第四十一話/天才剣士
明けましておめでとうございます。
サキハラ・キショウ——あの手の人間の思考は単純だ。居場所を予測するのは簡単だし、寝ぐらを突き止めるのは朝飯前。熊の巣穴を見つけるよりも幾分も楽な仕事であり、熊の巣穴に突っ込んでいくよりも度胸のいらない仕事である。仕舞にゃあの性格だ、攻め落とすのは容易と見た。
東方聖堂を後にした僕とソウルは、早速サキハラ・キショウを自陣に付けるべく僕的予想による奴さんの隠れ家に向けて歩を進めていた。ソウルは半歩下がって僕を追いながらもその顔色はどこか暗く、色々と応えているのであろうことは想像に難くない。とは言え、僕の協力は家名のしがらみ故であるがソウルにはその責務は無く、それで尚も僕の後を着いてくるのであればそれはソウル自身の選択であり僕が口を差し挟む猶予は存在しないというもの。見るに堪えない光景の連続体である裏社会、世の影になど目を凝らしてもどうしようもないというに、真面目であることのなんと哀れなものよ。
無言のままに歩を進めていれば、街の喧騒のみが木霊する空気に耐えかねたのかソウルが口を開く。
「で、ヴァン。サキハラ・キショウを味方につけると一口に言ってもまずどこにいるのか、仲間になってくれる人なのか、あと……ヴァンはそれでもいいのか、そこのところはどうなのさ。確かにあの人は俺の目から見て群を抜いて強いよ、父に並ぶとも劣らない程に。でも、だからこそ、協力関係なんて結べるのかな? 強い人は、一人で何でもしようとするじゃないか……」
「英雄ケリィ・キセキに同じく? あるいはお前の父親のオルガナ・ステップに同じくか?」
「両方だよ、否定するようで言いたくなんかないけどね」
臨書に書かれたケリィ・キセキの最期は、世を焼き爛れさせようと目論む拝火連との全面戦争での出来事っである。「人は増え、栄え、自然の心を忘れ去った。故に悪心に吞まれやすく、またその内に悪心の火を灯す」と語り、人の歴史を焼くことで世界の救済を願った魔王ヴォーディとの決戦の末、世界から火を奪っても人の世の継続を夢見たケリィは自分諸共に北の果て【ミディアンの朝廟】の大門を閉ざし林檎の島に魔王と人の心に根差す悪心の火を封じたそうだ。その後を知るものはいないが、これにより人は悪性への進化の可能性を失い霊長として更なる飛躍が約束された――という話で、この話は臨書の中盤の終わり掛けでそこから蒼教による世界の合一化についての話になるのでどうでもいいし盛り上がりに欠けるのだけれども、要はケリィ・キセキは自身を生贄に人とその未来を守ったのである。妻と子供を残して。
力ある者が一人で物事を成そうとするのは、その力故に手の届く範囲が広く、その全てを守ろうとしての行いなのだろう。僕とて、より強い力があるのであればソウルに留まらずヴォルデ・ダ・アストライアをあの時処して殺しから解放されたアストライア達を安心の中で生活させてやれたろうに、と考えてしまうのだから人の生粋、根本からのものなのだろう。そう考えるとケリィ・キセキとてまた只人であったと思えて面白い。
だが、ソウルの言う通りに故にこそ力を持つ側の人間であるサキハラ・キショウが一人で最後まで走り抜けようとするのではないかという危惧はある。しかもあれだけ自身を天才天才と称しているのだからプライドもさることながら思考の根底にアメミヤとの関係間に起こった某かの失敗は自身の不徳の致すところであると自責の念があるとも知れない。ともすればより一層のこと意固地になって個人での解決を願うだろうが、だからこその切れるカードが二つある。
「敢えて言おうソウル。まずいける、とね」
自信はある。傍から見ていたテンケツとの掛け合いの中でもサキハラ・キショウという少女については多くの情報が含まれていた。人は戦闘の最中でこそその本性があらわになる者であり、追い詰めていようがいられようが仮面の剝がれた本性がまろび出る。咄嗟の判断、咄嗟の行動にこそ仮面は間に合わないのだ……サキハラ・キショウは幼いながらも戦闘の最中には静の気迫を漂わせる冷静さを持っており、相手を威嚇するために外部には怒りや殺気といった動の気配を被る知性を持つ。外面はフェイク、中身は未成熟ながらも広い視野を持った少女と見た。
隙はあるし、策謀なんか巡らせずとも正攻法で攻め落とせる。少女だからとかではなく、彼女の本性は正義の味方であろうから。
