ドヤ顔の乙女心、散る
翌朝、私はノーティスに叩き起こされた。 寝ぼけ顔で文句を言う私にノーティスは鬼の形相で私に詰め寄った。
「貴女今日からリース様と錬磨でしょ!? いつまで寝てるのよ!」
「うるさいなー・・・ふぁあ」
「さっさと顔洗って今すぐ行きなさい!」
「あんたは私の母様かっての」
「貴女みたいなぐうたらな娘生んだ覚えないわよ!」
「はいはい」
寝ぼけ眼で洗面所に向かう私の後ろからまだノーティスのぶつぶつ言った声が聞こえる。 エマはそんな中ぐっすり熟睡してるみたい。
昨日あれから部屋に戻ってノーティスにもお礼と詫びを入れた。 心配なんてしてないって顔を赤くして言ってたけどね。 こういう可愛い所もあるのよね。
「うー、まだ眠いのに。 っていうか今何時よ。 まだ外暗いじゃない」
洗面所の窓から歯を磨きながら外を見ると、まだ微かに明るみが出てる程でハッキリいって暗い。 次に溜息をつきながら顔を洗い“自分のタオル”で顔を拭き、鏡に映る自分を見る。
んー今日も可愛い。 意識もハッキリしたし、早いけどリースさんの所に行こう。 っていうか行かなきゃノーティスが煩いし。
部屋に戻りテキパキと制服に着替えちゃんと返して貰っていた“相棒”を手に私はノーティスに振り返った。
「じゃ、行ってくるから」
「ええ。 失礼が無い様にするのよ」
「だからあんたは母様かっての」
「当たり前の事が出来ない貴女だから心配してるんでしょ!」
「はいはい。 ありがとうございますー! ノーティス母様」
「貴女ねぇ!」
「冗談よ。 じゃ、エマによろしくね」
「はぁ。 疲れるわ」
頭を抑えるノーティスを残し私は部屋を出る。 寒い。 真夜中の城に比べたらそうでもないけど、この寒さはどうにかしてほしい。 私は急ぎ足でリースさんの部屋まで向かった。 そこで、三階に上がった途端寒さが異常なくらいに深まった。 私が身震いしながら廊下を歩いていると、途中一人の女性と擦れ違った。 その時、意図せず肩と肩がぶつかってしまう。
「申し訳ない」
「あ、いえ。 此方こそすいません」
「君、新入り?」
「はい。 今からリースさんの所に行く予定です。 あ、リースさんとの錬磨をするんです」
「リース? 珍しい」
「そうなんですか? 凄く良い人ですよ」
この人、此処にいるって事は幹部の方だよね? リースさんを呼び捨てするって事はもしかして部隊長かしら?
「あの、もしかしたらし部隊長の方ですか?」
「そう」
「そうなんですね! よろしくお願いします。 あ、名前は───」
「もう行くから」
女性は一言そう言うと、踵を返して歩いて行ってしまった。 せめて名前くらいは名乗りたかったんだけど、やっぱり幹部部隊長の方は変わった方が多いのかしら。
「まあいいわ。 さて、リースさんは起きてるかしら」
深く考える事を止めた私はリースさんの部屋に向かった。 途中、吐き気を催す程の嫌な視線を感じた私が振り返ると、あの女性が闇の中からジッと此方を見ていた。 私が胃の中の物を戻すまいと口に手を当てながら見つめ返すと、女性は何の反応も示さず瞬きする間に姿を消した。 それと同時に嫌な感覚が無くなった。
「不気味。 何なのかしら」
リースさんの部屋の扉をノックすると、中からは何の反応も無い。 私は心の中でノーティスに恨みを込めた。
やっぱり寝てるじゃない。 何がさっさと行きなさいよ。 まだ明るくなってきてるかどうかって時間に起きる方がどうかしてるわ。 んーどうしようかしら。 とりあえずリースさんの寝顔でも拝見させてもらいましょうかね。
私は静かに扉を開けると部屋に足を踏み入れた。 部屋の中は暗く、昼間のテーブルがぼんやりと見えているくらいだった。
「あ、そういえばここってベッドとかないじゃない。 ちぇ、リースさんの寝顔見たかったのに」
「アタシの寝顔は高いよ」
「ひぇ!?」
暗闇の中突然背後から声を聞いた私は飛び上がった。 あまりの驚きに心臓の鼓動が収まらない。 バクバクなる心臓を抑えながら振り返るとそこにはリースさんが立っていた。
「びび、びっくりさせないでください!」
「別に驚かすつもりはないよ。 それよりアンタ誰かに会った?」
「誰か? ああ、女の人に会いましたよ。 この階にいるってことは幹部の人ですよね」
「へぇ。 アイツが上にくるだけでも珍しいのに、他の人間に会うなんて更に珍しいね」
