2-6 九年前
「――では、言い分を聞きましょうか」
その男性――カイリィさんは、俺とユイを応接室に通して言う。結局ユイはついて来てしまっている。俺は剣を気にしながら、彼と相対する。絵で見たのと大体同じ雰囲気だ。
城門に着いて。門番に、カイリィさんに合わせるよう頼んでいたら、聞きつけた本人がやって来て、ここまで連れて来られた。
「昨日の審査についてです」俺は警戒しながら話し始める。「審査は途中で止められ、日程は後ろ倒しになった――死人が、出たんですよね?」
彼は動揺した風でなく茶を注ぎ、俺たちの前に並べると、
「それで?」
と言った。
「え?」
「審査中に命を落とす可能性があることは、事前に誓約書にて示し、署名を頂いています。結果として亡くなられた方がいらっしゃるのは残念ですが、後ろ倒しにすることで再発防止のための策を講じました。あなたはどの部分を問題視していらっしゃるのですか」
「でも――死人が出たと、公表しなかったじゃないですか。それは何か、後ろめたいことが」
「公表する意味があるならばしますが」彼は飄々と言う。「審査が終わって、生きている者にわざわざお伝えする必要はありますか。また審査が終わっていない者は、改善されたものを受けるのに、お伝えする必要はありますか」
ああ言えばこう言う。言っていることが全くの誤りである、ということはないが、決して正しいことを言っている訳ではない。すぐ物を壊してしまう子供が、自分でそれらを直す術を身につけたとて、壊したことを報告しなくていいということはない。『壊したが問題なく直した』ことを報告すべきだ――報告しないのは、怒られるから、怒られたくないから、怒られることをしたと思っているから。
しかし向こうがその態度を変えないつもりなら仕方がない。今回最大の手札を切ってしまう他ないだろう。
「公表しないのは、姫――ゼラさんのスキルを、隠すためじゃないですか?」
槍。
銀色の先端が、俺に向かってまっすぐ向かってきた。
それは、ことが終わってから俺が認識できたことだ。
カイリィさんは俺たちの間にあった机に右足を載せ、槍を俺の首のすぐ前まで突き出していた。
「リドーク!」
「やはり月夜隊の方ですか」
彼は鋭い目と共に言った。
げつよたい?
俺は両手を上げる。まず、「ユイ、大丈夫だ」と言って彼女を落ち着かせる。次に、
「げつよたい――って、何のことですか?」
カイリィさんに、そう尋ねた。
彼は、拍子抜けした顔をする。
「…………」
彼は槍を下ろした――その槍は、どこかに消える。椅子の下にでも隠したのだろうか。彼は姿勢を戻し、自分で注いだ茶を一口飲んだ。俺たちの茶もだが、こぼれてはいなかった。
「『相手の裏を見通す』スキル、で調べてもらってもいいですよ」
俺は更に攻めてみる――が、
「私のスキル――《審美》は、貴方の思うようなものではありません」
これは不発に終わる。
だが《審美》、それを少し知ることはできた。
「しかし、今の言葉が嘘でないことは分かりました。大変失礼しました」彼は頭を下げる。総じて、それほど悪くない手ではあった。「とはいえ、なぜ姫に探りを入れるのかは分かりませんが」彼は言って、俺を睨む。やはり、悪くなくもなかった。
ただし、“深窓”ゼラ・アオイがスキルホルダーであること、それによって被害者が出ていること、これらはほぼ確定だろう。あとは――詰めていく。
「俺は――」
「あたしの父は、九年前に亡くなりました」
口を挟んだのは――ユイだ。そうか、彼女はそのために来たのか。カイリィさんはその言葉を聞いて、目を細める。
「九年前に何があったのか、あたしには、知る権利があるはずです」
ユイはそう続けた。
彼は嘆息する。「……貴女の主張はもっともです。お話ししましょう」そう言って彼女は、話を始めた。
○
「初めに断りますが、この話は私にとっても、伝え聞いたものです。私がこの都市に来たのは、事件を承けて、ですから。
