけど、私は止まらなかった。
こんなもので私を止められると思わない事ね!
「こざかしい!!」
私は一瞬その圧に飲み込まれただけで、自身の身体が暖かい空気に包み込まれた途端、動き出す。 私の一撃を剣で受け止めたヴァレリアーナは目を丸くして驚いてた。
「あんたみたいな女でもそんな顔するのね!」
「驚いた・・・!」
「あの圧が何度も効くと思ったら大間違いよ! このまま───ッ!!」
私は更に切り込もうとしたが、ヴァレリアーナに力任せに弾かれた。 私は何とか上手く着地すると相手を睨みつけた。
くっ、流石に強いわ。 あんな華奢な身体なのに、力比べでさえ勝てないなんて・・・!
「皆平気!?」
「だ、大丈夫よ。 でも貴方よく動けたわね」
「気合よ気合! 皆、気合で行くわよ!」
「けほっ・・・ドヤ顔ちゃんみたいに上手くいくかなぁ~」
〈簡単に言ってくれるわね〉
〈でもやるしかないよね!〉
皆も大丈夫みたいね。 あの女、私の剣を防いだって事は当たれば何とかなるかもしれない。 私一人じゃ勝てないけど皆と力を合わせればきっと勝てる。 そんな私達を見て、ヴァレリアーナが不敵に笑った。
「ごめんなさい。 楽しかった。 これで良い報告が出来る」
瞬間、私を悪寒が包む。 私には先見眼が無いから先の事を知ったり、相手の空気を読むことも出来ない。 でも、何か分かる。 感じる。 ヤバイ・・・ヤバイ!!
「ノーティス!! エマ!!」
私は咄嗟に一番近くにいた二人を突き飛ばした。 目だけあの女に向けた私が見たものは、地面に剣を突き刺すヴァレリアーナだった。
“デッド・ショック”
ヴァレリアーナがそう呟いた時、仲間それぞれの足元から赤い槍が無数に生え、仲間達を貫いた。 死角からの突然の攻撃に交わせるものはいなく、突き飛ばしたノーティスとエマも一部を貫かれていた。
「うぁあ!!」
「いぎっ・・・!」
赤い槍に貫かれ、夥しい血を流し動かなくなった仲間を見た私は震えた手で“相棒”を落とし、膝をついた。
「そ・・・んな・・・」
「ごめんなさい。 期待させた?」
「皆・・・嘘・・・嘘よ」
ヴァレリアーナの言葉も耳に入らず、私はぬかるんだ地面を見つめた。 涙のせいか、雨のせいか、視界がぼやける。 そんな私の元に血と雨と泥で混じった足音が近づく。 足音は私の前で止まると、私の髪の毛を掴みグイッと顔を上げさせた。
「そんな顔しないで。 でも良く見て。 勘違いするとこうなるの」
私はそのまま赤い槍に貫かれた仲間の元に放り投げられた。 私は震える身体で何とか立ち上がり、仲間だった者の身体に触れる。 冷たくなった仲間だった者はピクリとも反応しない。
───ヤル
「ごめんなさい」
───シテヤル
「二人、死にぞこないがいるみたい。 今楽にしてあげる」
コロシテヤル
「ああぁ!!」
「おぉ、育ちおる育ちおる。 ほほほっ。 良きかな、良きかな」
水晶玉でとある戦いを見ていた魔女は心底嬉しそうに不気味な笑みを浮かべていた。
冷たい空気が私を包み、自分の意識が無くなっていった。 唯、分かるのは深く暗く冷たい何かに私は自分から飛び込んで行った事だった。
「面白い素材。 でも、ごめんなさい。 まだ私には勝てない」
素手で向かって来る冷たき者に、ヴァレリアーナは剣を地面に突き刺しブツブツと何か呟く。 地面から生えてきた赤い槍は上手くコントロールされ、冷たき者の足と手を串刺しにし、その場から動けない様に封じ込めた。
「がぁあ!!」