「誰なんですか?」
「引き籠りだよ」
リースさんはそう言いながら部屋のランプに息を吹きかける。 徐々に明るくなる部屋に暖かみを感じた私はリースさんと椅子に腰かけた。
「引き籠りって何ですか?」
「ん。 知らないの? 特定の場所にずっと籠ってる奴だよ」
「それは知ってます。 さっきの人が引き籠りってどういう事なんですか?」
「アイツはうちの幹部部隊長でね。 それなのに地下に引き籠っててね。 まぁ、悪い奴じゃないけどね」
「そんな人がいるんですね。 そういえば此処にきた時にメイドさんに地下に近づくなって言われた様な」
「別に近づいても取って喰ったりしないよ。 話せばいい奴だしね」
いい奴? なんかそんな感じしなかったけど。 むしろこっちの命を狙ってる様なそんな感じだったんだけど。
「そのうち紹介してあげるよ。 さて、ちょっと早いけど早速錬磨と行こうか」
「あ、はい。 此処でするんですか?」
「いや、研鑽場まで歩くよ。 今の時間の予約取ったからさ」
「分かりました」
リースさんと連れ立って研鑽場まで向かう私はさっきの人の事をぼんやりと考えていた。
地下に引き籠っている人。 近づくなって事は危険な人なのかしら。 でもリースさんはいい奴だと言ってる。 だけど、私にはどう考えてもそんな人には見えないのよね。 振り返った時のあの視線、ねっとりと私の事を観察してるようなそんな感じ。 また会う事になるのかしら? 正直言って嫌だわ。 あの視線今度は耐えれないかも・・・。
「───る?」
「・・・」
「聞いてる?」
「えっ、あ、はい。 何ですか?」
「何ですかじゃないよ。 かかって来てって言ってるの」
「へ?」
「しっかりしなよ。 今からだよ、錬磨は」
気づくと私とリースさんは研鑽場の舞台に立っていた。
いけない、私ったら変な人の事考えすぎてた。 折角リースさんから誘いを受けたんだし、しっかりしなきゃ。
私は二、三度頭を振ると、改めてリースさんに頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
「ん。 とりあえずかかって来ていいよ」
「全力でいいんですよね?」
「ん。 今のアンタの力を見たいからね。 私も適度に手を出すから捌きなよ」
「はい! 行きます!」
「はへぇ・・・」
「これでもまだ強いかな。 難しいね手加減って」
「実戦向きすぎるのよ貴女は。 完全に目を回してるじゃない」
「水でもぶっかけて起こせばいいよ。 よいしょ・・・と!」
「うばっ!!」
今日通算十二回目の水を浴びた私は肩で息をしながら二人を見上げた。 リースさんと研磨を初めて五回目の水浴びをくらった私は、いつの間にか私達を見ていたアンナさんに気づいた。 アンナさん曰く心配だったからそうだ。 それから十二回目の水浴びまでリースさんと話しながら共に錬磨を見てくれている。
ノーティスやエマが知ったら二人共羨ましがるだろうけど、やってるこっちは地獄よコレは。
「もっと基礎から教えてあげないと」
「言ったでしょ。 アタシ人を育てた事なんてないんだから」
「まずは貴女の手加減から覚えた方がいいかしらね」
「やだよ面倒くさい。 ほら、さっさと立つ立つ」
「はひぃ」
こ、殺すつもりだわ! この人私を殺すつもりなのよ! いくら私が天才だからって限度ってもんがあるんじゃないの!? このままじゃ強くなる前に現世とさようならじゃない! それにもっと優しく起こすとか出来ないのかしら! いくらなんでもうら若き乙女に水ぶっかけるなんて正気じゃないわ!
それでもリース様に促され私はプルプルと立ち上がる。 生まれたての小鹿の様に“相棒”を舞台に深く刺し、杖代わりに身体を支えた。
そんな私の姿を見て、憐みの瞳を向けたアンナさんが救いの言葉を掛けてくれた。
「今日はもう座学にしたら?」
「何言ってるの。 早く強くなりたいなら実戦あるのみだよ」
「でもねぇ、“これ”じゃあねぇ」
「はひぃ、はひぃ」
「根性見せなよ。 強くなりたいんでしょ」
「は、はひぃ」
仏のアンナさんに対して、鬼のリースさん。 そんな中、私が何とか剣を構えようとした時、一人のイケメンさんが研鑽場に入ってくる。
なっ、なんというイケメン! ロイヤルクラウンの中にもこんなイケメンがいるなんて思って無かったわ! これは恥ずかしい姿見せる訳にはいかない! 頑張れ私!
