1-6 喜び
閉店後、クライズさんの指令でユイの元へ。
「あ、リドーク……」
「少しいい?」
俺は机を拭いていた彼女に声を掛ける。
「――うん」
台拭きを残して、俺たちは外に出る。月は今日も明るい。
「話したくなかったら、いいんだけど――」俺は切り出す。「昨日、俺を助けてくれたのって、ユイなのか?」
彼女が酔っ払いにカラまれていた時。助けに入った俺の剣は弾かれて――丁度よく、男の足元の床板が崩れ落ちた。偶然で片づけてしまえばそれまでだが、あれがなければ、俺は負けていた可能性が高い。俺に都合がよかった――つまり、俺に与する者が何かした、と考えられなくもない。だから最初はクライズさんが助けてくれたと思ったのだが、流石に席が遠かったし、後で判明した彼のスキル、《強制起臥》は関係ないだろう。
そこで、先程の過剰な反応と併せて――ユイが。彼女が、何かしたのではという考えに至った。
「あたしを助けてくれたのはリドークだよ」
彼女は夜空を見上げながら言う。星が瞬く。
「……そうか。悪い、変なこと訊いて」
答えたくないのだろうと判断し、俺は話を切り上げる。出会ってまだ一日。態度は親しげでも、まだそう全てを話せるような間柄ではない。自分のスキルのことなど、そう簡単に他人に言うものではないし、俺だって彼女にスキルのことを教えようとは思わない。俺は帰っていこうとする。
「待って!」
が、ユイに引き留められた。
俺は彼女に向き直る。彼女は店の裏に転がっていた、彼女の腰くらいまでの高さがある空っぽの樽を一つ持ってきた。何をするのかと見ていると、彼女はその樽を、自分の前に置いて手をかざす。
「その、嫌いにならないでね」
彼女はそう前置きした。
「? ならないよ」
俺が言うと、彼女は安心したように目を閉じる――
樽が。
象が、踏みつぶしでもしたのかというくらいに。
ぐしゃりと。
粉々になる。
彼女の腰くらいまでの高さがある空っぽの樽。それは既に、描写した通りだ。
それが目の前で砕け散った。俺は声を出せない。
俺はユイを見た。彼女は伏し目がちに、俺を見返した。
「昔、まだこのスキルの勝手が分からなかった頃。一番仲がよかった友だちの、一番大切にしていた人形を、壊してしまったの。このスキルでその友だちとは、もう何年も話してない」
彼女は話し始めた。
「あたしの破壊のスキルは、あたしの人間関係を破壊した。日常生活を破壊した。あたしはこのスキルが嫌い。こんなスキル要らない――」
「お、俺はいいスキルだと思うよ」
「え?」
「だって、昨日、俺が助けに入らなくても」俺は言う。「自分でどうにかできたってことだろ。修理代はかかるけど」
「うん……」彼女はくすりと笑った。
「今は、使いこなせるんだろ。だったら便利に使えばいいじゃん。そのスキルで創造できる人間関係も、創造できる日常生活も、あると思う。ユイが俺を助けてくれたことで、俺たちが、仲よくなったようにさ」
俺は続ける。
「その友達とも、今なら、新しく関係を築けるんじゃないか。俺も協力するから――」
「ありがとう」
「え?」
「あり……がと」彼女はぽろぽろと涙を流していた。「あれ……はは、何だろ、止まらないや。うん、ありがとう。ありがとう」
「えっと、どういたしまして――」
いつの間にか、背の高い方の店員さんと、背の低い方の店員さんが隣にいた。
「オレたち、サーターさんにそれは何度も頼まれたんだよな」
「お嬢に近寄る悪い虫やら獣は、ぼくたちが撃退しろってさ」
「――ああ、ユイ、また明日」
俺は言って、すぐにその場から逃げ出した。
『また明日』。それは自然に俺の口を突いた。
○
「それで、結局どうしてゼラさんがスキルホルダーなんだと?」
俺は宿に帰ってユイのことを報告し、続けてそう尋ねた。
「誓約書だよ」
