ドヤ顔、憧れの国へ
赤メイドさんの後を追いかけて門を抜けるとそこは異世界でした。 いや、ほんとどこかで聞いた言葉が浮かび上がるくらい凄いわ。 道は広いし綺麗だし、なんという街並み。 あそこは宿屋かな? でっか。 こっちは武器屋? 見たことない武器も沢山あるわね。 しかし、人は多いし活気も凄い。 はー、こんな国ほんとにあるるものなのね。
「凄いですね! こんなに沢山の人がいる国なんて見た事ないですよ!」
「我がロイヤルミュートは大陸一の傭兵国ですので様々な人々が集まります。 時間が出来たらゆっくり街を歩いて見てもよろしいかと」
赤メイドさんは歩くスピードも変えずに私の方を振り返る事もなく答える。 行先はロイヤルクラウン城。 門に入る前から見えていた巨大な城が近づくにつれて私の気持ちは高揚していった。
憧れの国、ロイヤルミュート。 メイドさんに言われると実感が沸くわね。
ここにいる人達全てが私のファンになると思うと興奮するわ。 っと、浮かれすぎはダメね。 大事な事を聞かなくちゃいけないわ。
「そういえば、お爺ちゃんに聞いたんですけど試験とかあるんですよね?」
街の中央にある噴水を横目に私が質問すると、赤メイドさんは少しだけこちらに顔を向けた。
「はい。 適正試験がございます。 担当の試験官が決められた試験を行って頂き、合否判定をして頂きます」
「戦闘試験ですか。 勝ったら合格ですよね? いきなり傭兵として派遣されちゃうんですかね? そこで凄い活躍をして・・・フッ」
当然合格するものと思い、私はその後の事を想像していつものドヤ顔となる。
派遣された国で英雄となり、村一番の出世頭として私の事は未来永劫語り継がれるのね。 銅像なんかも建ったりして・・・ウヘヘ。
そんな私のドヤ顔をチラリとみた赤メイドさんは何も言わずまた前を向いて歩き始める。 気持ち先程よりスピードを上げてる気がする。
そんなこんなでこれからの事を想像していた私はいつの間にかロイヤルクラウン城の目の前にまで来ていた。
なんという大きさ。 受付のとこの門を通った時から見えてた、なんならロイヤルミュートに入る前から薄っすら見えてたけど目の前にするとその大きさが良くわかるわ。
成程。 城の周りに川があるのね。 堀の役割で外敵から攻めにくくする為ね。 城に入るにはこの大きな橋を通るしかない訳だから、守り安く攻めにくい地形ってやつね。 よく考えられているわ。 それに何と言ってもこの城の美しさ! はー、憧れていたとはいえこんな凄いとこに入れるなんてほんと目指してよかったな。
「案内はここまでです。 ここから先はお一人でお進みください」
「ハッ!・・・あ、わかりました。 ありがとうございます!」
城を見つめながら呆けていた私は赤服メイドさんの言葉で我を取り戻した。
やだ、私ったら呆けちゃってたわ。 赤服メイドさんに失礼な態度取っちゃったわ。 でも、この城を見たら誰でも感動しちゃうと思うな。 仕方ないよね。 よしっ! 感動するのは終わり! 此処から始まる私の英雄ストーリー! 行くわよ!
気合を入れ、橋に足を踏み入れた私にとんでもない重圧がかかった。
おふ! 何よこれは・・・! か、身体が重いぃ・・・! 赤服メイドさん助け──。
「お気をつけていってらっしゃいませ。 あなたと共に錬磨する事を楽しみにしております」
無表情でそう答えた赤メイドさんはその場から姿を消した。 文字通り消えた。 先程までそこに人がいた形跡も無く、煙の様に消えてしまった。
「は・・・はは。 成程? これも試験の一つってやつね? ぐぎぎ・・・それに、あの人メイド長さんだったのね。 私でも見えないとかありえないし・・・!」
目に見えない重圧を受けながら私は精一杯強がった。 思えば最初に黒メイドさんからカードを受け取った後、短時間でここまで来て手続きを済まし、また引き返してきた事を考えると当然よね。
ぐうう・・・気持ちさっきより楽になったけど・・・! くっ、こんな重圧、なんてことないわよ! 絶対ロイヤルクラウンに入るんだから逃げ出す訳にはいかないのよ! 私のファンが世界中で私の活躍を待ってるんだから!
一歩、また一歩大橋を進み、ようやく中程まで来た時、二人の人物が私の目に入った。 城門を中心に左右に佇む二人は同じ鎧、同じ戦斧を手に立っている。 私は確信した。 この重圧はこの人達から発せられているプレッシャーなのだと。
門兵さんみたいね・・・! この重圧流石だわ! はっ! ダメよ! 弱い姿を見せる訳にはいかない! 姿勢を正して顔を上げるのよ私! 堂々と、しっかり歩いて行かなきゃ!
「ぜぇ、ぜぇ、ロイヤル・・・クラウン入隊希望者です! はぁはぁ、よろしくお願いします!」
なんとか平静を装い城門までたどり着いた私は声を上げた。 肩で息を切らせながら発した為、私の声が届いていないのか、微動だにしない門兵さんに再度口を開きかけた時だった。
「聞いている」
「はへぇ!?」
お・・・女の人!? 鎧で顔が見えなかったから判らなかったけど女の人とは思わなかったわ。 えっ、ていうかそんな大きい戦斧にゴツイ鎧着て動けるの? もしかして凄い軽い素材で出来ているとか?
