ドヤ顔、リースの弟子になる
私は黄服メイドさんの後をついて行き、リースさんの部屋に向かった。 リースさんが来た次の日、私は特別医療室=独房を出る事が許されていた。 リースさんに言われた通りに、リースさんに会いに行きたいと黄服メイドさんに伝えた私は案内をされていた。
三階に上がり、黒い絨毯が敷かれた廊下を歩くと、黄服メイドさんは一番端の部屋の前で足を止め、無言で一礼するとその場から姿を消した。
「失礼、します」
小さくノックし、扉を開けると、部屋自体は広い。 だけど、小さなテーブルと椅子しか置かれていない殺風景な部屋に足を踏み入れた。 椅子にではなくテーブルに座りながら果物を齧っていた人物はそんな私を見ながら手招きする。
この人、幹部部隊の部隊長さんって言ってたけど、なんだか親しみやすい人ね。 色々話が聞けるかもしれないわ。
「ん、来たね」
「はい。 あの、ありがとうございました」
「何が?」
「リースさんが私をあそこから出してくれたんですよね」
「まぁ、ね。 いいよいいよ。 アンタに話があるんだよね」
「はぁ」
「座りなよ」
そう言うとリースさんはテーブルから降り、一つの椅子に腰かける。 私もそれに続いて反対の椅子に腰かけた。
やっぱり親しみやすい。 変な緊張感も無いし、幹部の部隊長さん達って皆こういう人達なのかしら?
「悪いけど茶はないよ」
「あ、大丈夫です」
「ん。 話なんだけどさ」
「はい」
「アンタの事、アタシが育てるから」
「へ?」
突然のリースさんの言葉に私は混乱した。
育てる? 私を? 育てるって私十九だしそんな子供じゃないんだけど。
「言い方が悪かったかな。 順を追って話そうか」
「え、あ、はい」
「アンタ、トレブルだよ」
「トレ、ブル?」
「ん。 これはアタシが勝手に付けた名前だけどね」
「なんですか? トレブルって」
「ダブルって知ってる?」
そう言いながらリースさんは食べかけの果物を齧る。
何の果実だろ。 見た事もないけど、でも美味しそう。 じゃなくって、ダブルってあのダブルかな。 聞いた事はあるけど見た事はないのよね。
「ダブルってあの?」
「ん。 “混ざり”がある奴の事だよ」
「聞いた事あります。 人間と魔者との混血って」
「ん。 正確には魔族だけどね。 滅多にいないし、後、アタシはそのダブルだよ」
「えぇ!? リースさんダブルなんですか?」
突然の告白に私は目を丸くして驚いた。
だって、ダブルって滅多にいない種族なのよ? それに、人にも魔族にも忌み嫌われてる存在って聞くし。
「ダブルだよ。 先見眼が無いアンタじゃ分からないでしょ」
「は、はい。 全然分かりません」
「ん。 それでアンタはトレブル。 三つの“混ざり”がある。 アタシも初めて見たよ」
「三つ・・・ですか」
「無理に思い出さなくていいよ。 アンタに“混ざってる”血の一つは相当タチが悪い。 最悪だよ」
リースさんの言葉に私は俯いてしまう。
そっか、私は普通の人と違うんだ。 ダリアを殺しかけたって聞いてその記憶も無くて。 思い出そうとすると気持ち悪くなって・・・。 でも、待って? そうなると私って凄い人間なんじゃない?
