第三十九話/刀折矢尽
下町街は長屋や宿場が立ち並ぶ住宅地である。観光には向かないし旅人も宿を取る以外には近寄らないけれど、しかして住宅地であるからこそ食事処は多く存在していた。
背後に街中を循環する水路を眺める河原に立ち並ぶ屋台は三十を超えるだろうか。長大な列を成して、またそれぞれの屋台に一人二人の客入りが見える。
酒が入っているのだろう。屋台の中の客達の声は大きく、通り一体の屋台がそんな調子なものだから、ガヤガヤと大通りに匹敵する程の騒がしさだ。賑やか、と表した方が聞こえがいいだろうか。
そんな屋台通りを横目に進み、外郭の方へと歩を進める。東都をぐるりと囲う堀に近付くにつれて下町街の人口は減り、同時に人通りも減って行く。屋台通りも途絶えて久しく、それでも進む僕の後をソウルは不安そうに、テンケツは平然と着いてくる。
「どこまで行くのさヴァン。なんだか、寂れてて怖いんだけど……」
「もうちょいもうちょい。つか見えてるよ?」
辺りを見回して警戒心と恐怖心を丁度半分ずつ保有した心でいるソウルの質問に、僕は少し先に見える明かりを指差して答える。
四方の五都は全体的に治安の良い街ではあるが、それでも少なからず治外法権じみた場所は存在してしまう。大抵は東西南北の大門から通じる大通りを逸れた北西、北東、南西、南東の端がそれに当たり、僕のような職業の奴は大体そこら辺にセーフハウスを構えている。アストライアもこの先にセーフハウスを保有しているが、確か今はヴルルンが食いっぱぐれて居座っていたハズなので使えはしない。あいつとソウルは、少し……いやかなり合わせたくない。アストライアをあれとは思われたくないのだ。
『ヴァにぃ。金、くれちゃ』
思い出されたヴルルンの口癖を短い深呼吸で掻き消して、切り替える。
「一番遅かった奴の奢りな!」
嫌な記憶を思い出してしまったこともあり、僕は一息で走り出しながらも後ろの二人に言い放つ。そんな僕の言葉を聞いて「はぁ⁉︎」と若干の怒気を孕んだ驚きの声を上げながらも走り出すソウルと、呆れたと言わんばかりの視線で僕の背中を刺し貫きながらも背を曲げて自重を前方に傾けて走る大森林特有の走法フォームにて駆け出すテンケツ。
一足先んじて動き出した僕が当然有利な形にはなるが、次第次第に歩速を上げるところからソウルが加速を使用したことがわかる。テンケツの側もこの中で最も身長が高いことを活かした一歩の歩幅差で追い越そうと仕掛けて来た。
言い出しっぺが負けるのは、流石にカッコ悪過ぎる。
負ける訳にはいかない。
「オオオォォォ——————ッ‼︎」
唸り声を上げて速度を落とすことなく走り続け、ソウルを背後に控えながらも何とか一位首位を守り抜いた。
やはり、ソウルの能力である加速の力——その弱点となるのは加速の過程にある。開始地点からこの屋台まで三百メートル程度であり、到達までに掛かった時間は一分にも満たない。加速度の上昇はほとんど見られず、速度としては身長差が二十センチ程のテンケツと同程度か少し早いくらいか。
加速に時間が掛かると見るべきか、時間経過で速度が変わるために対応に変化を求められる変則的な戦闘を求められると解釈すべきか……膚合、か。求められる技術は理解したし、不足分を継ぎ足す膚合という技術は必要不可欠だ。可及的速やかな履修が必須。
「……ふっ、ヴィクトリー。んじゃ、テンケツの奢りでよろしくゥ!」
「あくどいなぁ」
暖簾を潜り席に着く。
カウンターを挟んで向かい合う無精髭の男に対して親指と人差し指、中指を立てて薬指と小指を畳んだ形を取った左手を見せてサインを送れば、男は了解のサインを返して料理の準備を始める。
