4-4 男嫌い
「話の筋は、理解できました。だけど」俺はカイリィさんの話を聞き終え、口を開く。「それでいいんですか。それが正しい判断なんですか」
「ネーフェは、スキルの濫用はしません」
「使っている時点で」俺は続ける。「嫌いだから殺した。という式が成り立ちます。そしてそれは、カイリィさんが、ゼラさんにやめてほしかったことじゃないんですか」
彼女は――何も言わない。
結局ネーフェさんのスキル、《同性即死》はネーフェさんが男嫌いな時点でゼラさんの《敵即死》と同等だ。条件が緩い分、ゼラさんのスキルより凶悪とすら言える。男性が嫌いということは、この世の人間の半分がほぼ無条件に対象なのである。
ゼラさんはかつて敵意を振り撒いていたが、今ではすっかり大人しくなった。それは必要だったことだ、オイラスの人々にとっても、彼女自身にとっても。――この街においては、ネーフェのスキルが仕方ないものとして受け入れられている。それは対策が容易だからだというが――それでいいのだろうか。
商売は対等な関係で行われる。しかしネーフェさんが《同性即死》という最強の手札を持っている時点で、対等とは到底言えない。対策ができるとは言っても、ネーフェと相手の男性だけの状況を作ってしまえば意味はなくなる。スキルの濫用をしないという話は、端から殺していったら商売相手がいなくなるのでまあ事実なのだろうが、昨日のように、国の代表で来ている者すらあっさりとその場の感情で殺してしまう。それは確実に恐怖の対象になるだろう。
「……ええ」カイリィさんは返す。「かつてネーフェに拾われ、育てられている間は、彼の行動に何の疑問も抱きませんでした。しかしオイラスに行き、姫と出会い、考えが変わったようです。私も、ネーフェに今までのようなスキルの使い方をやめてほしいと考えています」
「――カイリィさん」
「だからこそ」彼女は言った。「この件から、リドーク、貴方は手を引いてくれませんか」
「え?」
「ファレノさん?」
ユイも驚いた様子だ。突然の申し出。どういうことだ。
「貴方は男――ネーフェのスキルの対象です。貴方が行っては、スキルの餌食になってしまいます」
「それは、大丈夫だって言ったじゃないですか。俺のスキルは――」
「もう男を、ネーフェに関わらせたくないんです」
カイリィさんは言った。
「ネーフェには商売の仕事をやめて、ずっとこの家の中だけで過ごしてもらうことにします。彼の男嫌いを克服させるのは――困難ですから」
「諦める――ってことですか」
俺は言った。男性を克服するのではなく、無視して引きこもることを選ぶ、ということか。それでいいのだろうか。ゼラさんは、過去に打ち勝てた。それにはカイリィさんも協力してくれた。それなのに今回は、最初から諦めるというのか。
「ゼラさんは――」
「姫とはまた事情が異なります」彼女は言う。「ネーフェの憎しみは――底なしです。私も、何があったのか全てを聞いてはいません」
かなり親しげだったカイリィさんですら、聞かされていない、ネーフェさんの過去。それは線引きなのか。実の娘だというあの二人はどうなのだろうと思ったが、肉親にスキルを明かさない、何らかのスキルを持っていることすら匂わせない者が、そういろいろと話すだろうか。他の人にはどうだろう。
「だから、リドーク――」
「はい。手伝いますよ」
俺は答える。
「…………ん?」
「カイリィさんもまだ全部の事情を聞いてないんですよね? じゃあ聞いてみましょうよ」
彼女は。「いえ、ですから……」
「父親を喪ったユイは、ゼラさんの過去を知る権利があると、貴女は言いました」俺は言った。「それなら、ネーフェさんに拾われ、育てられ、そのスキルの使用現場に立ち会った、貴女は、知る権利があるはずです」
「それは――」
「この家の人たちは、皆女性ですよね」
俺は訊いた。カイリィさんは、「……はい。ネーフェを除けば、他は全員」
「それは、ネーフェさんが男性を嫌いだからこその行動じゃないんでしょうか。つまり、ネーフェさんの男嫌いの原因である過去があったからこそ、現在のカイリィさんや、セイさんたちがいるんじゃないですか。その過去は、現在に直結するものじゃないですか」
「そうかも、知れませんが」
「じゃあ早速、ってまだ昼前か。流石にネーフェさんのところに行く前には『保存』しておきたいから、少しやることない時間ですね」俺は言う。「あ、スーシャさんとかにも訊いてみればいいんじゃない? 何か話聞いてないか」ユイがそう返した。「なるほど」
「あ、あの、やっぱり」
「行きましょう。カイリィさん」「ファレノさん」
「…………」
彼女はようやく椅子から立ち上がる。「スーシャでなければ駄目ですか? 彼女は私より後にこの家に来たのですが」
「カイリィさんは最近いなかったって話じゃないですか」
「……そうですね」彼女は嫌そうに答えた。
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