「こっち」
それだけ言うと、門兵さんの一人は先に歩いていく。 ガチャガチャとどう聞いても重い素材で出来た金属音を鳴らしながら。
あれ、そういえばさっきまでの重圧が無くなってる。 試験合格ってことかな? いやでも適正試験があるって言ってたわよね? あ、さっきのは一次試験って事ね? 流石私ね、何も知らされてなくても試験を突破しちゃうなんて。
sideザラ
はぁ。 あの人本当に大丈夫かな? あのくらいの圧で動くのもきつそうだったけど・・・。 一緒に錬磨するのを楽しみにしてるとか言っちゃったけど、それはどの希望者にも言ってるし・・・。 それにあのドヤ顔。 どこをどうしたらあんなドヤ顔できるのか不思議でしょうがないよ。
あたしは溜息をつきながら休憩所に足を踏み入れた。
「お帰り、ザラ。 紅茶を淹れたところだよ。 休憩にしよう」
「ありがとうございます。 エルダさん」
流石はエルダさん。 あたしの気配を感じてタイミングよく紅茶を淹れてくれている。 エルダさんの紅茶は美味しいんだけど、凄く失礼な行為だけどあたしにはあれがないと始まらない。
あたしはぽちゃぽちゃと随分多くの砂糖を入れるとティースプーンでそれを掻き混ぜ、満足したようにカップに口を付けた。
んー! やっぱりこれだよね! 疲れた時には甘い物っていうのは全世界共通かも。 それに“あの方”も甘党だし、あたしも甘党で良かった。
紅茶と言えなくなったそれを飲みながら満足そうにしていると、同じくカップに口を付けながらジト目のクロウさんが口を開いた。
「体、悪くするわよ」
「好きなんです。 “あの方”も甘党ですから」
「“あの方”は特別だよ。 それに味覚から真似するなんて聞いたことないよ」
「真似じゃないです。 あたしも元々甘党なんです」
あたしの言葉を聞いてお茶菓子のクッキーを片手にエルダさんが呆れた。
いいじゃないですか、甘党だって。 太らないようにしっかり錬磨もしているし、健康の管理だってちゃんとしてるんですから。
「どうだった?」
「・・・ダメですね。 クラウン橋で足が震えていました。 失神するか渡れず引き返すのが落ちでしょう」
「当然ね。 万に一つオリガ様の所まで辿り着けたとして・・・いえ、ドヤ顔では無理かもしれないわね」
「ドヤ顔? ああ、確かにドヤ顔でしたね、あれ」
クロウさんの言葉にエルダさんは苦笑いしてる。
やっぱりドヤ顔してたんだ。 あの人のドヤ顔を一度見たら正にドヤ顔って感じだったし。 それに、そんな空気を感じてたし。 というか二人もドヤ顔って呼んでるけどあたしも名前聞いてなかったな・・・。
「そう、ドヤ顔。 名前聞いていなかったからそう呼ぶわ」
「言いえて妙ですね。 あたしの前でもドヤ顔を。 名前はあたしも聞き忘れました」
「まぁ、ドヤ顔でいいんじゃないかな。 もう会うこともないんでしょうし」
そういうとエルダはクッキーを一つ齧った。
もう、会うことはないか。 だけど不思議な感じがしたんだよね。 案内してる時に感じたんだけど、ドヤ顔さんから変な空気を感じた。 特にあのドヤ顔をした時。 形容しがたいけど何か妙な空気を出してた気がする。 でも、あたしの先見眼じゃ良く見えなかったけどオリガ様ならしっかり見極めてくれるだろうし。 それにドヤ顔さん、何か嫌いになれないな。
「可能性はあるかもしれません」
「・・・何故? 実力はまるでないわよ」
「そーそー。 あれは無理だよ。 身のこなしはダメ。 先見眼なんてまるっきし無い。 おまけに自信過剰でドヤ顔。 一番に死ぬタイプだね。 まぁ、あのドヤ顔は面白いけどね」
「・・・」
うん。 確かにエルダさんの言う通りだよね。 戦場じゃ自身の力を過信すればするほど死に近づく。 どんなに錬磨していても過信は油断に繋がり、油断は一瞬で命を落とす事になるって事だし。 だからこそ余計不思議だったんだよね。 先見眼の強いクロウさんがなんであんな自信過剰なドヤ顔さんを試験に通したんだろう。
「何故クロウさんは試験を受けさせたのですか?」
「黒のカードを持っていたからよ」
「確かに黒のカードには驚きました。 それに対する本人のレベルの低さも相まってですが。 ですが、あれは近親者の物では?」
「でしょうね」
「それならば、可能性がないなら試験を受けさせないはずです。 何かを感じ取ったのですか?」
あたしの言葉にクロウさんはカップを置くと、クッキーに手を伸ばした。 それを齧ると、カップの中で揺らめく紅茶を見つめながら口を開いた。
「空気が・・・独特だったからかしら」
「あっ、それは分かります。 確かに不思議な空気でしたね」
「んー、私にはよく判らなかったですけど」
「あなたはザラより実力は上だけど先見眼ではザラには劣るわ。 錬磨しなさい」
「頑張ってるんですけどねー、こればっかりは得意不得意ありますからね」
「とにかく、ドヤ顔には恐らく先見眼が全く無い。 だけど、それは裏を返せばどんな敵にも立ち向かう強さとも取れる。 ああいう人間は初めて見たわ」
クロウさんはあたしなんかより先見眼が強いからドヤ顔さんの独特な空気までハッキリと見えたみたい。 だからクロウさんは試験を受けさせたんだ。 今回の試験官はオリガ様。 クロウさんより更に強い先見眼を持ってらっしゃる方だからもしかすると───。
「もしかしたら、ここで私達と錬磨できるかもしれません」
「そうなったら面白いかも。 揶揄う相手が増える」
「その癖、止めなさい。 辿り着ければだけど・・・オリガ様なら一目で分かるでしょう」
クロウさんはそう言うと食べかけのクッキーを口に入れた。