「だけどそれはアドバンテージでもあるよ」
「え?」
「アンタは普通とは違う。 けど、それは大きなアドバンテージなんだよ」
「どういう意味ですか?」
「ん。 見せて上げる」
そう言うとリースさんは立ち上がり、部屋の中央に立つ。 ジッと見つめる私を見ながらリースさん優しい笑みを携えた。
突如、リースさんの背中から大きな白い翼が生えた。 私はそれを見て無意識に呟いていた。
綺麗。 本当に人間じゃなかったのね・・・。 でも、そんな事より、何よりも・・・。
「天・・・使?」
「ふふん。 嬉しい事言うね。 でも違う。 これはハーピーの羽だよ」
「ハーピー? 魔物ですよね。 リースさんはハーピーとのダブルなんですか?」
「いや、ちょっと違う。 エルフハーピーって言う稀少な魔族のダブルだよ」
「聞いた事ないです」
「だろうね。 滅多にいる魔族じゃないからね」
「空を飛べるんですか?」
「ん。 これがアタシのアドバンテージ。 分かった? ダブルって言うのは普通の人間より優れているんだよ」
「じゃあ他にもダブルがいるんですか?」
「いないよ。 少なくてもうちにはね。 ダブルは普通の人間より優れているけど自我を保つ事が出来るのが少ないんだよ」
「自我・・・。 あ、私」
言われて気づいた。 自我を保つのが難しい。 そして、他の人の話から私もおかしくなっていた筈。 つまり、私もリースさんが言うトレブルっていうのが関係しているのね。
「普通のダブルは段々と血に取り込まれていく。 そして気づいたら人間も魔物も襲う化け物になる。 人間の仲間もいないし、魔物や魔族の仲間もいない。 だから忌み嫌われる。 迫害もされるから外で言うんじゃないよ」
「・・・」
「さっきトレブルって言ったけど、アンタにはもう一つ“混ざり”があるんだよ。 それが今はアンタを守ってる。 だからアンタはこの前初めて自我を失った筈。 でもいつまでその守りが続くか分からない」
羽を収め、再度椅子に座るリースさんを見ながら私は考えた。
ダリアとの模擬戦闘で意識を失いかけた時、暖かい空気が私を包んだ気がしたけどそれの事かしら。 でもその後、冷たい空気が一瞬で暖かい空気を払いのけて私を包み込んだ。 暖かい空気は何処か懐かしい気がしたし、多分あれは───。
「母・・・様」
「やっぱり近親者か」
「多分、母様だと思います」
「ん。 母親の空気がなんでアンタから出るのか分からないけど、それはアンタを守ってるよ」
リース様に言われ、私は笑顔でポロポロと涙を流した。
母様はずっと私と居てくれたんだ。 私の中にある“最悪の混ざり”を抑え込んでくれてた。 母様は優しくて強くて、いつまでも私を見守ってくれていた。
嬉しい気持ちと、母様に会えない悲しい気持ちが混ざり合ってよく分からない感情が私を包んだ。 それでも、私は聞かなくてはならない事があった。
「私の・・・中にある悪い混ざりはなんですか」
意を決して私はリースさんに口を開いた。 怖くない。 きっと、母様が私を守ってくれるわ。
「向き合える? 言ったよね。 最悪だって」
「はい。 母様も私の中にいるなら私は何も怖くありません」
「強いね。 アンタの中にある悪い方はね・・・東の魔女だよ」
「東の魔女?」
聞いた事が無いわ。 魔女って、魔法とかを使うあの魔女? あんなの本の中だけの話じゃないの?
「知らない?」
「はい」
「そっか。 知らないなら、今はいい。 それで話を戻すけど、アンタの事をアタシが育てて鍛える」
「リースさんが?」
「アタシはダブルだからアンタの事が良く分かるから。 “混ざり”がある者の苦悩は分かるし、力の使い方を教えれる」
リースさんはそう言いながらテーブルに爪を立てて引っ掻いて行く。 伸びた爪はダブルだからか、切れ味も鋭く木のテーブルに綺麗に切れ目を入れていった。
「誰かを育てる事なんてやった事ないから下手したら死ぬかもしれない。 それでもアンタはその血と力をコントロールできなきゃならない」
「はい」
「やってみる?」
「上手くコントロール出来るようになりますか?」
「それはやってみないと分からない。 何しろアンタはトレブルだし、悪い方の血は最悪だし。 前例が無いから何がどうなるか分からないよ」
「でも出来ないと・・・」
「ん。 アンタはいつか仲間を襲うと思う。 そして、いつかは人間か魔族かに殺されるだろうね」
私の脳裏にはノーティスとエマ。 それに受付メイドの三人やオリガさんイディスさん、ダリアにフレデリカ。 出会ってきた人々の姿が思い浮かんだ。
その人達の姿を思い浮かべた時、私は決心する。 大丈夫。 私は強い。 私なら出来るわ。
「やります」
「ん。 断られても無理にやらせたけどね。 でもアンタのやる気が有るか無いかじゃ違うからね」
「はい。 それに、私って特別なんですよね」
「まぁ、ね。 前例も無いし特別だね」
「ふ。 ふふふ」
「な、何?」
「特別っていい響きですよね。 正に私に相応しいって言うか。 やっぱり世界中を私のファンで一杯にするには特別じゃなきゃいけませんよね!」
そうよ、私は特別なのよ。 他の誰でもない私だけに与えられた特別な血が入っている。 これはもう、私が英雄になるべくしてなったのよ!
