1-7 罰
次の朝。俺は昨日と同じくらいの時間に起床する。クライズさんはもういない。朝食は、昨日と同じ骨付き肉。骨から筋をこそぎながら、俺は階下に行く。
「おい、お前」と、受付の男性に声を掛けられた。愛想が悪くいつも顔を顰めているため年を喰って見えるが、恐らく三十代前半くらい、つまりクライズさんと同い年くらいだと思う。俺はそちらに歩いていく。
「お前宛に通知だ」
彼はそう言って、封筒を一枚渡してきた。俺はそれを受け取る。「あの、通知って何の――」
「通知っつったら、一つしかねえだろ」
男性はそれ以上は会話してくれなかった。気難しい顔をしながら金の枚数を数え始める。俺はひとまず部屋に戻り、封を切った。そこにはこうあった。
『執行通知
ハサハリウス・ホーキンス
以上一名の処刑執行を通知いたします。
処刑場所 西広場
この度は捜査・逮捕にご協力頂き、誠にありがとうございました。
市長 テンス・ファージャ・アオイ』
「…………?」
もう一度読み返す。
執行通知。
処刑執行。
捜査・逮捕。
市長。
これは一体何だろう――ホーキンスという者の名は聞いたことがない。市長は、名字が同じだし、ゼラ・アオイの親であるこの街の長、で間違いないだろうが――受付の人に訊こうと思ったが、多分、答えてくれそうにない。彼の口ぶりからして、分からない俺の方がおかしいらしい。
西広場。書面にはそう載っている。
期せずして今日は暇になったことだし、行ってみることにしよう。
○
――何だ。
広場には人だかり。
人の輪の中心には――赤い物体。
真っ赤で。
真っ赤で。
反対に、俺の顔から血の気が引いていくのが分かる。
血?
そうか血だ。
赤い物体は何も発さずそこにある。俺は人々を押し退けて中心に迫る。
その死体は――赤く。
鉄の臭いが鼻をつく。
よく見ると――頭が。
頭蓋が、割れている。
ばっくりと。
丁度、昨夜、ユイが割った樽のように――ユイがやった? いや、そんな訳がない。ならば誰が――
執行通知。
処刑執行。
そして市長の署名――
「おい、少年おはよう」ユイの店の、背の高い方の店員さん。彼も見に来ていたようだ。「あれ、一昨日お嬢にちょっかい出してた奴らの親玉だろ? 結構手広く、いろいろやってたらしいぜ」
一昨日?
そうだ、一昨日、ユイを助けて、いやユイに助けられて、その後、宿で――
俺の意識は。
○
「母さん、リドーク、起きた!」
そんな声が聞こえた。
眩しい――日差しか。俺は体を起こす。寝台の上。
「あら、おはようございます。何か食べますか?」
ユイの母親。そして先程の声はユイか。
「イットウ兄さん、リドーク起きたよ」
「おう。少年、オレに感謝しろ。オレが連れて来たんだからな」
背の高い方の店員さんの声。
「ぼくは仕込みをしてたから連れて来られなかっただけだ……」
背の低い方の店員さんの声。
「あー……ありがとうございます」感謝しろと言われたため、とりあえず感謝をし。「えっと、俺はどうしてここに?」
「気絶したんだって。処刑広場で」ユイは言って、眉を下げる。「仕方ないよ。あたしもね、遠くからしか見たことないし」
「お嬢は見なくていい」背の低い方の店員さんが俺に水を渡す。「ありがとうございます」俺は受け取り、少し飲んだ。「そうだ、広場で――」
「そう! あたしからもありがとうだった!」ユイは寄ってくる。「あの後、リドークが捕まえて、引き渡したんだよね? ありがとう、やっぱりリドークは、あたしを助けてくれた」
「ああ――うん、でも、あの人、処刑って、死んでた――」
「それがこの都市の規則です」
ユイの母親が言った。
「――規則」
「必罰です」彼女は言う。「悪は必ず裁かれる。姫は悪を許さない」
「姫――」
「姫は正しい。この都市じゃあ、彼女が絶対」背の低い方の店員さんが重ねて言う。
「姫は正しい。彼女に従うのが、市民の責務」背の高い方の店員さんが重ねて言う。
「もし逃がしたら、別の人が被害に遭うかも知れない。リドークは、あたしだけじゃなくて、その人たちも助けたんだよ」
ユイは屈んで、俺と目を合わせて笑顔で言う。
どうした。
どういうことだ。
途端に彼女たちの顔が、分からなくなる。
姫。
それは――
○
昼ご飯を今日は断って、宿に帰る。
宿の入口に――見知らぬ男性の姿。
体の線は細いが、背は俺より高い。まあ俺が小さいだけかも知れないけれど。
「ユーゴー・クライズ殿のお連れ様ですね?」
声は、存外高かった。いや、そんなことより。
ユーゴー――クライズ。クライズさんか。
「そうですけど」
「この度は、ご愁傷さまです」
彼は言って、頭を下げた。
――ご愁傷さま?
「それって、どういう――」
「ユーゴー・クライズ殿が、亡くなられました」
第一章 了