「……そう。まあ、ヴァンを信じるけれど、テンケツさんについて割り切れていいのなら行かない方がいいと思うよ。時間を空けるとか、なんかして」
何のことは無いといった雰囲気で言うソウルであるが、僕としてはムッとしながらも手持無沙汰な手を口元に持って行く。
「あいつのことは気にしなくていい。僕はアストライアだぜ? 死には慣れてる」
「ああ、そう。じゃあそうするけどさ、無理はしないでよ? さっきの話じゃないけど、君に何かあって困るのは俺もなんだから」
「……それも、そうだ。気を付けるとも」
依頼人に気を遣わせて心配されるだなんて、アストライアとしては二流三流に落ちぶれてしまったものだ。恥ずかしい。僕は常にして一流を目指しているというのに。
東方聖堂の鎮座する城址を抜けて、僕の足が進む先をソウルも何となく勘付いたらしい。歩調は合い、位置は僕の横にまで追い上げてきた。西方に進み水路に架かった橋桁に足を踏み入れずに右手に聳える巨大な塔。
「東都に名高き時計塔! 水の流れを利用して動かされる大時計は東都でなくては実現不能な大仕掛けにして開国の証明! 九段衆による大通り参勤後、鎖国を解いた東都に建てられた最初の巨大建築物!」
見上げてみれば四角い塔には四面全てに時計が埋め込まれており、東都の名産である水路に流れる水の力を利用して刻一刻と時を刻んでいる。蒼教への合流が最も遅かったことからも多くの文化が色濃く残る東都観光名所中で異色の木造ながらも西洋風なこの時計塔は近くで見ても面白くもなんともなく、橋の向こうや中途から見て楽しむのが通例であり道を歩きながらも見上げる以外に足を止めて見上げている者の数は極少ない。
東都内の東区域内であればどこからでも少しは目に出来るこの建築ならば街を見渡すにも困らず、おそらく初であろう東都内で変に人のいない場を探すよりは内部が時計を動かすための装置であり立ち入ることの出来ない見て楽しむためだけの観光地である時計塔は身を潜めるのに都合が良い。昼には設備の者が中にいたりいなかったりするが身を隠す場所は幾らでもあるし、夜には設備も警備も引き払い無人になるので誠都合が良い。一般人であれば入口に鍵を掛ければ立ち入れまいが、僕らであれば塔の壁面に点在する明り取り窓から侵入するは容易い。
「ここに?」
「ああ! 多分、おそらく……」
「たはは……まあ、取り敢えず、行こうか」
明言しない僕に苦笑を浮かべたソウルは足取りそのままに時計塔の管理者出入り口へと進んでいくものだから、僕はギョッとしてソウルの手を取る。
「何してんの⁉ え、な、何をしているの?」
「何って……いや、入れてもらおうと」
「……いけるのか!」
「いけるのだ」
焦りは杞憂であった。
そう、今の僕は東都を陰で飛び回る対襲撃犯のエージェントなのだから、警備の目など気にしてこそこそ動かなくても問題ないのではないか。すげぇ。司祭からの行動許可があるんだから、それもそうか。そうなのか。おお、感動だ。
「なれば、いざ行かん時計塔! 合法的に入ることないからドキドキするわ~」
「なんだかなぁ」
ソウルの背を押して先行させれば、当のソウルは困ったように微笑みながらも再び歩みを開始して、時計塔へと接近する。盛り上がったところで身分証明はソウルでなければ出来ないので僕は三歩後ろでニコニコしている他になく、ニコニコしていたらいつの間にか話が付いていて警備のおっちゃんが鍵を開けて内部へと招き入れてくれた。
時計塔内部は四方壁面に蟠を巻いて上昇する階段と中央にある種の美を感じさせる歯車や滑車装置など機械仕掛けの時計装置から成り、明かり取り窓から取り入れられた陽光は階段、機械、また作業用に張られた足場によって差し込んでは遮られ帯を作って差し込んでいる。見上げれば最上部の時計の元には作業用足場が見えており、足場に阻まれて自分がいる面の対角線上にある時計しか見ることは叶わない。
警備のおっさんに感謝を述べて、僕らは最上の時計裏に出るべく階段を登り始める。
「そういえばさ、サキハラ・キショウってテンケツさんの妹さんな訳でしょ?」
長い階段を登りしばらくすると、ソウルが口寂しくなったのか雑談を開始する。僕とて最初は昼間の明るい時計塔内を物珍しく見ていたのだが、長い階段の中を訳のわからない装置が絡み合う浪漫は一時は惹かれても長くは持たないもので飽き始めていたところだったのだからありがたい。
「そうだね。そうなるね」
「つまりテンケツさんがよろしくって言ってた相手な訳でしょ? 彼女が」
