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45章:A Old Heroes, A New Legends! 新たなる1ページ

 ここは、何処だろうか。

 瞼を持ち上げて映し出た世界は、木材の床に吹き抜けの壁、少し荒れてはいるが比較的整った庭園。見知らぬ場所であるが、無知なぼくは常にして新たな知見を得る旅をこそ人生としたために、驚きは少ない。だが、少なくとも以前よりは断然良い世界だ。


 後頭部が痛む。頭部への攻撃を許す程に油断したのか、あるいは事故か。敵意・殺意の類いに敏感なぼくとて、意図せず起こった事故に類するものは避けられない。無論、感知すれば避けるは容易だが、背後からとなると弱る。


 身を起こし、周囲に気を張ってみれば頭上と前方に気配を計三つ。前方の二つは敵意はない——というよりも、気付いていないようだが、頭上の気配は気付き、またぼくの嫌いなものだ。


 右手を天に掲げて跳び上がり、この施設の天井を破る。視界には映らないまでもおおよその形くらいならば察知は用意なぼくだから、外さず、屋根上に陣取っていた対象の足首を掴んで強く腕を引いた。


「うあっ」


 なんて情けない声を上げて引き摺り下ろされたのは燃えるような赤い瞳の女であり、この生物的気配からズレた感覚は、間違えなく拝火連盟の手の者だ。人として進化を踏み外した手合いが未だいるを見るに、ぼくが終わった後でも世界はそう変わってはいないのだろうか。だとしたら、何だか物寂しいものがある。ぼくでは、世界を劇的に変えるに至らなかったという事実であるのだから。


「良く無いなァ」


 女を引き摺り下ろし、着地しながらも地面に叩き付ける。床材が脆いこともあり一撃で床を砕いてしまったが、しかし同時に女の頭蓋骨も粉砕出来たようで拝火連の女はだらりと力無く流血するだけとなった。

 捨て置こうと手を離そうとしたものの、体内に異なる気配を感じたぼくは女を引き寄せて、探る。本質を同じくするものだし気配感知は得意としないぼくなので見逃していたが、胸を切開して目視してみれば、やはりそこにはぼくの指輪が埋め込まれていた。

 指輪を摘み上げて、今度こそ女を床に置く。

 指に嵌めてみれば、何と懐かしい感覚だろうか。


「……【恋人ラバーズ】かぁ」


 結界を形成するタイプの指輪ではあるが、少なくとももう一つなければ落羽織の鎧は着れないし更にただの指輪も幾つか無ければ縁が足りずに引き寄せられまい。落羽織は呼べないか。


 指輪を嵌めたことで引き合う感覚が強まり、自身の胸中に引き寄せられるものだから切開してみれば、この身体の内にも指輪が存在していた。何故に体内に指輪を潜ませているのか、無知蒙昧なぼくにはどうにも予想がつかないのだが、流行なのだろうか。

 自身の胸中にあった指輪も指に嵌めて、二つ。古くは左右の五指に嵌めていたものだが、数も減ってしまったものだ。


「【移動(フロウ)】! 良いじゃないの」


 更に引き合う感覚が強まり、指輪は前方の二人の内で男の方を指し示している。

 ぼくが二人をじっと見つめて初めて、眼前の二人はぼくを発見した。勘が鈍いのかとも思ったが、どうやら違う。ぼくの顔を見た時の驚愕とは別に、疲労が見える。


「なん、で……」


 絞り出された声は絶望。

 人と戦う戦場では五万と聴く声だ。


「アメミヤ……じゃ、ない。…………誰、ですか?」


 ここは紛れもなく戦場だ。それはぼくが目を醒ます前からの話である。

 戦場で名を聞くなんて古いやり方、珍しいものだと感心しつつも人である彼方が望む方法こそを尊重しよう。どれだけ時間が過ぎ去り、未だ来やらん刻がぼくという厄災を忘れようとも——ぼくは、善き人々の味方だ。


