6-1 握手
この事エルサレムに住む凡ての人に知られて、その地所は国語にてアケルダマと称へらる、血の地所との義なり
使徒行伝 第一章一九
「あたしが――って、え? どういうこと?」
「月夜隊として、《即死》スキルの定義はどうなっているのですか」
ユイは困惑し、カイリィさんは冷静に尋ねる。
「『他者を対象としたスキルのうち、最小効果が生命に著しい存続の危機を与えるもの』です。たとえば《夜目》は他者を対象としないため《即死》スキルではない。《強制起臥》は最小効果が『覚醒状態の対象を睡眠状態に/睡眠状態の対象を覚醒状態にする』であり生命の危機はないに等しいため《即死》スキルではない、というように判断します。《同性即死》は最小効果が『会話した対象の身体を槍で貫く』であるため《即死》スキル。まあそもそも《即死》スキルは応用力がない、つまり最小効果と最大効果とが同値であることも特徴でしょう」アジュさんは一度言葉を切る。「《部分即死》の場合は、最小効果は『目視できる対象の肌部分を裂く』となります。これはこの効果が最大効果でもあるからですね。生命の危機は裂かれる部分で決まるのであり、効果自体に差異はありません」
「以上を踏まえて検討すると――」俺は口を開く。「ユイのスキルは人間を対象としない、つまり生命に著しい存続の危機を与え得ないから、《即死》スキルではない、と」
「動物はどうですか」副隊長はユイに訊く。
「えっと、使ったことはないけど、無理――だと思います」
「根拠は」
「あたしは、壊すものがどういう構造なのかを知らないとスキルを使えないんです。たとえば」ユイは部屋の隅にある、誰も座っていない椅子を指差す。「あれは木組ですよね。あれなら壊せますけど、人間とか動物は、どうなってるのかよく分からないので……」
「壊してみて頂けますか」
アジュさんは問う。
「えっと、どういうふうに」
「それはご自由に。粉々でも、真っ二つでも」
「じゃあ、はい」言葉と同時に、椅子は突然重いものでも乗ったようにぐしゃりと潰れた。丁度、俺が以前ユイに見せてもらった樽と同じ最期をその椅子は迎えた。
「生物が対象にならないんだったら、やっぱり《即死》スキルでは――」
「逆かも知れませんよ、それは」
俺の言葉に、アジュさんは返す。
「……というと?」
「生物も、無生物も対象であるという可能性があります」
生物も、ユイのスキルの対象。
人間も、あの樽や椅子のようにぐしゃりと潰される?
それはまるで。
「《即死》スキル――」
「あるいは、隊の用いる定義が誤っているのかも知れません。現在の《即死》スキルの定義は、第十代教皇のバランス三世が定められたものとされていますが、これはあくまで人為的な基準であり、神から賜わったスキルには神が決められた基準があるはずという意見は長らくあり――!」
「教会の抱える三大問題のひとつですね。【スキル問題】――全てのスキルは神サマから賜ったものとしているにもかかわらず《即死》スキルを弾圧するという自己矛盾」カイリィさんが久し振りに発言したと思ったら、口から出てきたのはそんな皮肉だった。そういえば、俺は隊長と副隊長に舐められ、《即死》スキルをこの身に受けたことがあると判断されたはずだが、あれはどう関係してくるのだろう。「《部分即死》が言ったことを裏づけるものは何かないのですか」
「《即死》スキルホルダーは基本的に個別に管理され、滅多なことがない限り殺すことはありません。それはホルダーの死後、その《即死》スキルがすぐ別の者に発現することが分かっているからです」
アジュさんは冷静になって返した。
「丁度《無作為即死》が好例、いえ悪例ですか。《部分即死》は凶悪な殺人鬼ですが、安易に処刑して、別の者に《部分即死》のスキルが渡り、新たな被害者を出すことは隊として避けなければならない。だから彼は逮捕後四十年も生かされ続けているのです。そして結論を言えば、私はそのような《即死》スキルの制約を知りません」
「彼が知ってるってことは、《即死》スキルホルダーと相対したことがある、ってことなんですかね」
俺は言った。
「そうなのでしょう。いや――確かに、隊にとって有益な情報でした。ありがとうございます」副隊長は俺に握手を求めてきた。俺はそれに応じ、「いえいえ。それではこの辺りで帰らせて頂きま――」
「次は、貴方のスキルについてお話を伺いたいのですが」
彼女は手にぐっと力を入れる。少しがんばった全く振り解けそうにない。というか誤魔化そうとしているのがバレて少し怒っている。俺は観念して――
「失礼します!」
その時。部屋に一人の隊員が慌てた様子で入ってくる。
それは確かコーネインとか呼ばれていた隊員だ。彼を見るのは二度目である。
「どうした」
副隊長が応じた。
「囚人番号四七四二番が脱走したとの報告がありました」
空気が、張り詰める。
その言葉も、二度目だった。
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