7-5 瓦解
「リドーっ」
その日の午後、ユイが城にやって来た。一週間会っていなくて、彼女は俺の姿を認めるなり抱きついてくる。
「ハイーラさん、ども」俺は付き添いのハイーラさんに挨拶する。彼女は第二分隊の副隊長補佐だそうで、城に来る時は主に資料から情報を得ている。本隊の副隊長補佐であるコーネインさんは聞き込みが主で、今はこの場にいなかった。彼女は、「しばらくしたら迎えに来るからね、ユイッサ嬢」と言ってユイの頭をぽんと叩き、図書館のほうへ歩いていった。
「久し振りだね、その後どうなの?」
ユイは俺から離れるとそう尋ねた。
「あー、エノクのスキルは確定したっぽい。《吸血鬼即死》だって」
「《吸血鬼即死》?」ユイは首を傾げる。「吸血鬼ってホントにいるんだ。まあということは、人間には害のないスキルってことでしょ? ならお部屋に行こー」
「まあそれはいいけど。ユイのほうはどうだったんだ? 何か新しいこと分かった?」
俺は返す。しかしユイは、
「……ほら、先導してよ、部屋の場所分かんないから」
とあからさまに話を逸らした。何かを隠そうとしているのだろうか。無理に訊くほどでもないと思い直して、「うん」と俺は彼女の前を進む。
「はじめまして、エノクくん。あたしはユイッサって言います」
ユイはそう自己紹介する。対するエノクは、
「…………」
硬直していた。何だか顔を紅く染めて。
「?」ユイはそれに気づかず、少し間を詰めた。エノクは固まっているので、ただその距離が縮まる。
ふーん。
召使は女性だったし、アジュさんにも無反応だったことを考えると、年の近い女の子に免疫がないのだ。
「エノクくんはいくつですか?」
ユイは重ねて言葉を発する。エノクはバッとユイから視線を外し、「じゅ、十二……だ」と何とか声を出した。というか十二歳なんだ。
「すごいねここの景色!」ユイはもうエノクから離れ窓に駆け寄る。この部屋は四階にある、そうそう上がれる高さではない。興奮するのも無理はないが、景色に興味を奪われたエノクは何とも言えない表情をしていた。俺が見ていることに気がつくと、彼は枕を投げつけてきた。
俺はそれを避けようとする――が、突如、
ズガアアッ!
と大きい音が響く。そちらに気を取られ、俺の顔面に枕が直撃した。
ボガアアッ!
ドゴオオッ!
続けて大きい音が響く。爆発音? 一体何が起きている、
「リドーク、私はエノク様を連れていく」パッとハイーラさんが部屋の中、ユイの隣に現れた。彼女のスキルである。彼女は登場するなりすぐにエノクの腕を掴む。俺は立ち上がって、「コーネインさんと合流します。あと、ユイも頼みます」と応じた。
「分かった」彼女はエノクと共に一度消えた。彼女が一度に運べるのは一人までである。「リド……」ユイは俺を見た。「ほ、『保存』は? もうしてた?」
「ユイが来る前に。そこに戻って間に合うかどうかは、これから調べなきゃ」俺は下ろしていた剣を拾う。「じゃあユイ、ハイーラさんに避難させてもらって」
「うん……」
俺はすぐに部屋から飛び出した。
と思ったら兵士たちとかち合う。
「止まれ!」先頭の兵士が号令をかける。五人の兵士は皆鎧と剣で身を固め、顔は兜で見えない。《部分即死》でも相手にしているのかというくらいの装備だ。「貴様、エノク様はどこにいらっしゃる」そしてそう訊いてきた。騒ぎがあってエノクを助けに来たのか――いや。それにしては早すぎる。ハイーラさんのようなスキル持ちでもないようで予定通りにここまで来たという感じ。つまり――何かが仕組まれている。叛逆? 転覆? 俺には興味がないのだろうか。ならば俺が取るべき行動は、
「エノク様なら部屋の中で寝てますよ」
俺は言い残し、兵士のいない方の道を走り出す。少し走って後ろを見ると、俺を追ってくる者はいない。やはり標的はエノクのようである。部屋の中にはユイしかいないし彼女ももうハイーラさんが連れていっただろう。とにかくまずはコーネインさんを探す。
○
階段のところでコーネインさんと出会えた。彼のほうも俺と合流しようとしていたようでエノクの部屋を目指していたらしい。俺たちは身を隠せるところを考え、あの地下牢へ続く扉のある部屋を思い出す。見たところあの部屋はほとんど何にも使われていないようだったし、エノクが牢に入っていない今、あそこに行く用事はないだろう。俺たちはあの部屋に向かう。途中、俺たちは少し意見交換をする。
「反乱か、あるいは政変か。大広間に兵が押し入っているのを見ました」
「エノクのところまで来てたので、王族狙いなのは間違いないですかね」
「直前まで執事と話していましたがあの狼狽え振りは白だと感じました」
「爆発音に聞こえたんですが、遠距離武器があるということでしょうか」
そうして目的地に着いた。扉が閉まっている。コーネインさんが周りを警戒しながら扉を開け、先に俺が入る。真っ暗だ。外からの光で中を見通すが前来た時にあった燭台はないしその他の灯りとなりそうなものはない。「何もないですね」俺は視線を巡らせながら言う――
闇の中に、目が合った。
「ッ!」俺は剣を抜く。コーネインさんが「どうしました」と入室してくる――彼も、その姿を見たようで、剣をゆっくり抜いた。
しかし。
「す、すみません、あの、何かしていた訳ではなく、その、片づけをしていまして」
聞こえてきたのは、そんなか細い女性の声。
「…………」
「…………」
俺とコーネインさんは顔を見合わせる。警戒しながらコーネインさんは扉を開けて部屋の中を照らした。
俺たちの視線の先にいたのは――何のことはない、一人の召使であった。
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