「青き卵は総長、ケリィ・ヨセフだ。今後ともよろしく」


 息を呑む鋭い音が、静まり返った夜露に木霊する。


「ケリィ……ヨセフ? それに、青き卵って……」


「知り合い?」


「いえ、知り合いって訳では……でも、ケリィなんて名前、伊達や酔狂で語る類いの名前ではありません。ケリィというのは、教会の始祖にして英雄の名前ですから。子供にも、付けませんよ普通」


 男の口ぶりから、どうやらぼくの名前が残っているらしいが、何か知らない変な宗教によって祭り上げられているというげんなりする真実も知ることとなってしまった。ぼくとしては大偉業とすら呼べる戦果を挙げたと思っていたが、落ちる果ては名ばかり残した幻想の英雄。

 虚しいものだ。未来など知らなければよかった。


「何だっていいでしょ、相手なんて。大将首以外はみんな同じよ。ほら、構えて構えて。私は君らを害する存在なんだぜ? わかってるのかい? さあ、やろう」


 【恋人】の指輪を用いて、この肉の脳を刺激して引き出した記憶によればこの身体はつい先刻までぼくではなかったらしい。アメミヤ・アマツユ——それが、この身体の元の名前。何故に彼がぼくを宿したのかは不明だが、ただ、彼の身にぼくが降ろされた以上は元々彼が担っていた任をそのまま引き継ぐべきだろう。

 東方司祭ディアノ・ノーマンの殺害。

 東方司祭が何なのかはこの身の判定が曖昧でよくわからないがおよそ領主のようなものだと過程して、ディアノ・ノーマンの姿は記憶に残っている。この身は一度失敗しているが、失敗など取り返せばいいもの。難しく考える必要はない。


 一歩、踏み出した瞬間に眼前の二人は武器を構える。不用意に距離を詰めないのは賢さではあるが、美徳ではない。戦士とは蛮勇を胸にするものであり、恐れ踏み出せないのでは一流とは言えないだろう。


「我こそはサキハラの長女、キショウ。推して参る」


「ソウル・ステップ。尋常なる果し合いを申し入れる」


 更に一歩踏み出せば、ハッと息を吹き返した二人はそれぞれ名乗りを上げ、距離を詰めてくる。

 男の方がソウル・ステップ。女がサキハラ・キショウか。覚えていられる限りは覚えているとしよう。


 サキハラの方が踏み込みが力強く、瞬発はあるようだ。刀身を腰の隣に構えて勇猛に距離を詰め、繰り出された切り上げは練り上げられた研鑽を感じるものであり、無条件で大隊長は任せられる。


 だが、また同時にそれだけだ。いくら技が洗練されていようとも、より先を行く者が相手では意味を為さない。ぼくは指を揃えて作った手刀をサキハラの振るう刀に合わせて振るい、弾く。一拍置いてソウルの上段突きが来るが、本来一拍置かずに立て続けに行うからこその連撃というもののテンポを狂わされた連携ではぼくは止まらない。迫る刀身の腹に手の甲を合わせて軽く力を込めつつも【移動】を用いて力の流れを他所へ向けてやれば、ほれこの通り突きは逸れる。


 ソウルが突きで意識を向けたとて、その隙を突いてのアメミヤのアキレス腱を狙った打撃は見えていない訳ではなく、また超下段攻撃であるが故に狙いが明白で対処は容易い。狙われている右足を軽く上げて、武器を上から踏みつければ無力化出来る。


「サキハラ・キショウ! お前ッ、ふざけているのかァ!」


「何とッ!?」


 踏みつけにした武器から足を引き上げ、弓の如く引き絞り蹴りに転じる。そこらの凡夫であれば反応も至らないであろうぼくの蹴りにやはり読み通りサキハラは反応し、それどころか身を捻り辛くも回避までして見せた。ぼくの脚は彼女の腹部を覆っていた服の布地を巻き込み、引き千切ったのみで酷く軽い感覚に襲われる。