私は胸を張り、錬磨なんてきつくないという顔でその人を見ていたが、リースさんもアンナさんも振り向きもせず誰が入って来たか分かっているみたいだった。
「どうしたのイリーナ」
「総督とクイーン様がお帰りに。 直ぐに会議を行うそうです。 それからリース様。 ありがとうございました」
・・・声を聞いて私の乙女心は音を立てて崩れ落ちた。 そうですか、女性ですか。 はぁ、期待した私がバカだったわ。
私はがっくりと項垂れるとその場に座り込んだ。 それなら今のうちに少しでも休む為に休憩よ、休憩。
「ん。 外は楽しかった?」
「久しぶりに羽を伸ばせました」
「ほらほらアンナ。 アンタが扱き使うから疲れてるんじゃない。 偶には休みを上げなよ」
「休みなら上げてるわ」
「アンタの傍でって条件でしょ? どうせクソ不味い茶でも出してるんでしょ」
「失礼ね。 イリーナだって美味しいって言ってくれてるわ」
「世辞と本音も分からないのかねぇ。 イリーナ、もっとハッキリ言ってあげなよ」
「いえ、滅相もありません」
上官であるリースさんとアンナさんに挟まれイケメンさんは困った顔をしながら二人から視線を外していた。
ほんと黙って見てる分にはイケメンさんにしか見えないけど女性なのね。 そういえばロイヤルクラウンって女性が多いわよね。 っていうか女性しかいない? どうしてだろう───。
「それより総督もクイーンも予定より早かったのね。 行きましょうリース」
「アタシはパス。 この子の錬磨する」
「ダメよ。 貴女は滅多にいないんだから偶には会議に出なさい」
「やだよ面倒くさい」
「いいじゃない。 お昼一緒にしてあげるから」
アンナさんの言葉を聞いたリースさんの眉が少し動いた。 その後、少しにやけた顔でアンナさんに振り返った。
「安くないよ?」
「分かってるわ。 イリーナ、この子の座学をお願いするわ。 基礎からみっちり教えてあげて」
「わかりました」
そう言うとリースさんとアンナさんは連れ立って研鑽場を後にした。 残された私は“女性”のイリーナさんに頭を下げる。
「あの、よろしくお願いします」
「例の問題児ね。 私はイリーナ。 アンナ様に頼まれたからにはしっかり教えてあげる。 こっちよ」
「あ、はい」
私は内心錬磨をしなくて良くなった事にガッツポーズしながらプルプルした足で先を行くイリーナさんの後を追った。
──滅びた村──
崖の上から先程襲った村を見つめる二匹の魔物の姿がある。 少女の姿をしているがその頭から生える二本の角で一目で人間ではないと分かる。 その一匹は岩に座り足をぷらぷらと遊ばせており、もう一匹の人狼の魔物が傍に立っていた。
【ドレス様まだかなー】
「もうしばらくかと」
【一杯人間殺したからー、一杯褒めてもらおっと】
「しかし何も皆殺しにしなくても良かったのでは? オルベルスネーシア様やプラムベティ様はゆっくり狩れと」
【えー? でもドレス様はこうやれって教えてくれたよー?】
「しかし・・・」
【いいのー! あたしの主はドレス様なのー!】
その時、一匹の蝙蝠が少女の元に近づいてきた。 黒い身体に赤い瞳だけが怪しく光った蝙蝠に、少女は嬉しそうに飛び上がった。
【ドレス様! お帰りなさいませー!】
ペコリと頭を下げる少女の前で蝙蝠はみるみるうちに人の姿を形どると、ウィンクドレスがその姿を現した。 少女の様な顔立ちでありながら、不気味な程の威圧感を放っている。
「お帰りなさいませ、ウィンクドレス様」
ウィンクドレスは何も言わず、滅びた村に目を向けた。 そこには言葉も話せない低級魔族達が村に蔓延んでいた。 それを見たウィンクドレスはブツブツと何か言葉を紡ぐと、掌に集まった小さく赤い球体を村に放った。
ドーム状に村全体が包み込まれると、中にいた魔物が騒ぎ始めた。 これから何が起こるのかその予想くらいはできる知能はあるらしい。 此方に向かって必死に命乞いする魔物もいる。
瞬間、轟音と共にドーム状に包まれた全てが消滅した。 爆発とは違い、周囲を破壊するのではなく、完全に消し去り、抉り取られた巨大なクレーターだけがそこに残っていた。
【あー皆死んじゃったー】
「なっ・・・」
(同族である部下までも・・・。 ウィンクドレス。 三姉妹の中で異質な存在であるのは知っていたが、コイツは普通ではない。 コイツには同族や仲間意識がまるで無い。 危険だ。 オルベルスネーシア様とプラムベティ様に知らせなければ)
人狼がジリジリと一歩、また一歩と後ろに下がる気配を感じたのか、カリテスが口を開いた。
【ところでさー君、誰?】
カリテスが牙を剥き出しに、人狼へと振り向いた瞬間、全てを察した人狼は走りだした。 目にも止まらない速さで走る人狼だったが、カリテスの目はしっかりと捉えていた。
【逃げちゃったー。 魔物は美味しくないけどー逃がさないよー】
追いかけようとするカリテスをウィンクドレスが手で制止すると、人狼が逃げたであろう方へ指を振った。 放たれた空気は徐々に巨大に速くなり、周囲の木や岩を切り刻みながら人狼へ迫った。
何か巨大なものが後ろから迫っている気配を感じた人狼は振り返ると、目の前に巨大な死への刃があった。
「・・・化け物が」
切り刻まれた人狼の最後の言葉は死の刃に掻き消された。




