待つだけの人
いつもより心なしかキツく靴紐を結び、かかとを鳴らして玄関を開ける。1歩踏み出したところで風夏は小さく息を吸い込んだ。
「行ってくるね」
「あ、おはよー、ふー」
「ひゃっ!……なんだ海桜奈か。急に肩触られたらびっくりすんじゃん。おはよう」
「なんだって何よぉ。もー冷たいなぁ」
ぼんやりと登校していたため、いつの間にか教室まで来てしまっていたようだ。梨菜は──まだ着いていない。
「よかった……ぁ」
梨菜が今日来なかったらいいのにと考えてしまっていた自分に風夏は嫌気が差した。
「ふー?どしたー?元気ないねぇ」
「いや、何でもないよ」
「んんー?もっしかしてー、梨菜ちゃんと何かあった?ほら、二人ってすっごく仲良いよねぇ」
風夏は顔を覗き込んでくる海桜奈の額を無理やり手で押しのけた。「ふぎゅぅ…」と音を立てて萎み、下がっていく海桜奈を横目に風夏は席に座り、梨菜の登校を待つことにした。
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昼休み。風夏は海桜奈と真鈴と三人で昼食をとっていた。
「あぁぁぁぁ」
「今日のふー、ヤバい気がするぅ。ゾンビ化してるよねー」
結局、風夏は梨菜と和解することは出来ていなかった。ただ単に勇気が出なかったとかの話ではなく、梨菜が体調不良で欠席したのだ。梨菜は風夏の知る限りでは高校二年間で一度も欠席した事の無い優等生だった。だから、不安になる。もしや──
「それにしてもあの梨菜ちゃんが休みなんて珍しいよねぇ」
「風邪、ですかね。最近気温差がすごいですから」
「あー、分かるっ!服装マジ困るよねー」
風夏の理想を体現したようなあの完璧美少女が風邪などひくのだろうか。でも、もしそうなのだとしたら、
「お見舞いという口実で梨菜と自然に会話出来る……!よしこれだ、これしかない!」
「風夏ちゃん?ちょっと……」
「そうと決まれば、まず先生に梨菜の分のプリントを貰ってこよう。ごめん二人とも!あたし先に教室戻っとくね、じゃ!」
風邪ではないにしても、欠席ならきっと梨菜は家にいるはず。
「はじめになんて梨菜に声掛けよう……大丈夫?かな、それとも……あっ先生!」
ちょうどいい所に担任がいた。これで梨菜の分のプリント回収クエストは達成だ。
「七鳥さん?どうかしました」
「梨菜……じゃなくて二条さんの分のプリントを預かりたいんです。今日欠席ですよね?家に届けてあげようと思って」
「それ自体は嬉しい申し出なんですが……二条さんが今日なぜ欠席なのか七鳥さん知りません?連絡入ってないみたいで」
「いや知りませ……って、え?連絡が入ってないってどういう……」
風夏は担任の言葉に困惑を浮かべるが、どうやら彼もよく分かっていないらしい。普段よりも言葉の端々に頼りなさが滲み出ている。この担任は頼りにならないと悟った風夏は彼の前に指を突き立てた。
「じゃあ、あたしが。あたしが梨菜にプリント届けるついでにそれら諸々聞いてくるんで!」
「分かりました。プリントは教卓の上です。よろしくお願いします」
「マジか」
何はともあれクエストはたぶん達成した。梨菜の事はものすごく心配だが、これで状況は少し変わった。くるり、と曲がり角を通過する風夏の黒髪は朝よりも軽快に波を打った。
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木々の隙間から木漏れ日が差し、小鳥の囀りが心地よく奏でられているこの場所は梨菜のお気に入りだった。誰にも邪魔されないし、一人になれる。
「別に一人が好きではないけど」
少し前までは一人の方が気が楽だと思っていた。なのに、何故だろう。今は無性に会いたい人がいる。『私』を見つけて欲しい。
「まだかなぁ。心配、してくれてるかなぁ。……早く会いたいな」
『あの人』のことを考えて、想っている時間が一番幸せ。だから梨菜は相手とこの気持ちを共有したい。梨菜に沢山話しかけてくれて、話を真剣に聞いて向き合ってくれる。褒めて褒めて、褒めてくれる。
眠るときも、目が覚めたときも、一番に頭に浮かぶのは『あの人』。長く艷めく黒髪に、活気な印象をも受ける端正な顔立ちがよく似合う梨菜の理想の人。
──『私』とは真反対の憧れの人。
「もうすぐかな」
梨菜は膝の上に「人魚姫」の絵本を静かに置き、また自分の世界に閉じこもった。
梨菜 風夏 真鈴 海桜奈
ちなこれ書いてるやつもJKです。趣味です