「お前は甘い!」


「天才に対し!」


「お前の実力はそんなものではない筈だ。にも拘らず実力の劣るソウルと協力、それのみか彼に合わせるなど。恥を知れ。私に留まらず彼に対しても失礼に当たると知っての狼藉か」


 ぼくの叱咤に目を見開いてまで驚きながらも後退し、ぼくとの間に距離を取るサキハラ。後方ではそれに合わせて距離を取りつつ挟撃の形を取る気配がしている。


「ソウル・ステップ! お前もだ!」


「は、はい!」


「君の太刀筋は素直過ぎる。来るとわかっている凶器を避けない者がどこにいる。特段肉体に恵まれていない君では、一撃に何もかもを込めるその太刀筋は向かない。太刀筋に騙しを入れるのは、別に邪道でもこずるい技でもないんだ。戦場であらゆるを使わないのは怠惰と同じ、それは人の可能性を狭める行為だ。流派などと檻に籠らずこの場にある全て、脳骸の全てを活用しろ」


 若い、乱暴な仕上がりの二人にどうにも息子を重ねてしまう。思いを馳せたところでもう二度と出会うも叶わない願いであれど、今のぼくには関係のない話の筈だ。


 サキハラは単独の動きがどれ程のものであるのか未知数であるが、それ故に彼女は警戒に値しない。どれだけ強かろうとも彼女には明確な弱点が存在している。逆にソウル、彼の背面取りの際の気配はぼくに仕掛けた時に比べて速かった。攻撃を行わんとしているのに速度を殺す意味はない、指輪によるものとみて間違いないだろう。この身体の持ち主の記憶を見るに、今世の者らはぼくとは異なる指輪の使い方をしている様子。どのような扱いをするのか、対応が必ず後手に回らざるを得ない。


「ソウルくん! この人、狂人だよ」


「ええ、そうですね。信奉していたのがこんな人だったとは……俺、ケリィ信じるのやめます」


「それは早計じゃないかな……」


 攻め攻めでいけばソウル・ステップは恐れるに足らない……のだけれど、それだと穴を埋めるようにサキハラに隙を晒すことになる。慎重にいけばサキハラは気に留めるまでもないが、ソウルがジョーカーとして君臨し続ける。上手く補填し合う良いコンビじゃないか、ぼくのようなたった一人の王国ワンマンキングダムとは訳が違う。妬けるね。


 さて、先のサキハラへの蹴りで判明した事実だが、このアメミヤ・アマツユという男の身体はかなり脆いらしい。たった一度力を込めて蹴っただけで筋繊維が断裂してしまった。もう一度扱えば、今度は千切れ飛ぶことだろう。それに胸を切開して指輪を取り出してからというもの、体調が刻一刻と悪くなっている。あの程度の致命傷がこのように蝕毒として実力を発揮するなどと、忘れていた感覚が呼び起こされる。


 どこまで無茶出来るのか、どのくらいまでならば許容してくれるのか、どうやって彼ら彼女らを攻略するか、どうせならやれるだけやってみたい。


 久しぶりの、後顧の憂いのない戦いに心が沸き立つ。誰かのためだとか何かのためと口に発して戦うのも、結局は戦場に在れるのだから好きだけれども、やはり折角ならば自分による自分のための自分の戦いをやりたいものだ。これは先程までアメミヤと雇い主オレガノに捧げる戦いだったが、たった今よりこれはぼくのだ。生前の武装の大半――妻も側近も軍隊も、指輪も武器も落葉織の戦鎧も無し。身一つの戦いなんて、帝都での負け戦の後で湯治先の露天で襲われて以来じゃないのか。

 嬉しいねぇ。


「さあ、いつまでも構えてないでさ――来なさい。折角、面白くなってきたんだから」


「面白く……?」


「……? 疑問符が出る意味がわからないな。ぼくの名が残っているのならば、幾許かぼくの発言だって残っていていいものを……ただ居ただけの人間として処理されてしまったのかな?」