手足を串刺しにされ、動けなくなった冷たき者はそれでも前に向かおうとする。 狂気に満ちた表情で、唸りを上げているが、必然と大量の血が噴き出し、赤い血で染まる身体は雨でもそうそうと流れ落ちる気配は無い程だ。
「ごめんなさい。 あなたを殺す訳にはいかないの。 でも、そこの二人には死んでもらうから安心して」
意識はないものの、致命傷は避けていたノーティスとエマの元にヴァレリアーナが近づいて行く。 それを見て冷たき者は更に暴れ出した。 しかし、赤い槍の拘束を解くことが出来なかった。
「迷える魂よ、今、楽に・・・」
そう言うとヴァレリアーナは意識の無いノーティスに剣を向ける。 そして剣が振り下ろされる瞬間だった。
「おい」
「!!」
突然ヴァレリアーナは何者かに蹴り飛ばされ、大木を薙ぎ倒しながら森の奥へ吹き飛ばされていった。 何者かの背には大きな白い翼があり、黒衣に身を包んだその姿は一種の天使の様にも見えた。
「クソッ。 此処まで被害がデカイとは思わなかった」
「うう・・・ぐぁあ!」
「・・・暴走、か。 取り合えず出血が酷いね。 今抜いてあげるよ」
天使はそう言うと、冷たき者の手足に刺さる槍を蹴り壊した。 そして、それらを引っこ抜いていく。 解放された冷たき者は目の前の天使に掴みかかるが、天使は冷たき者の首を掴むと、力を入れ瞬時に意識を失わせた。
天使は意識を失った冷たき者を大木に寄りかからせ、周りを見渡した。
「生き残りは二人、いやドヤ顔で三人か。 アリッサ、ミスト・・・ごめん。 アタシがもっと早く来たら良かった」
天使はノーティスとエマの槍も破壊すると、冷たき者の近くに運びこんだ。 そして、首だけとなったアリッサとミストを大事そうに抱えるとヴァレリアーナを蹴り飛ばした方へ目を向けた。
その時、地面がモコモコとせり上がり、中からヴァレリアーナが姿を現した。 表情にはダメージは受けて無い様に見えるが、腹に出来た傷跡からドス黒い血が流れ出ている。
「ごめんなさい。 あの子達には死んでもらう」
「アンタ普通の人間じゃないね。 ほんとに“生きてる”?」
「貴女“も”普通じゃない。 何のダブル?」
「言ってどうなる? それより、まだやるつもり?」
「ごめんなさい。 あの子以外全員殺すよう言われているの」
「そっか」
「ごめんなさい」
「謝る事ないよ。 でもさ・・・死人風情が調子に乗るなよ」
天使からの威圧は凄まじく、それだけでドヤ顔達のいる所以外の大木を薙ぎ倒し、仲間に刺さっていた赤い槍を破壊していく。 これだけの圧を放っておきながら仲間には影響を与えず、大木や赤い槍だけを破壊するコントロールは熟練の手練れという事をヴァレリアーナに思わせた。
「アンタをここで殺してもいいけど、時間がかかりそうだしね。 引きな」
「・・・」
「もう一度しか言わないよ。 引け」
天使の言葉にヴァレリアーナは眉を顰め、地面に剣を突き刺した。
“デッドショ───”
赤き槍を召喚しようとしたヴァレリアーナに強烈な蹴りが襲い掛かった。 直撃したヴァレリアーナは再度森の奥へと吹き飛ばされていった。
「させる訳ないでしょ。 バカ」
雨が降り注ぐ中、ヴァレリアーナは大の字で寝転がり、ただぼんやりと空を見上げていた。 腹には先程蹴りを受けた時の穴が開いているが、徐々にその穴が小さくなり、最後には元通りに戻ってしまっていた。 元に戻った腹をチラリと見ると、その場に立ち上がり口元の血を拭う。
「流石に、強い」
天使がいる方角を見ていたヴァレリアーナはクルリと踵を返すと、森の奥に消えていった。