苦笑しながらも隣に腰掛けるソウルと、無言のままのテンケツ。奢りは冗談だったのだけれど、空気が悪くなってしまった。
「……ほい、蛙ラーメン三丁お待ち」
並んで座る僕ら三人の前に出されたこの屋台特製の蛙ラーメンは、麺を覆い隠す程に山盛りで盛られている焼豚を蛙の肉から作られていると噂されている。しかして真偽の程が定かでなくともこの焼豚の持つ柔らかく、そして鼻に抜ける炭火の香りは真実であり、焼豚の美味さなどそれ以上に必要としないのだから問題などないのだ。原材料などと気にしたところで食事の美味さを左右などしないのだから。
箸を割り、焼豚を掴んで口に運ぶ。麺が見えるまではこの工程を繰り返すことになるが、一枚単位が一口で収まるサイズに抑えられている蛙ラーメンの焼豚を食べるのは苦痛にならないのだ。
僕とテンケツが平気で箸を使えるので気が回らなかったが、そんな僕らを他所に箸を使えないソウルがいたらしく、気持ちの移ろいを焼豚に囚われていた僕を尻目に店主がソウルにフォークを渡した。僕はそこでようやくソウルが箸を扱えないのだと知り、箸というものが東都近辺のみで使われる食器であったと思い出す。そういえばそうだったな、と。
「ソウル……やるよ」
気を回せなかった罪悪感から、焼豚を二枚程ソウルのどんぶりに移す。
「え? 何で? ありがとう」
僕の気持ちも知らずに頭上にはてなを浮かべながらも焼豚を受け取ったソウルであったが、一度焼豚に口をつければその美味さに魅了されハフハフと熱さと葛藤しながらも一心不乱に食べ進め出した。こうも美味そうに食べられると、連れてきた甲斐があったと実感出来る。
「おーっす。やってる?」
そんなわちゃわちゃと賑やかにラーメンを食べ進めていると、更なる客がやってきた。軽く頭を動かして背後の客に視線を向けてみれば、どうやら二人組らしい。
暖簾を潜っているのはこちらに近い男で、三白眼に泣きぼくろが特徴的だ。腰には黒漆塗りの鞘に収められた紅革の柄の一刀を吊るしている。奥の人物は暖簾の外に立ったままで顔は見れないが、身体付きからして女であることは確かだろう。
蛙ラーメンを好む同士がいるものなのだな、と思いながらもラーメンに舌鼓を打つ作業に戻ろうと正面を向く刹那、テンケツの側で立ち上がる気配を感じて一気にそちらへと視線を向ける。見れば、今の今まで寡黙なままにラーメンを啜っていたテンケツが鞘に手を掛けてたった今この屋台の暖簾を潜った男に対して警戒の色を見せているではないか。
何事かと三白眼の男の方へと再度視線を向けると、男は信じられないという風に目を見開いたかと思えば一気に地面を蹴って後退した。
「どういうことだ?」
言いながらも遂に柄に手を添えて緩やかな足取りながらも暖簾の外へと出て行ったテンケツに問うが返事はなく、僕はどうにも自体を飲み込めないままに二人の動向を見逃さぬべく暖簾の外へと出る。流石のソウルも自体を飲み込めないままに飲み込んだらしく僕に少し遅れて暖簾から頭を出しながらも腰の鞘に手を添えていた。僕とて、袖口にナイフを取り出している。
双方の距離は三メートル程であり、対峙した二人の間に走った緊張は空気感染して辺り一面を包み込んだ。向こうの色男は背後の女性を守るように背中に隠しながらも鞘に手を掛けることで柄を軽く握り居合の構えを取っており、対するテンケツも同様に鞘に手を掛けいつでも抜刀可能な状態にある。
「説明しろ。どういう状況なんだ?」
状況に置いていかれたままの僕は、再びテンケツに対して問いを投げ掛ける。
状況理解が出来ない。相手の二人組は誰だ? なぜ敵対している? あまりにも情報が不足していて、予測すらもまともに出来ない。
「手出し無用だ、ヴァン・アストライア」