「いいえ、残っていますよ。貴方の手記が、残っているんです! その中の貴方は、そんな人では無かった……ケリィ・キセキは、そんな人じゃないハズだ!」


 熱くなって、やる気十分なソウル。

 やはり彼も楽しんでいるんじゃないか。心の中で必死に抑えているみたいだけれど、彼とて戦場の熱に浮かされている。戦いは楽しいものだし、それが苦難の道ならば尚更踏破した時に脳内に駆け巡る電流は全身に高揚を行き渡らせるものだ。人生から退屈さが消え去る瞬間は、紛れもなく苦痛の蔓延する戦場にだけ存在している。でなけりゃ、神殺しなんてするわきゃねーって話だろ。


「つか、ケリィ・キセキって誰だよ。アホじゃねーの? 奇跡とかさ。テメェが特別って宣伝したい詐欺師でもなきゃそんな名前使わねぇよ。名乗ったろ? ぼくの名前はケリィ・ヨセフだよ。馬鹿言っちゃいけねぇや」ソウルの熱《目》は覚まさずに煽り、さっさと指輪を使わせる。「大体、ぼくは日記なんざ付けていないのさ。つか付けられない。知らないのかな。ぼくは読み書きなんて、出来ないんだぜ?」


「………………マジかよ」


 彼の発言に、それを元にして覗いたこの身体の記憶——大体わかった。

 手記に『キセキ』なんて舐めた名前、宗教でありながらも実態が政治統治な蒼教とかいう組織。蒼教は名前からして『青き卵』を意識しているし、らしい英雄像のために音やら何やらで意識を向ける手法。人が求める英雄に脚色されるこの感覚は覚えがある。


 タリエシン。ぼくの師にして愛すべき妻が青き卵なんて組織を作り上げる時に使った手法にそっくりじゃないか。時代が変わっているからやり方は違うんだろうが、大まかなやり口が同じだ。

 何をしようとしているのだろうか。


「ハハっ、失望した?」


「いえ、それ以前の発言で割と下がっていたので」


「失礼じゃない? ねぇ、サキハラ」


「いえ、何をしれっと呼びかけてきてるんですか」


 連れないなぁ、とぼやきながらも背後から来るソウルの斬撃を避ける。やはり確実に速度は上がっているが、生憎とぼくは視力だけを情報源とする生態をしていないので回避は容易だ。能力を加速だとすると、指輪は【運転】辺りか。だとしたらそれ以上でも以下でもない能力であり、シンプル故に強力でありながらもまた対処も楽な部類に入る。


 右脚は自壊してしまったので左脚を軸にするしかなく、ソウルの一撃を避けるに当たって半身動かす動きは明確な隙を生み、その隙を突いてサキハラが攻め込んでくる。下段右からの切り上げ。ぼくの背中側から来る刃であり、目視は出来たとて軸足の回転では防御に間に合わない。武術の基本は歩法というに、初めに脚を壊したのは辛い戦いを強いられる。興奮するなぁ。


 まあ、とは言ってもそれは裸での戦闘の場合。これは異能力バトルモノだ。取れる選択肢はまだある。

 刀身が迫る中、ぼくは逆に十五センチ程跳んだ。体が床から離れ、空中で見動きは取れない。強いられた不自由はしかしてぼくには当てはまらず、跳んだぼくの身体は横方向へと水平移動を行い刀身から距離を取った。


「気持ち悪いッ!」


 サキハラから非難の言葉が贈られるが、あえて賛美の言葉と受け取ろう。


「アメミヤが何か知らないが胸に秘めていた指輪は【移動】。物体を移動させる能力だ。まあ、アメミヤはこれを空気を操作する力と誤解したみたいで、その応用で火を操っていたみたいだけれど。面白いこと考えるね、君の弟子は」


