5-7 ひとつの真実
結論から言えば、俺の面会の要望は通った。
穏便に、である。
○
「隊としては、面会せず、スキルの詳細を話すというのが理想なのですが」
「それでいい訳ないでしょう。彼は――その《即死》スキルホルダーに、訊かなければならないことがあるのです」
カイリィさんは言った。どうも自身ありげだが、先程囁いた内容が、それほどの情報だったのか。
「屈しろというのですか?」
アジュさんは言う。
「我々月夜隊はいわば教会の代理です。隊の決定は神のご意志と知りなさい」
「まあ、神サマのご意志というのはそれでいいですが」カイリィさんは言葉を返した。「この後、あのホルダーはどうなるのですか」そしてそう尋ねる。
「予定通り移送します。予定外だったのは彼が逃走したことだけであり、特に大幅な変更は必要ないでしょう」
「つまり」カイリィさんは。「隊として、彼に訊くことはもうない、と」
「ええ」
アジュさんは返す。
「彼の逮捕は、四十年以上前。既にスキルについても、彼自身についても、調べ終えていますので」
「リドークの対面で、新しいことが分かるとしたら?」
――おお?
「彼にしか気づき得ない視点での質問を、しようとしているとすればどうでしょう」
これは――俺のスキルはもう明かす方向なのか? 勝手に話が進められているようだが。
「それは、その視点を我々に教えて下さればいいのでは」
アジュさんは言った。それはその通りである。
「どうせリドークのスキルを明かしたら、あなた方は彼を捕えるでしょうから、その前にやりたいことをやらせようという訳ですよ」
――んん?
カイリィさん?
「それに鎖に繋がれるとして、何かしらの手柄と共にであれば待遇も多少はマシになるでしょう。私はリドークを任されている立場ですので、このくらいの無理は聞き届けて頂きたいですね」
いやいや。
もっと無理言わせてほしいんですけど!? カイリィさん、俺が捕まる前提を全く崩そうとしなくない!?
俺はユイを見る。彼女は――拳を握り、親指だけを立てて上に向ける。
(いやいや! ユイもあせってくれよ! 俺、今にも逮捕されそうなんだけど)
俺が彼女に小声で耳打ちすると、
(落ち着いてリド。らしくないよ)
彼女はそう応じる。そんな、ユイはなぜこんなに冷静でいられるのだ、俺が一生月夜隊のために働かされるかも知れない危機的状況だというのに――
(ファレノさんはあたしたちにだけ通じるように話してるんだよ。《部分即死》から答えが得られたら、死に戻ればいい、って)
ん?
ああ。
おや――確かに。
《部分即死》に訊きたいことを訊いて、ユイと共有し、あとは死に戻れば俺たちの圧倒的有利。月夜隊に俺のスキルを明かした時の反応まで知ることができる。そういうことか、道理で譲歩しまくりだと思ったら。こちら側としては最低限《部分即死》と面会することが叶えばいいのだから無理な約束もし放題な訳である。というかもっと早く気がついてしかるべきだ、俺のスキルなのだから。
そういうことならば、現状全く焦る必要はない。許可が下り次第、悠々と《即死》スキルホルダーのところへ行けばいいのだ。
「あとは、あなた方がリドークのスキルを《再現》だと考えるなら、まあ好きなだけ見張りなり何なりつけていただいて構いません。確か《再現》の発動には特殊な条件があるでしょう」
悠々と、とはいかないようである。
「お気遣いありがとうございます。では――長居せず訊くことを訊いたらすぐに戻ってきて、我々に貴方のスキルのことを話す、ということでよいですね」
アジュさんは俺に尋ねた。
「あ、はい」
俺はとりあえず頷く。
「では私の付き添いの下、《部分即死》との面会希望を許諾します。肌を隠すためのものを用意しますのでお待ち下さい」
そう言って彼女は退室した。
俺たちは余計な話はせず、目配せでお互いがお互いの役を理解していることを確認し合う。
○
そして、現在。俺は《部分即死》と相対している。
髪や髭は伸び放題で、前髪の奥の目は布か何かで覆われていた。手には枷が嵌められ、更にその枷は固定され動かせないようになっている。椅子に座らされているが、脚はその椅子に縛られているようである。まあ――結構な扱いである。
一方の俺も椅子に座っている。手袋を始め手首や足首が露出しないよう帷子を着せられ、頭には兜ではなく正面に布を垂らす形の被りものを着けさせられる。ちなみに剣は没収された。椅子の後ろに立っているアジュさんは隊の鎧兜に身を包み、彼女は剣を腰に佩いている。
「囚人番号四七四二番。面会です」
彼女は言った。男は顔を少しこちらに上げる。
「誰だ……」
彼は掠れた声で言った。
「貴方に質問があるそうです」アジュさんはそれだけ言って、俺に先を促した。
「えっと、リドークといいます。貴方のスキルについて質問があるんですが」
さっさと終わらせろという圧を感じるので、俺は早速本題に移る――
「ちょっと待て」
男は発言した。
「これは何だ。俺の逃亡に関係あるのか。俺の刑期に関係あるのか。俺が質問に答えたら俺は利益を受けるのか。俺が質問に答えなかったら俺は不利益を被るのか」
そう続ける。
「逃亡には関係ありません。刑期には関係ありません。利益も不利益もありませんが――」アジュさんは。「今後、貴様の友人となるやも知れない者からの質問です。答えておやりなさい」
友人となるって言った?
俺がこの男と――つまり、俺も牢に入れられるということだ。
……まあ慌てる必要はない。死に戻ればいい。俺たちが有利である。
「お前、年齢は」
男が尋ねた。俺に? 俺か。
「今年で十七になります」
「質問はひとつだ。いいな」
男は言った。
「…………」
まあいいだろう。元から本当に訊きたいことはひとつだけである。本当はいくつか質問を織り交ぜながら、一応本命の質問を誤魔化すなどしたかったのだが、まあ俺の処遇はほとんど俺のスキルの内容で決まるだろうし。
「じゃあ、質問します。貴方のスキル、《部分即死》の対象外となる人間はいますか」
男はぴく、と変な反応をした。彼はしばらく黙っていたが、
口元を歪め、こう答える。
「《即死》スキルホルダー」
「え?」
「《即死》スキルは、他の《即死》スキルホルダーには通用しない」
――は?
第五章 了