「どういう状況なのかって訊いてンだよ! アイツは誰なんだ!」
僕の怒鳴り声に臆することはなく、テンケツは地面を蹴り三白眼の男に急接近する。姿勢を低く構えて近付くテンケツに、三白眼の男は咄嗟に反応出来ずに一瞬、抜刀が遅れを見せた。
その一瞬の抜刀の遅れは決定的で且つ致命的な遅れとなり、接近したテンケツの抜刀によって生じた鞘走りの音は耳に聞き入れた者全ての動きを硬直させたのだ。三白眼の男の一瞬の遅れは引き延ばされて数瞬のものとなり、テンケツの刀撃は回避不能の一撃と変質する。
身体の自由を取り戻したとて三白眼の男には既にテンケツの妖刀が振るわれており、切り抜かれれば致命傷になり得るだろう。それ故に、三白眼の男は一か八か敢えて自ら前進することで初撃を受ける位置をずらした。妖刀を受け止めたのは右腰に吊られたホルスター、そこに仕舞われた拳銃だ。
一瞬の動揺も見せず、テンケツは左脚を踏み込み拳銃によって致命の一撃を防いだものの体勢を崩した三白眼の男の背後に回る。同時に手首を捻りながらも引かれた姿勢は突きの発生を意味しており、棟に添えられた左手がレールとなり突きの安定性を確かなものとしていた。
鉾と化した妖刀が射出される。
三白眼の男はこれを予見したのか左脚を軸に身体を百八十度回転し、回避を試みる。だが、それをも予想していたのかテンケツは手首の捻りを戻すことで勢いをなるべく殺さないままに方向転換を行い、弧を描いた剣筋は三白眼の男の右頬を切り裂いた。
頬の切り傷からは白い歯が覗いており、その傷の深さを物語っている。
「いい加減にしろよ! 状況を、共有しろ」
一撃を入れたために体勢を立て直すべく一度引く選択を取ったテンケツに対して、再三の質問を行う。
三白眼の男は頬の切開を気にする素振りを見せながらも手当てをせずに左腰の鞘に手を掛けて、柄を握ると一息に抜き出した。目の色が変わり、動揺は拭われ戦闘姿勢に入ったことを無言のままに示している。
「……ヴァン。宿に帰っているんだ」
「帰るものかよ。お前も大概いじっぱりだな、おい」
状況は睨み合いで膠着状態。
次に二人が接近すれば、どちらかが死ぬ迄斬り合うことになるだろう。
「本気なのか?」
「当たり前だろ。お前のエモノだろうが関係ない。殺すぞ」
「………………」
袖の内でナイフを入れ替えて対峙に最適な順に並びを変更する。有言実行、一筋縄で行ける相手でないのは今の短なやり取りで十分に見て取れたのだから慢心する余裕なく準備を行う。
「奴は、オレを焼いた奴だ」
短く一言告げられた言葉は、しかしてテンケツの因縁を語るには十二分な言葉であったろう。
ミヤマで別れ、南都にて全身火傷を負った姿で再会を果たしたテンケツ。その身体に火傷の痕を刻んだ者が眼前の男だというのならば、復讐戦の理由としては満ち足りている。
「やはりか……確証がなかったからまさかとは思っていたが、あの状況下で生き延びていたか! サキハラ・テンケツ!」
よもや、と驚きを含みながらも落ち着いた声色を保ち、中段の構えをテンケツに向け続ける三白眼の男。テンケツは下段に構え、防御と時間稼ぎを狙っている様子。
「サァキィハァラァ・テェンンケェツゥゥゥ?」
睨み合う二人と立ち尽くすしかない僕ら三人とは異なる声が、地の底から響くようないと恐ろしげな声を上げる者が河上からどんぶらこどんぶらこ、草履の音を響かせながら乱入してきたのであった。対峙する二人も今はその足音の方へと目を向けて、双方、共に驚きに目を丸く見開いている。
「げぇっ! 先生……夕飯食いに来ただけなのに、不幸だぁ」
「おや。その声、我が妹、キショウじゃないか。元気なようで何よりだ」