「じゃあその面白い子に身体を返してくださいよ」


「どうやって?」


「知りませんよ。どうやって入ったんですか貴方は!?」


「知らないよ出せよ」


 それに折角温まってきたんだ、おいそれとやめるものかよ。

 更に加速したソウルの攻撃が三度迫る。成程、こうして距離を取りつつ八の字を描いた連撃をするからこその一撃の剣か。手数は能力で補い、威力を挙げる。発想は良いが、それでも加速に要する時間というものがある以上は濃度変化が必要になってくるだろうに。


「まあ」


 剣がぼくの脇腹を打つ直前、剣身を受け止めてソウルを引き留める。そして今度は壊れないように威力を調整した右脚を持ち上げて、膝で腹を打ち据える。


「成ってないよね。ただ速いだけにかまけて、技がさ」


 追撃はしない。別に彼を殺す気なんて更々ないのだから。

 素早く逃げ去っていく姿には虫を連想してしまったが、そんなことはどうでも良いのだ。


「全隊ーッ! 構え!」


 サキハラの追撃姿勢が此度はないな、と思えばここの領主の私兵隊だったか。手に筒を持った兵士がこの舞台を囲って筒の先端を向けている。銃と言ったか、この男の記憶にもあるがぼくの時代には存在しなかったものだ。


 見渡せば、二人は私兵隊の裏治療を受けている。サキハラ、ソウル共に舞台から降りたのか。いつの間に……いやさ、足の速いソウルの攻撃は目暗ましとして。サキハラを逃がし、自分は後で逃げられると。私兵隊は個々で見たら恐れるに足りないソウル以下の集まりだ。意識もしていなかったな、雑兵なんて。あるいは二人に釘付けだったといった方がロマンチックかな。

 まあ、いい。


「新しい武器か……やっぱ、人類の未来は私の考えが正しかったらしいね」


 戦場は人の本質を映し出す。前線を駆け抜けたぼくと本職を学者とする彼女では、やはり見方が違ったらしい。

 人は戦いを捨てられない。捨てられるはずもない。

 ぼくの『人の可能性は戦場に在る』という発言を、きっと彼女は誤解していたけれど、しかしまたその誤解も同時に真実であるのだから厄介だ。戦いは殺し合うのみをさす言葉ではないが、殺し合いとてまた戦場。あるいは如何なる状況であってもどのようなものであれ、互いの人生を賭けているのならば殺し合いと言えるか。


「放てィッ!」


 男の合図で、轟音と煙をまき散らして弾は発射された。

 雑兵を簡単に兵士変え、またこの威圧感を振りまいた攻撃……悪質だな。


「熱ちち」射出された弾丸を避けるだけの脚は残っていないものだから全て掴んでみたが、その温度に驚いてすぐに取り落としてしまう。「銃器か……いいね。矢はそこまで速くないが、小型化して鏃に相当する部分だけを射出しているから点の威力は残ったままになっている。その上で弾を高温に熱することで火矢と同じように素手では掴めない工夫が施されているのか」


「違ぇよバカ‼︎」「弾丸は速ぇし素手じゃ掴めねンだよボケ‼︎」


「成る程。だが、これが現在の戦い方というもの。戦争も大きく形を変えたのだろうね」


 銃器という武器の変革に、ふと溢した言葉に周囲を取り囲む私兵団含め全員がざわつく。


「何かおかしなことを言ったかな?」


 ぼくはぼく自身の発言におかしな点がある類いの人間ではないものだから、時代の流れのしからしむるところと判断して、質問する。「聴くは一時の恥、聴かぬは一生の恥」なんて言葉があるはあれはまるで嘘であり、真実の程は詰まるところ温故知新の心得に至るのみだ。


