7-2 共振
まずは身体を洗ってもらった。
率直に言えば、臭うのである。
来た道を六人で戻って、少年だけ別の部屋に行った。俺たちが広間で待っていると、質素な服から簡素な服に着替えた少年、エノクくん(様?)は召使を一人従えて俺たちのところに戻ってきた。
「さあ、ぼくの無実を――」
カイリィさんは彼がこちらへ来る前にあちらへツカツカと向かっていき、左手を取り上げ、その甲を舐めた。
月夜隊が《即死》スキルホルダーを探し当てる方法の一、舐診である。
「ッ!? ッ!?」
エノクくん(様)は慌てて手を振り解き、召使の後ろに隠れた。まあ当然の反応だ。というかなぜ許可も取らずに手を舐めるのだろう。俺も彼も有罪だったが勘違いだったら舐められた側は最悪だし舐める側も最悪だろう。いや、勘違いでなくとも、どちらも最悪か。
「結論を言います。貴方は《即死》スキルホルダーです」カイリィさんは言った。「舐診は隊で公式に認められている方法であり、診断を行えるものは現在は六人いる有資格者のみ。この結果は絶対です」
「は、話が違う……」
召使の後ろに依然隠れながら少年は言う。
「ですが問題もあります。それは貴方の《即死》スキルがまだ隊に登録されていないのです」
カイリィさんが続ける。
「貴方はあの地下牢に戻る必要はありません。しかし今後しばらくの間、隊の監視下に置きます。加えて」彼女は――俺を引っ張って彼の前に出した。「この人と一緒に行動してもらいます」
「え?」
「え?」
俺の声とエノクくん(様)の声が、重なる。
「明日からはそういう方向で。よいですね、執事殿」カイリィさんは執事の男にそう言った。執事は決して明るい顔ではなかったが、
「了解しました。陛下に伝えさせて頂きます」と言い残し去っていった。
「いや俺がよくないんすけど!」
俺は主張する。なぜ俺の意思をないものとして話を進めているんだこの人たちは。
「こういう役がしたかったのでは?」
カイリィさんは悪気など微塵もないというふうに首を傾げる。
いや、確かにこの役は俺にしかできない役だが、それは分かるのだがそれにしても急過ぎる。そもそも俺が適当にごまかしたのが悪いという意見もあるだろうが外部に記憶を保存できなければそうそう事態は動かない。どうにかなってきたみたいな言い方をした俺の問題かも知れないが。
「ふぁ、ファレノさん、わたしは――」
ユイがすっと声を上げると、
「貴女は、貴女のスキルを調べたいので本部行きです」カイリィさんはにっこりと笑顔で言った。本部行きって。「明日から日替わりで隊員を城に来させます。スキルが発動した時点でエノク様は本部に連れていくことになります」
それでは、とカイリィさんはユイの手を引いて帰っていった。俺とコーネインさんも続いて城を出る。
少年は俺たちが見えなくなるまでずっと隠れていた。
○
翌日。
俺はコーネインさんと朝から城へ向かう。
「いってらっしゃい……」
俺たちを見送るユイは浮かない顔だ。今日これから早速スキルの詳細を調べる実験があるのだという。俺は「いってきます」と返し本部を出発した。
「よろしくお願いします」
コーネインさんは執事に挨拶する。執事は、「くれぐれもお気をつけて」とだけ言ってあとはついてきてくれないようだ。俺たちは昨日の召使に先導されエノク少年のもとへ通された。
彼は部屋の寝台で寝そべっていた。
「ぼくが殺さなければ――ぼくの烙印が消える訳ではないんだろ」
彼は呟く。
「そうですね。まあ人を殺したとしても、貴方は貴重な資料ですからそれは丁重に扱わせて頂きます」
コーネインさんは応じた。ただ《部分即死》の例を知っている身としてはいまいちそうなのかと安堵することはできない。まあ《部分即死》の場合はスキルの発動条件や本人の素行などに基づく処遇という面が少なからずあるようだから彼のスキルが大人しいものだったら多少はマシだろう。いや《即死》スキルにマシなどないが。
というかユイは大丈夫なのだろうか――彼女のスキルは《即死》スキルではないとはいえ大人しいスキルでもない。《即死》スキルとそれ以外の違いがいまだによく分かっていないが、《即死》スキルでないならそれだけで待遇はよくなるものだと思う。というか思いたい。今日帰ったらちゃんと話を聞こう。
「で、オマエは誰なんだよ」
少年は俺に視線を遣ってそう言った。そういえば俺はこれから彼と行動を共にするのだ。名前すら分からない相手と一緒に過ごせというのは難しい話である。
「えっと、俺はリドークっていいます。よろしく、え、エノク様?」
「オマエ、年齢は」
「今年で十七です」
「呼び捨てでいい。敬語もなしだ。オジサンは敬語のままな」エノク様――エノクは、まず俺に言って、次にコーネインさんを指差し言った。コーネインさんはまだオジサンというほどの年齢でもない気がする――現に衝撃を受けたような顔をしている。
「じゃあ、よろしく、エノク」
「ふん」
こうして、詳細不明の《即死》スキルホルダー、エノク・インテグラルとの生活が始まった。
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