しかして反応はまちまちであり、三白眼の男は心底から嫌がる仕草を見せて足を後方へずらし、テンケツは彼にしては珍しい歌うようなテンションで構えを解く。妖刀を妹らしい乱入者から隠すためであろうが、いささか油断し過ぎな気もすると思いいつでも三白眼の男との間に割り込めるよう身構えていたのだが、三白眼の男の構えはテンケツではなくキショウの方を向いておりその心配は杞憂と言えた。
薄暗い水路沿いに揺らめく人影は、街灯に照らされて形を取る。
烏の濡れ羽色の美しい髪は肩口で切り揃えられており、その下に構える顔は鋭いながらも幼さを多く残している。外見上の年齢は十二、三程に見えるが、大森林に住む人間である。実年齢の予測など付きはしない。
背丈は一五五センチ前後。ぴたりと身体に合った直垂の腰には本差と金属製の棍棒が吊られており、どちらも理屈ではなく直感から妖刀の類いと伝えられる。それも間違いなくテンケツ手製の品で、ピリつく頸の感覚は若く恐怖を知らない熊と相対しているようだ。
「馬鹿弟子追いかけてここまで出て来てみれば……お久し振りじゃないですか、天才たる儂の天才たる兄さん。まさかこうして巡り会えるとは思いませんでしたよ——切り捨てます」
瞬間、息を呑む一瞬の内にテンケツとの距離を詰めたキショウは、抜刀自在、左手にて腰の刀を抜き取り逆風に切り上げた。通常、左腰に鞘を下げているキショウは右手で手を握り、居合をするとなればそれは逆風の切り上げとなる。それを左手で行い、また速度の乗った抜刀から威力の程も推し量れる。
変幻自在の抜刀。ただそれだけで自信過剰とも思える『天才』の自称はフカシではないと教えられる。
しかしその兄であるテンケツはこの初見殺しを知っていたらしく、右脚を引き身体を捻ることでこれを避けた。
「竜切召阿じゃないか……こんな刀を使っているのか。お前にはもっと相応しい刀があるだろうに」
「やかましいです兄さん。あなたがこの手の刀を大森林にばら撒いたからッ! 平和なあの地に争いが生まれたんですよ!」
掛け合いの最中、キショウの右手は左腰へと伸ばされて、あの金属製の棍棒に手が掛けられる。左手の刀が切り上げられるや否や、右手の棍棒が横一文字に振るわれた。
身体を捻ることで初撃を避けたテンケツにこの追撃を回避する術はなく、妖刀を構えることで真正面から攻撃を受け止める。ぶつかり合い甲高い金属音が鳴り響いた妖刀と棍棒であったが、更に続く左手の逆袈裟による追撃で状況は一気に不利に追い込まれた。二撃目の右薙を片手で受け止めたテンケツも、三撃目の逆袈裟も含めれば柄を両手で握り込んだ。
「大森林の平和などと……」
呟いたのは三白眼の男であった。
「貴方とてそれを壊した者の一人でしょうに! アメミヤ・アマツユ! この、馬鹿弟子がァ!」
テンケツとの鍔迫りを一息に力を込めることで押し返し、キショウは「ゲッ」と無駄な言葉を発さなければと後悔の見える声を漏らしながらも逃げ出そうと後退るアメミヤ・アマツユと言うらしい三白眼の男の方へと駆け寄り距離を詰めつつも左手の刀を中段に構え、突きを繰り出す。
神速とも言える突きと相対したアメミヤは、一瞬僕らの方へと視線を向けたかと思えば上体を大きくのけ反らせ、左手を腰のホルスターに持っていくとトリガーに指を掛け、ホルスターから抜き出さぬままにトリガーを引き絞った。
射出されたのは、弾丸に留まらず火炎の濁流。
正面を焼き尽くしたそれは突きの最中であったキショウには避けられぬ一撃のように思われたが、しかして炎が放たれるより早く横に跳んだキショウには届かず、三者の間には距離が生まれた。テンケツはアメミヤを狙い、アメミヤはテンケツとキショウから逃れたく、キショウはテンケツとアメミヤに対し明確な殺意を滲ませている。
「すごいな……」