「ふ、ファン?」
「そうです。 私の夢なんですよ! 世界中を私のファンで一杯にするんです。 あ、サイン要りますか?」
「いや、いい」
「そうですか? まだ書いた事ないので初めての人になりますよ? 凄いレアですよ?」
「いや、いい」
私の初めてのサインを二回も断るなんて、リースさんは恥ずかしがり屋なのかしら? まぁ、いいわ。 いずれリースさんからサインが欲しいって言って来るでしょうし。
「さっきのコントロールの話ですけど、私なら余裕と思うんですよね。 私って天才ですし、すぐに出来るようになりますよ。 そしたら私は唯一無二の存在として語り継がれるんですね」
頬に手を当ててブツブツと訳の分からない事を呟く私をリースさんは怪しげな目で見ていた。
(急に空気が変わった。 暖かい空気がこの子を包んでる。 自信過剰でバカ、ね。 扱いやすいかも)
「兎に角、アンタはこれからアタシと錬磨する事。 今の所直ぐに暴走はしないだろうから部屋を移る必要はないよ」
「良かったです。 ノーティスもエマも友達なので離れたくなかったですから」
「ん。 毎朝此処に来なよ。 メイド達には通すように言っておくからさ」
「分かりました。 ありがとうございます」
「錬磨は明日からね。 取り合えず今日は部屋に戻りな。 そうだ、アンタ獲物は?」
「あ、剣なんですけど。 没収されたんですかね?」
「部屋にあるでしょ。 それも持ってくるんだよ」
「分かりました。 じゃあ、失礼します」
「ん。 お疲れ様」
そう言って私はリースさんの部屋を後にした。
明日からリースさんと錬磨、ね。 幹部部隊長と錬磨だなんてノーティスもエマも羨ましがるかしら? でも私は特別だから仕方ないわよね。 よしっ! 母様も私の中に居てくれるんだし、絶対コントロール出来るようになるわ!
私は少しスキップ気味に廊下を歩いて行った。
東の国。 常に雲が大陸を覆い隠し、不気味な瘴気が漂う大陸に一つの国があった。 元は人間が住んでいたのだろうか、建物は有るものの人が住んでいる気配は無い。
そんな闇が支配する世界の中、妖艶な女性は薄暗い巨大な城の広間で玉座に続く大階段の前に佇み、鎧に身を包んだ騎士に声を掛けた。
「ドレスは何処?」
「アソビニイカレテオリマス(遊びに行かれております)」
「ベティは?」
妖艶な女性がそう言うと、女性の足元の影から別の女性が現れた。
「呼ばれましたか? オルベルスお姉様」
「ベティ。 御母様がお呼びよ」
「分かりました。 ドレスお姉様は?」
「アソビニイカレテオリマス(遊びに行かれております)」
同じ言葉を繰り返す鎧の騎士は、無機質にそう答えた。
「ガルムボーン、ドレスが戻ったら私の所に来るように伝えなさい」
「カシコマリマシタ(畏まりました)」
「何のご用件でしょう?」
「種の華が咲くかもしれないと仰られているわ」
「いよいよですか。 私達も四姉妹になるのですね」
「特別な子よ。 私達の上に立つ者になるわ」
「アラタナマジョノタンジョウデスネ(新たな魔女の誕生ですね)」
「兵に伝えなさい。 人間共を根絶やしにする日も近いと」
妖艶な女性は口元を歪め、楽し気に言葉を紡いだ。 それを聞いた鎧の騎士も赤い目を光らせ、背筋を伸ばした。
「カシコマリマシタ(畏まりました)」