「ああ――審査前に、書かされたっていう」
「そうだ。だがオレが受けた審査は、視力・聴力検査、木刀による模擬試合、徒競走。頭を使う審査がなかったのはよかったが、どれも特に、死者が出るほど過酷ではない。実際、今回死者が出たのは今挙げた審査中じゃあない」
ならば――いつ。
「姫との面接。最終審査って名目で順番に“深窓”の待つ部屋に一人ずつ入っていったんだ。そこで、被害者が出た」
彼は敢えて、そんな言葉を使う。
「面接を受けて生還した何人かに話を聞いたが、帳越しに姫と話すだけだったそうだ。それで人死にが出るなんておかしいだろ」
俺はその話から――今日の昼に聞いたことを思い出す。
「そうだ――審査の結果は、姫の気分次第だって、言ってました。受けたことある人が」
「気に喰わない奴を癇癪で殺めるお姫様ってコトか?」
「いや、そこまでは言ってなかったと思うすけど」俺は返しながら考える。まず受験者が亡くなったというのは確定情報ではないから、そこに立脚するのは危険だろうか。しかし誓約書の内容、そして中止となった審査。何か重大なことが起こったのは確実だ。それが姫のスキルと関係しているのかといえば――どちらとも言えない。
だが姫と一対一の状況になった時に何かがあったとなれば、それは姫が関与している可能性は高い。スキルではなくとも、である。
そもそもなぜ彼はスキルという結論に固執しているのか。姫が女性だからか――確かに俺やユイの二つ上と聞いたし、ずっと城内にこもっているというなら運動はそれほどできないのだろう。それでも相手に危害を加えられる手段こそ――スキル。
しかし実際に、一対一ではなかったかも知れない訳で。
「クライズさんは、どうしてスキルにこだわってるんですか? たとえば姫を傷つけようとした人が、隠れていた近衛に返り討ちにされたとか」
「これは審査だ」
彼は、前提に立ち返る。
「決めるのは受験者が合格か、不合格か。面接中に、たとえばお前の言うように姫を攻撃しようとした奴がいたとする。まず、そいつは不合格だ。殺されるかどうかは分からないが――まずそれが、組織的かどうか、計画的かどうか、それを調べるために審査を中断することになるだろう。だがそれは行われず、受験者の死は秘匿された」
中止の理由が明かされなかったことが、疑念の発端ということだ。
「こだわっていると言われると、まあそうだ。だが理由があってだな――命を奪うほど強大。隠蔽するほど絶大。忌み嫌われる規格外。
――《即死》スキル」
クライズさんは言った。
――小さい頃、故郷にて聞かされた、とある物語を思い出す。
自らに歯向かう者を、躊躇いなく次々に殺していく独裁者。彼は毒も刃物も、何も使わない。ただ願うだけで、人の命を奪う。
そんな馬鹿げたスキル、物語の中だけだと思っていたが――現実のものなのか。
「“震源”――“忠臣殺し”――“狂信”――一人くらい知らねえか? 存命の《即死》スキル持ちたちだ」
三人――姫を数えて、四人。
多い――あまりに多すぎる。
「でかいことをしでかした奴ら、今言った三人だが、は有名になってるが、他にも隠れた奴らがまだいるだろう。ここまで聞いて、何か意見は」
ここまで聞いて。俺は思い出す。
『城の敷地から一歩も出たことないんだって』。
ユイの言葉だ。敷地から一歩も出たことがない――出してもらえない。それは――スキルのせい?
そして墓。墓墓墓。
それは――スキルのせい?
「ないならいいが――審査の時、気をつけろよ。自分の命は自分で護れ」
クライズさんは立ち上がる。「ああ、明日も早起きだ」言って、彼は大きな欠伸をした。
「酒臭いっすね」
「人生の喜びさ」
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