2-5 夜
『自動報告。
通算五度目の死亡を確認。死因は自死。
自動蘇生に成功しました。
報告終了。』
通算五度目。
俺が前回聞いたのは――三度目。
一回足りない。つまり、同じ期間に二度死んで、同じ時点で二度蘇生した。
そして三度目の蘇生時点は昨日の同じ時間――自動保存の間隔は、丸一日。
「? どうしたリドーク。体調悪いか?」
クライズさんが声を掛ける。
具合が悪いというか――これはいけない兆候。
同じ期間に二度死んでいる――それは俺の方が不利な状況、ということではないのか? いや、死因は自死――自ら死を選んでいる。それは自分に有利な状況を作るため?
「まあ気分がいい話じゃないさ」クライズさんは話を切り上げ、立ち上がる、「ああ、明日も早起きだ」言って、彼は大きな欠伸をした。
ええと、《即死》スキルの話だったか。《即死》スキルは現実のもの。という語り口だった。姫が本当にスキルホルダーで――被害者が出て。死なせないために死に戻った――というのは話の筋として極端ではないが、記憶が保持されていない。つまり同じ失態を、何度も繰り返し――今後、六回、七回、八回……と自死を重ねるだけか。
あるいは、諦めるか。
自動保存の周期は恐らく一日だから、刻限は明日の夜。
姫のところに行くクライズさんが亡くなる蓋然性が一番高い。先に進むために――追い返されるとしても、明日はクライズさんについていこうか。俺は彼を見る。彼は既に布団に潜って、いびきをかいていた。窓から月の光が差し込んでいる。夜は更けていく。時間はどんどん過ぎていく――その時。
こんこんと、扉を叩く音が聞こえた。
…………?
一体誰が――と、俺は前にもこのようなことがあったと思い出す。
もう一度、こんこんと音が聞こえた。
クライズさんは寝ている。俺が――やるしかない。
俺は剣を持って、ゆっくりと、扉に近づいていく。
三度目が聞こえた瞬間、戸を開け放ち剣を向ける。
俺は何度も頭の中で動作を確認する。そして――
「少年? 寝てんのか?」
――その声は。
俺は扉を開く。
「うお、起きてるじゃねえか。よう」
ユイの店の、大きい方の店員さんだ。
「えっと、ども」俺は構えていた剣を誤魔化しながら応じる。「どうしたんすか、こんな夜中に」
「お嬢の要望だ。ついてこい」
「え?」
ユイの?
○
俺は多くを伝えられた。
大きく分ければ、三つ。
ユイに、記憶を保持してもらえること。
やはりクライズさんが犠牲になること。
そして――九年前に起こった、出来事。
「本当に時間が戻ったんだ」ユイは感慨深く言う。「いつの間にか昨日に戻ってて――いや今日からしたら今日で、明日から今日に――まあいいや、リドーク、全く憶えてないんだよね?」
彼女は何かを念押しするように訊いた。
「うん……申し訳ないけど。何かまだ、重要な情報が?」俺が訊き返すと、
「いや全然。気にしないで」
彼女は否定する。気にしないでと言われるとむしろ気になるのが人間の性だろうが――それよりも。
明日どう行動するか、今のうちに考えなければならない。いや、もう明日に、つまり今日になっただろうか。まあいい。俺は手元の紙に描かれた似顔絵に目を落とす。
俺が死に戻る前にユイに伝えた証言――クライズさんの死を、宿まで通告に来た人、らしい。絵を描いたのは、背の低い方の店員さん――ニハリーさんだ。彼の話では、その男性は、姫の側仕えらしい。俺の話と彼の記憶から顔を描いた――目にかかるくらいの前髪を右で大きく分けていて、横から後ろにかけては短く整えられている。目は鋭く、鼻はすっと通っていて、なかなかに男前だ。
「名前は、ファレノ・カイリィ、だったかな」ニハリーさんは言う。ちなみに俺の死に戻りのスキルについては、ユイにしか伝わっていない。「他の都市から来た人でね。姫には、九年前くらいから仕えてる」
また九年前。カイリィさんは、この絵から判断すると大体二十代後半から三十代後半といったところか。姫が十歳の時、他の都市から。わざわざ。
まずはこの人に会いに行こうと、俺は決める。まだクライズさんは亡くなっていないが、被害者は既に出ている。それに――何も知らず、丁度九年前から今まで側仕えをしているとは、考えにくい。そもそも、姫が審査にて面接を担当する、ということは当然、カイリィさんもその場にいて――彼が、隠蔽をしているのではないか?
