2-7 新しい目的
「ん? リド、なんでこんなところに。お嬢さんも」
城から出ると、わざわざ日の出前に集合したにも関わらず、審査中止を伝えられた人々の中に、クライズさんを見つけた。彼は俺たちに近づいてきてそう言う。
「「最ッ低」」
俺たちは返した。
「……え? なんで?」
○
今回《敵即死》スキルによる被害が大きかったのは、クライズさんの酒の臭いだと発覚した。
九年前、ゼラさんを襲った暴漢。その男は泥酔していたらしい。当時の恐怖心が、クライズさんの酒気が引鉄となり呼び起されたようだ。厳重注意である。
「そ、それで、最後に貴方に伝えたいことがあるのですけれど」
処刑と審査の中止が決定し、過去の決算が終わった頃、こほん、と咳払いをしてゼラさんは言う。銀髪が揺れ、朝日に煌めいた。
「……」
「……」
「…………」
「…………あの」
「い、今言うところでした!」彼女は大声を出し。「ええと。貴方は――審査に合格とします」
「え?」
合格――この問答で?
「い、言っておきますが実際の審査においてわたしが見る基準に貴方が合致していると考えたゆえの決定であり体術面については追い追い審査すればいい訳でそもそもわたしはさほど重要視していなく兵士となってから鍛錬しても遅くない――」
「『人を好きか嫌いかで判断』していると言ったでしょう。良くも、悪くも」
カイリィさんが溜息交じりに口を挟む。
「ファレノ! 余計なことを言わないで頂戴」
ゼラさんは怒って言った。意地でも正当性を貫きたいらしい。まあ、合格をもらい兵士になるために来たのだし悪い話ではない。
しかし。
「すみません、ゼラさん」
俺は頭を下げる。
「――え?」
○
「本当によかったの? リドーク」
開店前のユイの店を、クライズさんと共に訪れる。俺はそこでクライズさんに事の顛末を説明した。イットウさんとニハリーさんも一緒に聞いている。俺が合格を蹴った下りで、ユイが尋ねた。
「うん。この都市に来た目的は、合格することだったけど――今は、目的が変わったから」
「へー」クライズさんは相槌を打つ。「で? 何するつもりなんだ」
「俺のこれからの目的、それは――」
○
「他にも、《即死》スキル持ちはいるんですか?」
俺は日が昇るのを待ってる間、カイリィさんに訊く。
「いますよ。有名なところだと、“震源”――“狂信”――“忠臣殺し”――“針筵”、は死んだのでしたね。このくらいでしょうか」
「その人たちは、ゼラさんと同じように。また他の人たちは、この都市の市民と同じように、《即死》スキルに苦しめられているんじゃないでしょうか」
「…………」カイリィさんは腕を組む。「今挙げた者たちは、既にスキルを使用しています。それでも逮捕されていないのは、姫のように権威に護られているか、もしくはスキルに護られているかですね」
スキルに護られているというのは――俺がかつて聞かされた物語と同じだ。恐怖で支配する独裁体制。そこには、苦しむ民がいる。
「前者については、ホルダー自身を護ること。後者については、苦しめられている人々を護ること。それは、俺だからできる、俺にしかできないことじゃないでしょうか」
俺が死んでも生き返る、死に戻りのスキルを持っている以上、俺はそうすべきだ。
この都市の警備は、俺でなくともできる。しかし俺が新しく思いついたことは――俺にしかできない。
やる意味があるのかと問われれば、ある。意味以前に、知ってしまった以上見て見ぬ振りはできない。
そして、ゼラさんの言葉に対し、俺は言う。
「という訳で、合格とのことでしたが、丁重に辞退させて頂きます」
○
翌日。俺は朝から宿にて荷物をまとめる。
「じゃあ、いろいろありがとうございました」俺はクライズさんに挨拶する。
「おう。ところで、まずはどこに行くつもりなんだ?」
「まずは、首都に向かおうと思います」首都ソルザム。この都市の北東に位置している。
大きい都市で情報収集をしてから、それぞれのスキルホルダーを巡っていく予定だ。
「ふーん。まあがんばれよ、俺の方はこれから兵舎暮らしだ」
そうだ――クライズさんは、禁酒と、姫への接近禁止を条件に審査に合格した。今のところは禁酒など簡単と豪語しているが、さてどうだろう。俺たちはそれぞれ荷物をまとめて、宿を出る。
「おや。ようやく出発ですか」
宿の扉を開けると、そこには――カイリィさんと、鹿毛の馬が一頭。
それも幌のついた荷台を引いている――幌馬車?
単に見送りに来た訳ではないのかと考えていると、
「リドーク、早く乗って下さい」
と言ってきた。
俺は首を傾げる。
「姫から、貴方に同行するよう仰せつかりました」彼女は言って、荷台を顎で示す。「どうぞ」
どうぞと言われても――同行するというか、馬車を貸してくれるというなら、ありがたい話ではある。
「ありがとうございます。まずは首都に――」
「まずはセイドンに向かいます」
…………。
セイドン?
「隣国の港町だな。首都とは逆方向だ」
クライズさんは言った。港町。「えっと、どうしてそこに」
「私の故郷だからです」
…………?
いやいや。
「意味分かんないんすけど!?」
「さしずめ貴方は情報収集のためにまず首都にでも向かおうとしていたのでしょう?」
声を荒らげる俺に構わず、彼女は言った。俺は頷く。
「情報なら私が持っています。セイドンは《即死》スキルホルダー、“震源”ネーフェ・パントドンが実権を握る都市です」
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