「うん」
「なんかとんでもないやらかしをして迷惑を掛けたらしい妹に対してさ、俺達に一体全体何をよろしく言わせようとしてたんだろうね。ある種喧嘩を売っていると受け取られてもおかしくないと思うのだけれど」
「それも……そうだな。何させようとしてたんだアイツ」
わはは、とひと笑いを巻き起こし、また静寂の中で階段を黙々と登っていく。横合いで動く仕掛けが水音や軋み音を鳴らす中をひたすらに、ただひたすらに進んで行けば遂に頂上である時計裏に辿り着いた。
そこにサキハラ・キショウの姿は見えないけれど、僕が目を凝らして人の痕跡を探してみれば床には下駄の跡やパンの食べカスが発見出来た。ここを拠点にしているのはまず間違いないだろう。
「サキハラさんの寝床は見つかったけど、どうするの? この後は」
そんなソウルの問いに僕は、
「ただ待つ。下手に探したって見つかりゃしないって」
と返した。
その後、ただ待つと言う時間が続く。時計の音、水の音、機械が作動する音が鳴り響き続ける時計塔内部はなかなかに騒々しく、居眠りをして帰りを待つという訳にもいかない。やることもなく、いつ帰ってくるとも知れないサキハラ・キショウを手持ち無沙汰の中で待っていれば、陽は段々と陰りいつしか夜の闇が訪れた。太陽光でのみ内部を照らす時計塔内は陽が落ちれば暗く、見通しが効かなくなる。職業柄夜目の効く僕はまあ暗いな程度で済むが、ソウルは大丈夫だろうか。
「何してるんですか、貴方達は」
心配を口に出さずにぼーっと時間を食い潰していれば、階段からカランコロンと下駄の音が微かに響き、剣呑な雰囲気を漂わせながらも頭を覗かせる者が声を掛けてきた。その鈴を転がす声は昨日聴いたばかりの声であり、その月光を反射して艶やかに照る烏の濡れ羽色の髪に幼さを残しながらも鋭さをも持ち合わせる顔はテンケツを切り伏せたサキハラ・キショウその人のものである。
「何、少し話があってね。待たせてもらったんだ」
「私はありませんよ。それとも、兄さんについてですか? なら、貴方達には関係のない話ですので聞きたくもありませんよ。天才の時間は有限なのです。無駄な時間を取らせないでください」
「少しだけでも、お話を聞いてください」
「イヤです」
言い切って、時計塔の階段を下がって行くサキハラ・キショウを追うことはせず、追おうと中腰になったソウルを手を伸ばして静止しながらも僕は語る。
「いやいや、あんたの兄については別にどうでもいいんだわ。話はあんたの弟子のアメミヤ・アマツユの方にある」
「ほぅ、と言いますと?」
テンケツについて、おそらくキショウは終わったこととして認識している。だから話を聞く必要はないし、深掘りも深入りも恨み言も罵詈雑言は聞くに耐えない。だが、アメミヤ・アマツユについては今尚トドメを刺せずに現在進行形の状態にあり、それ故に耳を傾ける意味が存在する。
ロジカルなのだ、この天才は。
「アメミヤ・アマツユが東方聖堂を襲っているのは知っているね?」
「ええ、知っていますよ」
「その理由は?」
「さあ、なんでしょうか。……鍛錬とか、ですかね? あるでしょう、自ら過酷な土地に身を置いて修行するってヤツ」
「……いや、違うな。あれは奴の横にいる女、オレガノ・ストロンガーの復讐に手を貸しているためだ。ストロンガー家は先代の司祭であるノーマンの手で殺されており、その生き残りが復讐を企んでいるって寸法なのよ」
「そうですか。もし合ったら頑張ってください、と伝えてください」
興味なさげながらもしっかりと聞いているようだ。視線が合わないのは伏兵を恐れてのもので、周囲を警戒しているだけ。
「既に三度、奴らは東方聖堂へ襲撃を仕掛けている。おかしいと思わないのか? あれだけの腕を持っていながらも、一度で襲撃を成功しないだなんて?」
「世の中、強者はいくらでもいますよ。天才たる私や、天才たる私の天才たる兄のように。彼は未完成のままに飛び出したのですから、いくらでも負け込むでしょう」