「九年前、姫の十歳の誕生を祝うための祭りが開催されました。その最中の出来事を知りたいのですよね? 祭りの前から、姫はあまり外出されなかったようですが、その日は姫が主役ということで、市街を馬車に乗って巡られる予定でした。
「事件が起こったのは、そうして姫が馬車に乗ろうとした、その時です。
「二十代後半から三十代前半くらいの男が、急に姫に襲いかかりました。
「近衛兵の反応が一瞬遅れて、姫はその暴漢に連れ去られていきました。姫は小柄ですから、あっさりと。姫の恐怖心は、想像を絶するものだったでしょう。そして――その恐怖から、姫は自身のスキルを、ほとんど無自覚的に発動しました。
「近衛兵が、暴漢に追いついた時、
「男の頭蓋は、それは綺麗に、ばっくりと割れていて。
「姫は男の血を全身に浴びて、地面に座り込んでいて。
「凄惨でした――姫はすぐに保護されましたが、
「同じような惨劇が都市中で起こっていました。
「計上したところ、この市内にいた当時二十七歳から三十三歳までの男性全員が――暴漢と同じように、一瞬のうちに、頭が割れた遺体と化しました。
「《敵即死》――敵だと認識した相手、有体に言えば、嫌いな相手を殺害するスキル。その発動範囲が、初の使用だったこともあり、狂ってしまったようで。
「その日、六七四人の死亡が確認されました。
「貴女の父親も、その中の一人なのでしょう。
「以上が、私の語れる全てです。」
○
ユイの父親は、二十歳で結婚して、店を継いだと言っていた。ユイは今年で十七だから、九年前は八歳。父親が二十歳の時に彼女が生まれたとしても、九年前は二十八歳。含まれている。全員が、と言っていた。原因は、それなのだろう。街の外れで見た、たくさんの墓。あれらは、彼らを弔うものだったのか。
しかし話はまだ終わらない。
いや、まだ、終わらせない。
「今も」俺は言う。「今も姫――ゼラさんが、スキルを使っているのはどうしてですか」
「その質問に答えるには順序が必要です」彼女は一度断って、「まず、審査自体には九年より前から姫は関わっていました。姫はスキルが発覚する前から、人を好きか嫌いかで判断していたので、合格を確信していたのに落とされた者たちから苦情が殺到していたそうです。これに関しては、私がまだこの市に来たことがない頃の話なので、これ以上は知りませんが」彼女は一旦言葉を切る。「さて、なぜ今もスキルを使っているのかという問いでしたが。使っている、というより使ってしまっているという方が厳密です。姫が使いたくてスキルを使ったことなど、最初の一回、暴漢から逃れた時のみです。あの時すら、ほとんど無意識でした。ただし――一度スキルを使用したことで、一時期は、少し嫌いだと思った者の命まで簡単に奪っていました。私が姫の側仕えを務めているのは、そうですね、祭りの半年ほど後からですが、当時はようやく姫のスキルが落ち着きを見せていた頃でした。対処方法は、他人とできるだけ接触させないようにすることと――姫の中にわだかまる敵意を、向けやすい相手、つまりは犯罪者に対して強制的に向けさせることでした。それに、相手がまず視界にいなければいくら敵意を抱いていても発動しなくなりました」
他人との接触をなくすのは、単純に他人に害意を抱く機会を減らすため。
犯罪者に敵意を向けさせる。それはつまり――処刑執行。
「九年かけて、スキルの発露はかなり収まってきているのですよ。もう認めますが、昨日、審査において三人が姫のスキルによって亡くなりました。しかしここ二、三年は一年を通して一人亡くなるかどうかでしたから、今年が、というか今回が目立って犠牲者がたくさん出たのです。今後の審査に支障をきたすと考え、今日は審査の前に一人処刑することと決定されました」
それが――ハサハリウス・ホーキンス。
しかし――処刑して、その後の審査にて、クライズさんはスキルにより亡くなっている。死に戻る前と後では、起こることはほとんど同じだ。ここから導かれる仮説としては――犯罪者に、敵意を集中させる行為。それは意味がないのでは?