「そいつ、大の男嫌いで有名だから、会いに行く時ァ気をつけろよ」横から背の高い方の店員さん――イットウさんが、絵を指差し言う。カイリィさんのことらしい。
「そうなんすか」
「おう。それに、相手の裏を見通すスキルを持ってるとか何とか」
スキルホルダー?
しかも男嫌い――審査への応募者は、腕に自信のある女性もいるだろうが九割方は男性だ。よもや審査で出た被害者というのは彼によるものではないだろうな――『相手の裏を見通す』スキル。《即死》スキルではないが、人間の殺害方法はスキルだけではない。それは当然だ。
「じゃあ、あたしがついてくよ」
その時、ユイが言った。
「――え?」
「お嬢、何言ってるんだ」
「そうだ、絶対に駄目だ」
二人が返す。それには俺も同意できる。しかし彼女は、
「男嫌いってことは、女好きなんでしょ、その人」と軽く言ってのける。
分かっていない。危険すぎる。しかし――
彼女にはまだ、姫が《即死》スキル持ちだという仮説を、伝えていない。
伝えるべきかはまだ迷っている。俺自身のスキルは既に教えたが、それはそうする必要性があったからだ。姫のところへは独りで行くつもりだったから、そちらは必要ないと考えていた。とはいえ――この都市の長の娘。少なくとも事後には知る権利があると、俺は考え直す。
ただし。
「連れてはいけない」俺はユイに言った。「スキルの詳細が分からない以上、男嫌いで女好きだとしても、安易に連れていく訳にはいかないよ」
うんうん、とイットウさん・ニハリーさんは頷くが、
「危ない時は、リドークが護って」
彼女はけろりと言う。
「ならおれも行く」
「ならぼくも行く」
「いや、それはそれで困るんすけど……」
「皆で、いつまで何の話?」そこへ、ユイの母親がやって来る。「明日も営業日ですよ」
「リドーク、お願い!」ユイは俺の目を見て言う。「あたしも、知りたいの。九年前――」
かこん、と。
何かが落ちて、固いものにぶつかったような音。
「郵便だな」
イットウさんが外に出て取りに行く。ユイは一旦、口を噤んだ。イットウさんが帰ってくる。
「通知だったぜ。どうしますか店長」
通知? と俺が首を傾げている間に、
「ぼくは買い出しがあります」「じゃあトー、頼める?」「了解。日の出と同時だよな、それまで流石に少し寝るか」
と話は進んでいく。
「イットウ兄さん、通知が来たの?」
ユイは何やら知っているらしく、興味を示したが、
「お嬢は見なくていい」ニハリーさんがすぐに言った。
「まあ通知見るくらいならいいだろ。というか少年のところにも、来てるんじゃねえか」
イットウさんはそう言って、手に持っていた紙を机に置いた。俺とユイはそれを覗き込む。
『執行通知
ハサハリウス・ホーキンス
以上一名の処刑執行を通知いたします。
処刑場所 西広場
この度は捜査・逮捕にご協力頂き、誠にありがとうございました。
市長 テンス・ファージャ・アオイ』
「誰……?」
俺が呟くと、
「昨日、いやもう一昨日か? お嬢にちょっかい出してた奴らの、親玉だろうよ」イットウさんが気分悪そうに言った。
執行通知。
処刑執行。
処刑場所。
何が行われるかは、すぐに分かった。
しかし、何によって、行われるかは。
――俺は、
剣を携え、店を出た。真夜中。そんなのは知らない。「待って、リドーク!」。ユイの声が後ろからついてくる。他の三人が引き留めてくれることを願おう。
読んで頂きありがとうございます。
面白かったら評価・いいね・感想・レビュー・ブクマよろしくお願いします。