第28話:ハズレなき希望
「あれ、なんか見覚えない?」
レアは警戒しながら近づき、冬虫夏草の先の部分にある半透明の卵を剣先で指した。
蘇らせた村人たちを後ろに下がらせたロストが、剣を抜きながらうなずく。
「ありますね。魔王が第二形態になるときも似たようなオブジェクトが出現していました」
魔王のはもっと禍々しく巨大だったが、共通点が多い。
それは、言うなれば悪魔の卵。
卵形の曇りガラスのような殻の表面には、よく見ると血管のような筋が浮かんでいて、たまに赤い液が流れている。
そしてその中には胎児のようなシルエットがうかがえ、足下には赤い液がわずかに溜まっていた。
「確かあの中が赤い液に満たされると第二形態に羽化するみたいな感じじゃなかった?」
「そうですね。魔王のときは、生け贄たちが殺されると一気に溜まって第二形態になっていました」
しかし今は、赤い液の分量にほぼ動きがない。
「変じゃない? 今回も、こんなに村人たちが生け贄になったんだから……って、なってなかったんだ!」
言っている途中で気がつき、レアはセルフツッコミをいれる。
それにロストが同意する。
「そうです。村人たちは冒険者になっているため、魂……たぶん、【リバイブ・ライフ】用のオブジェクトのことだと思いますが、それは未だここに浮いています。だから、悪魔は魂を食らうことができていません」
「ラッキーじゃん! 第二形態にならないし!」
「いえ。生け贄を使えば急速復活するだけで、悪魔はもともと時間をかけて復活することがあるという設定がストーリーで出てきていましたから、たぶん少しずつ溜まっていつかは復活するのではないかと……」
「なら、壊せばいいじゃない?」
「壊せないと思いますよ……」
「物は試しよ!」
ロストの制止も聞かず、レアはダッシュして巨大なハエの体に向かい、重そうな鎧を着ているにもかかわらず、かろやかにジャンプして背中に登る。
そして自らの愛剣【光断ちのクリスタリア】で、悪魔の卵を横薙ぎに斬ろうとする。
響きわたる金属音。
クリスタルの刃は、柔らかそうな殻に阻まれた。
しかし、おかしい。
柄を持つ手に衝撃が返ってきていない。
それに刃が殻に食いこむそぶりもない。
しかも細い茎のようなものにしか支えられていないのに、卵は微動だにしなかったのだ。
「これは……。ラキナ、念のために山落とし撃ちこんで!」
「は、はいですの。では、離れてくださいですの!」
レアが下に降りて離れると、ラキナが土属性魔術スキル【インバーテッド・マウンテン】を使用する。
レア度は【★5】で、発動までに30秒かかり、魔紋が6つも重なる強力な精霊魔術スキルだ。
発動後、上空に大きな影が生まれる。
それは直径100メートルはある、巨大な三角錐の山が逆さになって現れたものだった。
その逆さ山が、轟々と音を鳴らしながら落下してくる。
近くにいると巻きこまれそうになるが、実は範囲攻撃ではなく単体攻撃である。
山の頂点にすべての攻撃力が集中し、そこに向かって溶けるように崩れていく。
激震と轟音と強風が周囲を支配した。
ラキナがもっている中でも、最強の攻撃力をもつ精霊魔術スキルである。
しかし。
土埃がやんだあとに現れたのは、予想以上の光景だった。
恐ろしいことに冬虫夏草部分だけでなく、死体となったはずのハエの巨体までも傷ひとつつくことはなかったのだ。
呆れかえって、レアは大きくため息をつく。
「これ、やっぱり、悪魔全体がイベントのための破壊不能オブジェクト?」
「ですね。まあ、第二形態になる前に潰されたら意味がないですから」
ロストも同じようにため息をつく。
破壊不能オブジェクトは通称だが、要するにプレイヤーが関与できない物質を示す。
これは、わりと普通に存在するオブジェクトだ。
たとえば、王都内にあるムーブポイントなどは破壊されるとゲームシステム的に問題があるために破壊不能オブジェクトになっている。
「そ、それってつまり、このまま悪魔の卵はここで孵るまで存在し続けるということですか?」
背後から尋ねてきたフォルチュナに、ロストは「このままならば」とうなずく。
その表情は、どこか自嘲気味に見えた。
ロストも、まさかこんな形でゲームシステムが取り入れられるとは思っていなかっただろう。