むしろ、逆効果とすら言える――スキルは使えば使うほど馴染んでいく。より洗練され――より強力なものになっていく。
「このくらいでいいでしょうか」
カイリィさんは言って、前髪をかき上げる。
「ご存じの通り今日も審査がありますし、真夜中ですのでそろそろ――」
「ゼラさんに会わせて下さい」
俺は言った。カイリィさんは片眉を上げ、ユイは「リドーク……?」と俺の方を見る。
「それと今日の審査は中止にして下さい。処刑も。スキルを収まらせたいんだったら、使わないのが一番です」
「承諾できません」彼女は返す。「ひとつ、これ以上日程を遅らせると、審査の公平性を損なう恐れがあります。ひとつ、処刑を経れば、審査においてこれ以上被害者が出ることは経験上ありません。ひとつ、ゆえに、処刑を中止することもまたできません」
公平さを欠く、という点では彼女の言っていることは正しい。しかし――俺は知っている。処刑したとて――クライズさんは犠牲になった。よって処刑はさせない。処刑により審査においてスキルが発動されにくいというのはあるのだろうが、出ないとは限らないため、そちらもさせない。
「そもそも、なぜ姫との対面を望むのですか」
カイリィさんはそう尋ねた。
もっともな質問である。ユイは静かに動向を見守っている。
「姫にこれ以上スキルを使わせないためです」俺は答える。「結局彼女のスキル――《敵即死》は、本人の感情によって発動している。その感情は方向を変えるだけでは不十分です――他の感情によって打ち消す必要があります」
「つまり?」
「『敵』の反対は『味方』――『敵意』の反対は『好意』です。そして世界は前者ではなく後者で成り立っている。それを姫に伝えたいんです」
「貴方でなければならない事柄ではありませんよね?」
カイリィさんは冷静に言った。
「確かに俺でなければならないことはないです。だけど、俺であることが一番都合がいいという面もあります」
反対に俺は、熱を帯びて言う。
「俺は姫側の人間でも」カイリィさんと目を合わせ。「姫のスキルの被害に遭った側の人間でもありません」そして、ユイと目を合わせる。「中立な立場の俺が話すのが最も効果的じゃないでしょうか」正確にはクライズさんを殺されたため後者側ではあるが――現時点でそれはまだ起こっていない。「それに、俺ならゼラさんのスキルを喰らっても――」
俺はそこまで言って、ぴたりと口を噤む。
『死に戻り』のスキルーーまだユイにしか教えていない。ここでこの手札を切ってもいいだろうか。その時。
「……リドーク」
ぽそり、と。
ユイが呟き、俺の手に上から手を重ねた。俺は彼女を見る。ユイは――俺と目が合うと、静かに頷いた。
これ以上、被害を出さない。
その気持ちは同じということか。
「俺は――死んでも生き返る、蘇生スキルを持っています」
カイリィさんは、目を細める。
「俺なら、ゼラさんのスキルによって命を落としても平気です。対話が上手くいかなくとも、犠牲者を出さずやり直せます」
「…………」彼女は、はあと息を吐き。「――いいでしょう。そこまで言うのでしたら――ただし」
「ただし?」
「ざっと記憶を覗かせて頂きます」
…………?
あれ?
「さっきは、そんなことできない、って――」
「あれは嘘です」
彼女は真顔で言った。
「「…………」」俺とユイは、顔を見合わせる。
ファレノ・カイリィ。喰えない人だ。
「いえ、あながち嘘とも言えませんよ」俺たちの、胡散臭いものを見る目に気づいたのか、彼女はそう弁明して、再びどこからか槍を取り出す。「持っていて下さい」
俺が受け取ると、彼女は槍を持つ俺の手を上から握る。驚いて彼女を見ると、彼女は目を瞑り。
「無限の鏡の間
たったひとつの詩
諳じて双つ
欠蒐めて歪
却行する游星
紫の錠――!」
○
「姫、こちらがその者です」
カイリィさんに通され、姫――“深窓”ゼラ・アオイと対面した。ちなみに、日が昇るまで待たされた。それまでゼラさんが起きないからである。ユイは一緒におらず、応接室で眠っている。まあ、睡眠は大切だ。
俺は紹介を受け、顔を上げる――
「お、面を上げよとは言っていない」
ゼラさんは言った。俺は慌てて顔を戻す。最初からしくじってしまったか。俺はとりあえず、「失礼しました。えっと、おはようございます」と挨拶する。こういう時の作法を、俺はよく知らない。
「まず質問があります」姫は応じずに話を進める。少し不機嫌そうな声。「――今日の処刑の中止を申し出たのは、貴方なのですね?」
「…………?」
何の質問だろう。俺はひとまず顔を上げずに、「はい、その通りです」と答えた。
「――昨日。他所から来た身でありながら、墓に花を供えたというのも、貴方なのですね?」
昨日? 墓? ……ああ、九年前の。これは――怒られているのか? とはいえ嘘は吐けない。「はい、その通りです」と答えた。
「――一昨日。店で居合わせた暴漢から、店員を護ったというのも、貴方なのですね?」
一昨日? 暴漢? それは――ユイを助けた話か?
ちょっと待った。一体何の質問だ?
俺は顔を上げる。
「か、か、顔を上げるなと言ったでしょう!?」
彼女は慌てて横を向き、顔を手で隠す。しかし俺は見逃さなかった――というか、今も見えている。
耳まで真っ赤な、ゼラさんの顔。
俺は確かに言った。『「敵」の反対は「味方」――「敵意」の反対は「好意」』。『世界は前者ではなく後者で成り立っている』。『それを姫に伝えたい』。それを――伝えた。身を以て。
俺はカイリィさんを見る。面白くなさそうな顔をしていた。
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