隣に立つソウルの口から、そんな言葉が漏れ出た。
眼前で行われる応酬に圧倒される。この戦場にはそれだけの力が渦巻いており、引き摺り込まれそうになるだけの魅力と相反する狂気が同居している。
身の安全をより確かなものにするため、辺りの様子を見回す。いつの間にかアメミヤの連れはその身を掻き消しており、痕跡すらも残ってはいない。屋台の親父もどこぞへ消えており、空虚な屋台のみが残っていた。ソウルの前に手を出して軽く押すことで戦場から徐々に距離を取り、テンケツに目配せを送ればヤツは手を払い未だ宿に帰れと伝えてくる。
生憎と、この戦場を見届けることはソウルの成長にも繋がるだろうからそう易々と宿に帰る訳にはいかない。手を出さないし出したくなどないが、ソウルにしっかりとここで行われている応酬を観察して自らに取り込めれば。
「ほんと、もう! 何なんですか貴女達は!」
悲鳴とすら取れる泣き言をあげるアメミヤの左からはキショウが、右からはテンケツが切り掛かられている。明らかな能力使用による火炎を辺りにばら撒くことでどちらか片方を牽制し、実際的な近接戦闘をタイマンに抑えてはいるが、火炎はサキハラ家双方に種が割れているらしく近付けさせぬまでもダメージにはならず、近接戦闘ではキショウには遅れを取りテンケツを相手する際には妖刀を恐れて動きがぎこちなくなっている。
アメミヤ・アマツユの能力——その本質はわからないが、射撃を起源にして火炎が発生する現象は判明した。
現在の火炎射撃回数は三度。彼の利用している銃器は装弾数を六発……あの火炎射撃が弾丸に依存するものであるのならば、残すところ三発で最早火炎は出ないが、どちらに転ぶか。三発目以降の射撃が行われたのならば装弾数に依存しないし、ポーズとしての火炎射撃であり本来は銃器すら必要としない可能性まである。
果たしてどのような能力なのか、見せてもらおうか。
頑張れサキハラ兄妹。アメミヤの能力を解読するべく、行動を引き出すのだ。僕の糧となり、またソウルの糧にもなってしまえ。
左脇に抱える形で構えられたキショウの刀は急接近と共に切り上げられ、対するアメミヤはこれに刃を合わせて上から押さえ付けるも刃を切先の方面へと滑らせると同時に刀を返され、形勢を逆転されるや否やキショウは左手に握った棍棒を振り被り、そして振り下ろす。狙いは肩だろう。
これに対してアメミヤは苦々しい顔をしながらも銃口を向け、射撃する。またしても巻き上がった豪炎にキショウは回避を強要され、姿勢を低く右後方へと退くと同じタイミングでアメミヤも後方に跳び距離を取った。
しかして休む隙を与えられる訳もなく、跳び退いたアメミヤの側面には腰を落とし上体を捻り横薙に構えたテンケツの姿がある。引き絞られた腹はアメミヤの襲来を受けて弾性力を働かせて、テンケツの妖刀は横薙一閃に切り放たれた。
刀を横薙と自身の間に挟み、握りだけではなく肘を棟に当てて受けるアメミヤであったが、地に足着いていない状態でのガードは無理があり、衝撃により足を滑らせ地面に叩きつけられる形で倒れ込んだ。刀も無茶な使用で刃が大きく欠け、あと一撃と防ぐには至らないだろう。
そんなアメミヤにテンケツは上段に構え、刃を振り下ろす。咄嗟の判断でアメミヤは刀と銃器で受け止めたのだが、刀は鈍い破砕音を打ち鳴らして砕かれ、刃を用心金で受け止めた。
歯を食い縛り押し返そうともがくアメミヤだが、力の作用点の問題で耐えるのでいっぱいいっぱいの様子だ。およそ拘束されたと表しても過言ではないアメミヤの元に、炎を逃れたキショウが緩やかな足取りでやってくる。