「やはり貴方は遥か古代の人間らしい」


「何と」


 私兵団を前に出した者だからまだこの場をどこからか見ているとは思っていたが、屋敷の奥から姿を現しながらも語ったこの屋敷の主人へ視線を向ける。勇敢なのか阿呆なのか、戦場のキーマンが前線に出るなどと戦士でないのならば為すべきではないが、あるいは自身の屋敷でなぜ姿を隠さなければならないのかと自身の帝王学に従ったのかもしれない。ぼく同様に。


「戦争など、最早この世には存在しない言葉です」


「それはおかしな話だな。人は今ここにあるように争いを捨てられない。組織が存在する限り、戦争もまた存在し続けるハズだ」


「その組織が無くなったのですよ、ケリィ様。国家という枠組みは蒼教によって破壊されたのです」


「だから何だ。その破壊した仕組みの中にも組織という枠組みは存在する。置換されて終わりだろう」


「そうならないよう教主様が取り計らわれたのです」


 国家・戦争の無い世界などと……帝国とて成し得なかった世界統一の後に何をするかと思えば、そのような。あの人は未だ赤子の夢を追いかけていると言うのか。


「そのような武器を作りながらも、よくほざける」


「秩序には暴力が伴うものです。過去現在未来、残念ながらこれだけは変わらない」


「だからこそ、人は成長しなければならないんだ。あの人は、今尚私の言葉を理解しないと言うのか」


 つまり、ぼくは生涯を賭けてあの人に可能性を見せられなかった訳だ。

 ぼくに肉体を与えたこと、恨むぞ。


「……もう、いい。私兵団を殺されたくなければ下げさせろ。ソウル、サキハラ——決着を」


 舞台を降りて庭を進み、中心辺りで脚を止める。途中に見えた焼き殺された遺体はこの肉体がやった所業であり、また結局のところで何かを訴える際に暴力が用いられた実例だ。


 おー怖、なんて軽く口にして私兵団を下がらせた男とソウルらが二、三言話しているが構わない。ぼくは本来、ここには無い筈の存在だ。何も残しはしないし、何かを考える必要も本来ない。

 女は不運だったのだ。ぼくの前で陽の香りなど漂わせているから。それに、あれに関してはぼくのやり残しでもあるのだから。セーフということで。


「殺しはしない。ただ、この亡霊に未来を見せてもらおう」


 話を終えた二人は先程とは顔付きを異にして庭へ脚を踏み入れ、ソウルは中段に、サキハラは腕をだらりと下ろして腰を落とし構えを取る。ぼくはやはり右脚の破損が大きく、こちらから積極的な攻め入れないので構えを取らない無形。


 初めに動いたのはソウルだった。相も変わらずの直線的な挙動であったが、先程よりも余程速い足取りで目で追えたとて回避が精一杯であった。ぼくの予測では、あの加速の能力は時間経過での段階的な速度上昇であったのだが、そう見せかけられた? いや、あるいは舞台を降りて尚も能力を使用し続けていたのか? 隣を歩くサキハラに速度を合わせることで隠しつつ。


 だが、自身の速度に振り回され横一文字斬りのみに終始するのだから、見えれば避けられる。逆を言えば先読みが出来ていなければ回避不能の速度にまで成り上がっているとも言える。


 違和感——それ程までに加速していて、自己認知はどうなっているのだろうか。サキハラと速度を合わせるなど、不可能な筈だ。


「成る程。私という存在に恐れを成したか、指輪よ」


 言わば、暴走状態。

 ぼくという過去の支配者に対して彼の中の指輪が恐怖を思い出し、夷狄として認識。本来以上の性能を引き出すに至ったと。


「良いじゃないかァ、興がノッてきた」


 続くサキハラからの切り上げを片手で受け止めながらも、視線は常にソウルに合わせる。サキハラは天性の肉体とセンスで戦っているが、生憎とその両者に関してはぼくの方が幾分か上振れている。警戒は異常を起こして盤面を引っ掻き回す指輪とジャックからジョーカーに移ろったソウルの方だ。