(ただ逃げようと思えば、全員を蘇生させ、そして荷物をまとめてから、ゆっくり逃げる暇ぐらいはあるのよね……)
しかし、それではダメなのだ。
ロストが納得するわけがない。
なにしろ彼は、約束してしまっている。
「やっぱりこうなるんじゃないか……」
離れていてもらったはずのバニシャが、いつのまにかフォルチュナたちのそばにいた。
さらに、ジュレ、チュイル、ブロシャ、そしてクリシュとその両親までもが寄ってきている。
「村を守る……無理だったようだな、ロスト様よ」
「…………」
バニシャの揶揄するような言い方に、ロストは黙したままでいる。
「……いや、意地悪く言ってすまぬ。本当は、責めたりするつもりはないのだ。八大英雄でもない限り、悪魔には勝てぬのだから仕方ない。生きているなら、村を捨てればいいことだ」
ロストはまだ、バニシャの諦念を黙って聞いていた。
だが、きっと彼は考えている。
八大英雄なら勝てる、ロストには勝てない。
言い換えるなら、八大英雄がアタリで、ロストがハズレ。
ならばロストが、簡単にあきらめるわけがない。
レアはよく知っている。
こういう時こそ、彼は自分というハズレの中に希望を探そうとする。
そしてロストは、まだ口にはしないが、すでに何かを決心している。
とりあえず、このままでは仕方ないと、手があいている者たちは村人の蘇生を始めた。
ただ、蘇らせても混乱する者もいるかもしれない。
そういう時は、とりあえず寝かせて落ちつかすことにした。
殺されたときの恐怖がトラウマになっていれば、そう簡単に治せるものではない。
(どちらにしても、あの悪魔の卵があると恐怖は増幅しちゃうしね……)
全員を蘇生するのには、かなりの時間を要したが1時間以内には完了できた。
やはり十数人は、正気を失っているのではないかというほど苦しむ者もいた。
だが、それでもレアが思っていたよりは少なかったと言える。
もともと、チャシャ族は狩猟民族で、生活は命がけの戦いであった。
さらにその中でも、プニャイド村の者たちは、魔物のいる森に囲まれて暮らしている。
そのためなのか、死はわりと身近なものだったらしい。
これが安全な都市で暮らしているものであれば、こうはいかなかったかもしれない。
(蘇生……そうか。生きることが辛くなることもある……か)
レアは一箇所に集められた村人たちを見ていてそう思った。
彼らは正気を失うほどではないが、恐怖を心に抱いてしまっている。
火こそ魔術で消し止めたものの村は黒焦げだ。
衣食住すべてが炭となった。
明日からどうしていいのかわからないというのに、目の前には悪魔の卵がある。
口々に「早く逃げよう」「もうダメだ」「死んでいた方がましだった」と、何かを捨てる弱音を吐いている。
村を、勝負を、生を捨てる選択。
先ほどまで気楽に考えていたレアも、さすがにいろいろと考えてしまう。
「見捨てられるものを拾うのに必要なもの……。あんたの得意分野じゃないの?」
レアはロストの横に行き、柄にもないことを言ってみる。
否。レアはロストに柄にもないことをして欲しいと思っているのだ。
「わかっています。全員揃いましたし」
ずっと何かを考えていたロストが、微笑してから悪魔の方に向きなおる。
「もう少し演出は必要ですかね……。レアさん、その剣をちょっと貸してください」
「1分、10万ネイ」
「暴利!」
「冗談だけど。……あれやるんでしょ? あれやると3日は使えなくなるんだからね」
レアはロストが考えていることがすぐにわかった。
わざわざレアの剣を使うのだから、それしかない。
「すいません。僕の武器は地味なのです」
「しょうがないわね。でも破壊不能は? チートで抜けるの?」
「まあ、ここで使えるかはわかりませんが。今さらチートはなしもないでしょう?」
「それもそうね。ゲームじゃないんだし。ま、がんばんなさいよ、支配者様」
そう言ってレアは、ロストに鞘ごと剣を渡した。
受けとったロストは、そのまま悪魔の方に歩きだす。
これから似合わないことをやろうとしているその背中を見て、レアはクスッと笑ってしまう。
自分でやって欲しいと望みながらも、やはり似合わないものは似合わなかった。