慢心からの態度に見えるが、僕にはわかる。疲れが出ているのだ。あの火炎射撃を見てから回避するだけの速度、やはり相当のスタミナを消費するのだろう。取り繕ってはいるがそれが人体である以上、疲労から出る症状は隠しきれない。歩行に合わせてはいるが息は肩でしているし、足の着き方も変わっている。これ以上の回避は、出来て一度。それも、一度で限界を迎えその後に継戦は不可能だろう。
「ヴッ……アアアァァァッ」
唸り声を上げるアメミヤ。
テンケツの刀と鬩ぎ合っていた銃を敢えて引き、力を加えられていた刀と銃器の間に一瞬生じた隙間を利用して銃口をテンケツに向けると同時にトリガーを引いた。今回は火炎は吐き出されず、発射された弾丸は銃口を向けられた瞬間に狙いを付けられた頭部を動かしたテンケツの右耳を撃ち抜き、反射的に身を引いて血が流れ出る耳を手で押さえている。
拘束から脱したアメミヤは身を転がしつつ立ち上がる。二、三歩後退して距離を取ると銃口を二人に向け、最後に特大の爆炎を残して彼は逃げて行った。僕らは炎から逃れるべく蛙ラーメンの屋台の陰に飛び込んだためにアメミヤを追うことは出来なかったが、熱も引き、ひょっこり顔を覗かせてみれば直撃を受けたであろうサキハラ兄妹も無事である。
妹御は兄に対して凶刃を向けているが。
「追わないのか?」
「ええ、追いません。ここで逃そうと、どのみち彼は目的を達するまで東都を離れませんから。今は、兄さんの方が重要です……ふらふらと、またぞろどこかへ行かれては天才たる私とて、見つけるに苦労しますからね」
「熱は陽炎を生み、陽炎は歪みを生み、歪みは真実を隠すものだ」
「兄さんのまとまってない考えを口にする時のポエムは相変わらずですか。兄さんの天才たる妹である私だから伝わりますが、他の人じゃ伝わりませんよ。あの二人も、これまでわかったフリしてただけで内心では成る程わからんと諦められているんじゃないですか」
「そんなことは……ない」
「どうですかね」
キショウは妖刀を鞘に納め、左手に持っていた棍棒を両手で握り中段に構えた。対するテンケツは構える素振りも見せず、妖刀を握った手をだらりと下げたままに戦意すらも引っ込めて何をする気もないと口にするでもなく態度で示している。
ギチリと外から見てもわかる程に顔を歪ませて怒りを顕在化させるキショウさんの心の内は、明確に理解出来る。妹に手を出したくないという兄心を、侮辱と受け取って激昂しているのだ。
天才は天才でも、その天才性故にプライドが高く見えなくなるものもあるらしい。あるいは、親の心子知らずが如く兄の心を妹御は知り得ないのだろうか。
「……やるのか?」
「ええ、勿論ですよ」
答えを聴くと、嫌々といった態度を隠す気もなく曝け出しながらもテンケツは構えを取った。
「やあやあ、音にこそ聞け、近くば寄って目にも見よ。我こそは、サキハラの長女、キショウなり」
「我こそは、テンケツ。腕に覚えのある者、手合わせ願う」
名乗り合いを終えた刹那、キショウは両手で握った棍棒をテンケツに向けて放つ。金属であることを語る光沢は月明かりを反射し、また同じく月明かりを反射する水面からの光も返す棍棒は最早それそのものが発光しているようですらあった。
目を一瞬見開き、次いで睨みつけるような目線に変わるテンケツの視線は棍棒を見送るとキショウに向く。僕の見立てではまず間違いなくあの棍棒は妖刀と同様の技術で造られたものであるのだろうが、果たして如何な妖術が秘められているかは不明である。しかし、テンケツの反応からロクなものではないとわかるし、刀でない様からも同様の感想が浮かぶものだ。
「十二の盟約、十二の封、新たな朝日はここに昇る。
「このキショウの手を離れ飛翔せよ。
「それは今、ここに、お前達を喰い散らす。
「黄泉の洞を潜る時が来た!