「嫌味ですね」


 棍棒を手放しながらもまるで見せつけるように軽やかな足取りで背後に回ると、徒手による攻撃を敢行。試合では危険であるがために使用禁止とされている肘による打突だが、こと実戦では優秀な人体破壊技となる。

 だが、戦術の通りにぼくは彼女と同じタイプの戦士であり、またありとあらゆる面で彼女に優っているのだ。


「君は良いんだ、もう。大体わかった」


 そのまま諦めを覚えず進み続ければ、彼女はどこまでも昇り調子で成長し続けるだろう。心慮る必要など、ありはしない。

 上体の捻りと同時に腕を持ち上げてサキハラの顎を打つ。顎を打たれたサキハラは脳を揺らされて気絶する。しかして視線は尚もソウルを追い続ける。加速を続けるソウルは、最早追っていなければ見失う。一度見失えば、再び見つけるのは困難を極めるだろう。


 サキハラの顎を打った拳でそのまま彼女の襟首を掴み、私兵団の方へと放る。あんなヘソ出しの破廉恥な服装の女子がいたらぼくも本気を出せないというものだ。まあ、破廉恥な衣装に仕立て直したのはぼくなのだから、口に出してサキハラが意識を取り戻しぐちぐち言い出しても面倒だ。口には出さない。


「さあ、互いにバリバリ全開なんだ——全身全霊で行こうじゃないのッ‼︎」


 両脚、全身の炸裂など構わない。この肉体の本来の持ち主には悪いが、悪運が強かったと思って諦めるがいいさ。ぼくを受け入れた方が悪いんだ。ぼくは悪くない。


 地を蹴り、同時に【移動】の力を用いて飛翔する。満月を背に、身体はぼく本来の威力を取り戻して成層圏まで一足に跳ぶ。


 落下。既にこの身体の限界を超えているのは目に見えている。崩壊は着実に。


 飛翔に際して、左脚は既に弾け飛んだらしい。残った右脚を地表に向けて、ぼくは一本の杭となる。地面に突き刺さり、刺し抉りる一本の杭。


 自由落下により加速する身体。速度対速度の決戦は、設置まで残すところを数メートルとしたところで爛々と光りを放つ金色の瞳に刺し貫かれて途切れた。


「俺の、勝ちだ」


 次に意識を取り戻した時にはぼくは、優しく抱かれて地面にゆっくりと降ろされていた。最後の瞬間、迎撃のために宙へと跳んだソウルの金色の瞳と腰元で輝く鈍色の光を浴びて……刹那、ぼくは地面に横たえられている。記憶がまるで繋がらない。


 予想は付く。加速の究極は何か——時さえも置き去りにした速度の到達点。


「ソウル……君は、力に名前を付けるタイプかな?」


 古い仲間を思い出しながらも、ぼくは夜空を背にするソウルに問う。

 彼は質問の意味を一瞬理解出来ずにぽかんと空白を作ったが、優しく微笑んで答えた。


「俺としては、付けませんでした。でも、ある人から貰いました。ファストドライブ、それが名前です」


「そうか。加速の果て……あれは、一歩間違えれば君を傷付ける。だが、その前段階で君は加速に意識を追いつけたんじゃないかな? その感覚は、忘れないように」


「はい。心に刻みます」


「それと、ぼくからは君の力にファーストを超えた進化を祝してクイックドライブの名を送ろう」


「拝命致します」


 腕の一本でも動くならば、彼の努力を労って頭のひとつも撫でてやったのだが、最早指先もまともに動かせない。完全に肉体が崩壊している。死は目前だ。


「もし、教主とやらに会うことがあれば『馬鹿死ね』と伝えてくれ」


「それは……約束しかねますね」


「はは……それもそっか」


 何故、彼は瞳に涙を浮かべているのだろうか。敵の死が目前だというのに。


「それじゃあ、またいつか。ここより北、果ての果てから君達の旅路に青空が広がっていることを願っているよ」


 最期に、伝えるだけは伝えた。

 意識は、凍える氷塊に引き戻される。

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