「そうなのかい。ま、良いんだ……単刀直入に言おう。我々は次の東方聖堂への襲撃に合わせて罠を張り、アメミヤ・アマツユを処刑します。サキハラ・キショウ、アンタにも手を貸して欲しい。正直な話、アメミヤとアンタが街中で暴れると被害が出て……困る。人が死ぬし、建物が壊れる。建物が壊れるとそこに住んでいた人は住む場所を失うだけじゃなくて、生活がぐちゃぐちゃになる。思い出だって、崩れる。あの日貰った誕生日プレゼントだとか、付き合って幾月での贈り物、子供から貰った拙い絵や爺さん婆さんが残した遺品……そういうものも無くなるんだ。もう帰ってこなくなるんだ。はっきり言おう。アンタは東都の住民にとって迷惑な存在で、もう既に多くの被害が出ていて多くの人々を絶望の淵に追いやった。だから、手伝ってくれ。せめて、お前の願いが叶う形で助力を乞うのだから街の中ではやり合わないでくれ」
「………………」
サキハラ・キショウは僕の読みではアウトローの類いではない。おそらく、秩序側の、それも高い地位にある奴だ。弟子を取ることからもそれが読み取れる。
であれば、脅しによる助力や利益の提示ではなく東都の一般市民達が被害を受けたという悪側面を強調して心に訴えかける方策の方が効果を期待出来るだろう。自分ファーストなタイプだとまるで効果はないが、大森林を燃やしたという文言を強調していた昨晩の言動からしてサキハラ・キショウは秩序側の、それも強者の——守り人タイプと推察したのだが、果たしてどうだ。
「……街への被害については、申し訳ありませんでした。謝罪します。ですが、罠を張る……などと。貴方は見ていたでしょう、昨晩の戦いを。ならば、アメミヤ・アマツユが妖物と契りを結び炎を自在に操る術を身につけているのも知っているはず。不可能では?」
「いいえ、いけます。俺達なら。俺もこいつも、同じ力を持っています。炎ではありませんが、あの力については知っています。これまでも、戦ってきました。水を操る者や自らを爆発させる者、引力と斥力を操る者など……多く、戦ってきました」
ソウルの言葉にサキハラ・キショウは興味を持ったようで、その視線がソウルへ向かう。階段も遅遅としながらも登り始めたようで、様々な音に混ざって下駄の音が聞こえてくる。
トドメは下心のある僕の言よりも、純粋な精神の発露を言葉にするソウルの方が適任だ。感じた心をそのままに言葉に出来る奴の言葉は僕のように一度頭で反芻して語る者に比べて直接的且つ直情的だが、故にこそ人の心を動かせる。言葉巧みな語りは人を操るが、心巧みな語りならば人は操るまでもなく動くのだ。
「これ以上、僕は被害を見たくありません。だから、手を貸してはくれませんか。俺達には、貴女の力が必要なんです」
「——この天才の力が、必要だと?」
「必要です。昨晩、その一端を目にしただけでも貴女の強さは理解出来ました。貴女の力は強大で、俺達だけでは防ぎ切れない被害だって、貴女がいれば防げるんです」
「天才たる私の天才的な剣技があれば、被害が?」
「防げます。だからお願いします、力を貸してください」
頭を下げて協力を願い出るソウルを見て、僕も隣で頭を下げる。勝利の確信などという感覚はあの日、ソウルと出会って以降味わいもしない辛勝の毎日に身をやつしてきたが、今だけは違う。
勝利者は僕らだと、確信がある。
「ならば! この希代の天才剣士であるサキハラ・キショウの力が必要というのであれば、存分に振るおうではないか! いや何、感謝は不要ですよ。街を滅茶苦茶にしてしまったのも事実だし、あれやこれやを巻き起こした発端は私の弟子な訳ですからね。責任の一端は私にありますとも。なれば、力は出し惜しみせずに絞り出そうじゃないか! この天才が力を貸し、君達経験者が罠を張るというのならば負ける道理はないというもの! 勝ちに行こうじゃないですか、いざ東方聖堂! まずは領主に会わせろ、街の被害の件を謝罪します」
計画通り。
上機嫌で協力を了承するサキハラ・キショウに隠れて、僕は口角が吊り上がってしまう。やはり落ちた、陥落した。そしてこの女がこちらのカードにあるのならば、アメミヤ・アマツユには万に一つの勝機もない。
脳内シュミレーターでは勝率百パー。負けなど無しの勝ち勝負。
アストライアの失敗を最後のアストライアとして片付けなくてはならない僕にとって、アメミヤ・アマツユなる要らぬやたら強いおまけは邪魔でしかなかったが、サキハラ・キショウに押し付けられるとなれば何と幸運なことだろうか。僕はオレガノ・ストロンガーの処理が楽になり、サキハラ・キショウにとってはアメミヤ・アマツユが向こうからやってくるのだからお互いに損益の発生しないwin-winの関係になる。
僕の悪辣な皮算用など露知らず、サキハラ・キショウは高笑いを続けるのであった。
今年もよろしくお願いします。