「栄華なる光輝、流転する宝玉! 七色宝物よ!」
飛び去った棍棒はキショウの声を受けて中空にありながらも方向を転換し、それはあり得ない、百八十度の方向転換をすると勢いを早めてテンケツへ向かう。
これは妖刀に秘められた力なのか、あるいはキショウが保有する能力によるものなのかは今の情報では判断しかねるが、もしもこれが妖刀の力なのであればそれは最早妖刀の域を超えていると言わざるを得ない。理外の摂理で動いているし、相手の知覚を利用してすらもいない物理現象を引き起こすのは埒外な石櫃がもたらす能力と同等だ。
しかしこれを知ってか知らずか、テンケツは構えを緩めて僕の方へと視線を向けてくる。何事かと迫る棍棒とテンケツとを交互に視線を行き来させてみれば、彼は口を開きよく通る声で何事かを語り出した。
「見せようヴァン。あるいは、これからお前達を阻むかもしれない力の一端を」
ちらり、と——始まりに火花があった。
見る間に燃え上がった火花はいつしか炎の渦となり、棍棒が反射していた仄かな月の光は無粋な炎が発する光で掻き消される。辿る光を塗り潰された棍棒はそれでも尚足掻き、足を止めることをせずに炎の渦へと突貫した。
これは、テンケツの能力なのだろうか? だとしたのならばアメミヤの能力と被っている……そして、テンケツの口にした「これからお前達を阻むかもしれない力の一端」という発言。ただでも状況に置いて行かれているのだから、これ以上に情報を増やさないで欲しいと思う気持ちもあるが奴も善意からの好意なのだろうから批判し辛い。
炎が鎮まり始めれば渦の隙間から覗いた光景は、テンケツの手に棍棒が握られた姿。鈍く沈黙する棍棒に動く様子はなく、棍棒の奇襲は儚くも失敗に終わったのであった。
「担い手が対策を怠るとでも?」
「思ってもいないですね。天才ですから」
瞬間、渦の向こうから響いたのは苦悶の声であった。
炎の渦は声と共にふっと風を巻き起こしながらも立ち消えて、その内にあったテンケツの左目には瞼をも貫いてスローイングナイフが突き刺さっていたのだ。様子から見て妖刀の類い等ではまるでない、どこの鍛冶屋でも打てるような至ってシンプル且つ朴訥とした一品だ。何故にそんなナイフがあの妖棍棒すら打ち破った炎の渦を超えられたのか、あるいはだからこそ炎の渦を超えられたのか。真偽はわからぬまでも、終局が近いことを、足音は語っている。
カンッと地面を蹴る音がした。
キショウがあの火炎射撃を躱した時のような高速移動の術によってテンケツとの間に開いた距離を詰めたのだ。腰の刀、その柄に右手を添えて左手は鞘に。抜刀の構えのままに。
彼女の顔に浮かぶ雲がこの一歩が今回の戦闘に於いて出せる俊足、その終わりを告げる。見立ては間違いなく、最早あの脚は保たない。この一撃さえ凌ぐことが叶えば両者戦闘不能でこの場はなあなあに納められるだろう。無論、だからとて手出しはしないしソウルにもさせるつもりはない。兄妹喧嘩など、野良犬も口に含まないだろうさ。
急接近するキショウに、テンケツは左目に突き刺さったナイフを気にする素振りを見せながらも掴んだ棍棒を以てして応戦しようと抜刀からの切り上げを警戒し、構えた。しかし、それを見たキショウは柄から右手を離したかと思えば鞘を握った左手をそのままに腰の後ろへ通し、右手で受け取れば左手で柄を再度握り逆切り上げに抜刀した。およそ逆風に近しい角度の急な切り上げにテンケツは対応出来ず、その左側面の大部分を切られた後、少しでも距離を取ろうとしたのか足を後方へと運び川縁を踏み外し、深井水底へと消えていった。
刀を払い、納刀したキショウは一度こちらへと視線を送った後で足を擦りながらどこぞへと帰っていく。
それを見届けた僕らは安全を確認した後で川に近付いて冷える夜間であるにも関わらず水面に顔をつけてテンケツをさがしたが、光は水に吸い込まれ広がるものはただ揺らめく闇ばかり。テンケツを見つけるには至らなかった。
「ヴァン……」
同情するような声色でか細くも声をかけてくるソウルに、僕は笑顔を作りながらも応える。
「まあ、そういうこともままあるさ……殺しているんだ、殺されもする」




