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2-8 旅の始まり


 馬車に揺られ、街の入口まで向かう。荷物を(あらた)めるため一旦降りるよう指示された。この都市に初めて来た際にも同じような手順を踏んだことを思い出す。

 と。



「あ! やっと来た!」



 門のところに、ユイがしゃがんでいた。

「え?」

「あたしもついてこうと思って」

 ユイは背負っていた荷物をこちらに見せる。検査済の印がついていた。

「でも……店は。お母さんは。あとあの二人は」

「大丈夫だよ、ちゃんと許可もらってきたから」

「嘘吐いてまで行きたいってコトか?」

 そんな声が、俺たちの会話に割って入る。

 ――イットウさんである。

「ひぇっ」ユイは変な鳴き声を発する。そして取り繕うように、「おはよう兄さん、今日は清々しい天気だね」と返す。というか――『嘘吐いてまで』。許可をもらってきたというのは、嘘だったか。

 イットウさんは大股で歩いてくる。カイリィさんは書類に何やら書き込んでいて、こちらを気にしていない。「お嬢」

「て、手紙は読んだ? あたし読み書きがんばってるし」

「お嬢」

「さ、最近買い出しとか配達とかで体力ついてるし」


「ユイッサ!」


 イットウさんは大きな声を出す。ユイはビクッと身を強張らせた。「……はい」と言って、次の怒号を待つ――

「お嬢は、何かとんでもなく悪いことでもしに行くつもりなのか?」

 彼は存外、落ち着いた声で続けた。

「……え?」

「世界でも滅ぼしに行くのか?」

「いや、そんなこと」ユイは少し笑う。

「これが、お嬢のやりたいコトなんだろ」

 彼は終始冷静にユイに伝える。

「でも――母さんがどう思うか。兄さんたちも――」

「置き手紙だけで済ませようとした癖によく言うぜ」その言葉に、ユイはうっと呻く。「言っとくけどな。面と向かって言われたとして、行くなとは誰も言わないと思うぜ」

「でも――」

「行きたくないのか?」

「いや、そーいう訳じゃ」

「行きたいんだろ?」

 ユイは。「…………うん」

「同行者は、まあこいつと、姫の側仕えだ。こいつのことはまあ少しはまあ、見直してなくもまあないし」イットウさんは俺の左耳を引っ張る。まあが多い。とはいえ、信頼を得られていることは分かった。「だから行くなら、大手を振って行ってこい」


 ユイは、イットウさんにぎゅっと抱きつく。


「ごめんなさい――ありがとう」彼女は 心の底からの言葉を紡ぐ。「――いってきます」

「おう」イットウさんは。「ああ、健康には気をつけろよ。好き嫌いせず、新しい味にも挑戦すること。舌の豊かさは幸福度に直結するってのはサーターさんの教えだが――あとは夜更かしせず毎日決まった時間に寝起きすること。それから――」

「追伸が長い」そこに、ニハリーさんとユイのお母さんが現れる。

「ニハリー兄さん――母さん」

 ユイはイットウさんから離れ――母親に抱きついた。

「いってらっしゃい、ユイッサ」彼女は娘に声を掛ける。「貴女が選んだ道が、貴方にとって最善なんだから」

「いってきます。母さん」

 そしてニハリーさんにも抱きついて、「いってきます」とユイは言う。

「うん。ああ、知らない人に気安く話しかけたりついていったりしないように。他の人とはぐれたら落ち着いて――」

「追伸が長え」イットウさんはぶつ切り。「じゃあうちのお嬢をよろしくお願いします」と、戻ってきたカイリィさんに言う。カイリィさんは、「ええ。任されました」と返す。あまり何も思っていないようである。まあ彼女にとってはこれから里帰りするのだ。一人増えたところで構わないのだろう。

「よろしく、ファレノさん!」

 ユイが言う。というか、名前呼びだった。あれ? 俺が知らない間に仲よくなってる?

「では二人共、乗って下さい」

 カイリィさんは俺に荷物を返し、俺たちにそう指示した。ユイは素早く荷台に乗り込む。俺が後についていこうとすると、

「リドーク」イットウさんが。「……頼んだぞ」

「……うす」

「あと、お嬢に手ェ出したらどうなるか分かってるな? それから常にお嬢に気を遣い、心を砕いて――」

「いってきまーす」俺は慌てて馬車に乗る。やっぱりあんまり信頼されてねえ。

「さて、いいでしょうか」カイリィさんは馭者席に座り、手綱を握る。「では――」



「ファレノ!」



 俺とクライズさんは簡素に別れ。

 ユイとその家族は感動的に別れ。

 カイリィさんは――ゼラさんと。


「姫!?」


 俺たちは振り向く。城までまっすぐ続く道。そこに彼女は立っていた。

 カイリィさんは慌ててがちゃがちゃと手綱や金具を置く。「そ、そんなに急がなくても――」とユイが口を出すと。

「姫は、伊達にこれまで箱入だった訳ではありません!」

 ……というと?


「城からここまで来る体力がある訳ないでしょう!」


 彼女がそう言った瞬間。

 ゼラさんは力尽きたように、その場に(くずお)れる。

 その体は――すぐ後ろにいた二人の女性に支えられた。

 カイリィさんは、ぴたりと動きを止める。

 よく見れば――姫の後ろに、男性も女性も、老人から子供まで、ぞろぞろとついてきている。ふらふらでここまで来た彼女を心配したのだろうか。カイリィさんはすぐに姫の元に向かった。

 ゼラさんは、ぜえぜえと肩で息をしながら、「ふぁ、ファレノ」と彼女の側仕えの名を呼ぶ。

「はい。ここに」彼女は返事をした。


「わたし――勘違いしていたみたい」


「?」カイリィさんは首を傾げた。

「九年前のあの件があって。わたしはてっきり、この(まち)の人たちに嫌われていると思っていた」彼女は。「でも……こんなにたくさんの人が、ついてきてくれて。今、こうしてわたしを支えてくれている人もいる」

「当然ですよ、姫」片方の女性が言う。

「ファレノ、貴女と初めて会った時のことを思い出した」ゼラさんは続ける。「貴女は――幸福が飛んできたように、これまでのわたしの人生を支えてくれた」

「……姫」

「貴女に最初に言った言葉を、訂正させて頂戴」

 ゼラさんは、息を整えて体を起こす。カイリィさんは畏まって、跪いた。



「わたしは、貴女の愛を信じます」



 カイリィさんは。

「だから貴女を信じるように、街の人々のことも信じていきたい。貴女が、そして皆が、そうしてくれてきたように」

 ゼラさんを――抱き締める。

「行って参ります。姫」

「ええ。気をつけて」

 彼女は信頼する側仕えに抱き締められ、笑顔を見せる――俺と目が合った。

「り、り、リドーク!」姫は俺をびしっと指差す。「ファレノに任せたのはあくまで同行ですからね! 貴方が指揮を執り、ファレノにいたずらに用事を押しつけることがないように!」

 ……俺、やっぱり他人(ひと)に信頼してもらえない人間かも知れない。



「では、行きましょう」

 カイリィさんが言う。馬が少し啼いて歩き出した。

 俺は街の人々へ手を振りながら、これからのことを考える。まずは隣国の港町、セイドンに行くことになった訳だが――カイリィさんはまだ何も教えてくれない。そこにどんな《即死》スキルホルダーがいるのか。どんな人々がいるのか。そして他の《即死》スキルホルダーと、それに関わる人々はどんな人たちだろうか。まだ旅は始まったばかりで、これからのことはこれからに任せればいいかと、気負い過ぎず、前を向くことにする。


第二章 了

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