そう言うと、鎧の騎士はその場から姿を消した。 残った女性の二人は玉座に向かって進んで行く。 暫く歩みを進めると、重厚で巨大な扉が目に入ってくる。
妖艶な女性が巨大な扉を開くと、広大な部屋にポツンと存在する玉座に座る女性が在った。 周りには死霊が蠢いており、一目見ただけで人間では無い事が伺える。
しかし、女性というのは分かるが顔は見えない。 何かに遮られており、顔の認識が出来無い。 それが魔女によるものなのかすら分からない。
〖よう来た。 オルベルス、ベティ。 ドレスはどこにおる?〗
その佇まいから想像できない程の声色を持つ女性が問うと、二人の女性が呆れ気味に答えた。
「遊びに行っておりますわ」
「ドレスお姉様の悪い癖です」
〖ほほほっ。 良い、良い。 して、人間共への侵攻はどうなっておる?〗
「少しずつ進んでおります。 人間共の抵抗が思った以上にある為、予定通りではありませんが。 特にロイヤルクラウンには手練れも多く、思った以上に手を焼いておりますわ」
〖慌てるでない。 放って置けばあ奴等は勝手に増える。 増えたら狩ればよい。 長く楽しみたいからのう〗
「うふふ。 御母様? 凄く楽しそうですね」
〖ほほほっ。 それにのう、種が育ちそうでのう〗
「いよいよですわね。 御母様の最初の子ですわ」
「私達の姉妹も増えるのですね」
〖しかしのう〗
女性の言葉に、玉座に座る者の声色が変わる。 たったそれだけで蠢いていた死霊達が悲鳴を上げながら消え去って行った。
〖厄介な者が傍につくようでのう〗
「厄介な者?」
〖オルベルスよ。 其方は昔、あるダブルを殺し損ねたのう?〗
玉座に座る者の言葉に、妖艶な女性が跪き、頭を垂れた。 その顔に冷や汗も浮かぶ程に恐れているのが分かる。
「申し訳ございません、御母様」
〖良い、良い。 その者がのう、育てる気でおるみたいでのう〗
「お姉様があの時殺しておかないからですよ」
「ダブルの血を甘く見ていたわ。 直ぐにでも殺しに・・・」
〖これ、これ。 余計な事はするでない。 折角育ててくれるというのに。 好きにさせておけばよい〗
「しかし・・・」
〖良い、良い。 育てば育つ程美しくなる華よ。 今はじっくりと愛でる時よ〗
玉座の座る者の許しの言葉と捉えたのか、妖艶な女性が立ち上がると、真剣な眼差しで口を開いた。
「分かりました。 兵や魔物共には今まで通り、経験を積ませるレベルしか当てないように致しましょう」
「お姉様。 それならば私の兵をお使いください」
「ええ、そうさせてもらいましょうか。 それでは御母様、失礼いたしますわ」
〖ほほほっ。 我はこれより眠りにつく。 誰も近づかせるでないぞ〗
「仰せの通りに」
「お休みなさいませ、御母様」
二人が玉座を出ると、ベティは直ぐに兵を呼びつける。 蝙蝠の羽を生やした女性の魔族が二体やって来ると、玉座の間には誰も近づかせないように伝えた。
「お姉様、ダブルの件。 いかがいたしますか?」
「御母様は放っておけと仰られたわ。 手を出す訳にはいかないわ」
「ですが御母様の血を継いだその子が力をつければ・・・」
「危険ですわね。 でも御母様の言葉には逆らえないわ」
「もしその者が此方ではなくあちらを取ったらいかがします?」
ベティの問いにオルベルスは不気味な笑みを浮かべながら答えた。
「決まっているわ。 その娘を殺して、人間共にも目にもの見せて上げるわ」




