2-4 姫
「あたしの父親、アーレッサ・サーターは、この都市で生まれた。二十歳で結婚して、この店を両親、あたしから見て祖父母から受け継いだ。祖父母はもう引退しているけど、忙しい時はたまに手伝ってくれる。
「父は、誰にでも人当たりよく接し、皆に好かれていた。手頃な価格であっても品質保持には手を抜かない姿勢は、父が拾ってきた二人、イットウ兄さんとニハリー兄さんにしっかり継承されている。
「そうだ、その二人についても話そう。二人は都市警備兵の適性審査に不合格となり、路頭に迷っていたところを父が見つけて、店に連れてきた。二人共、実家から追い出されて帰るところがないと言うので、住み込みで働いてもらうことになった。丁度、働き手を増やそうという話を両親がしていた頃だった。
「イットウ兄さんも、ニハリー兄さんも、とても真面目に働いて、すぐに店にも、お客さんたちにも馴染んでいった。あたしにもよくしてくれて、父親代わりとしていろいろ教えてくれたり、買い与えてくれたり、手助けしてくれたり。
「そう、父親代わりに。
「あれは、姫の十歳を祝っての記念祭当日だったと思う。城のある中心部だけでなくこの辺りもすごい賑わいで、その日は朝から店を開けていた。
「昼頃、買い出しに行ってくると言い、イットウ兄さんとニハリー兄さんに厨房を任せて、父は店を出ていった。母は当時は給仕をしていて、当時八歳のあたしはその手伝いをしていた。
「結果だけ言えば。父はそれきり帰ってこなかった。
「後に、亡くなったのだと知った。祖母が口を滑らせたのがきっかけだったが、彼女の実の息子だから、時間の問題だっただろうね。
「母たちはあたしには隠しておきたかったらしい。あたしはまだ幼く、機を見て伝えるつもりだったという――機とはつまり、成人した時とか、結婚した時とか、店を継ぐ時とか? いや、将来を約束した相手が既にいるとかではないけど。結果として、かなり早い段階で知ることになったし。
「えっと、こういう説明でいいかな? お墓は、隣の区の外れに、たくさん墓標が並んでるところがあって、そのうちの一つを毎年、掃除して、花をお供えするの。名前が刻まれてないから、実感というか、実在があんまり――え?」
○
「今の、もう一回言ってくれない?」
俺は話の途中でそう求める。
「今の? えっと、掃除して、花を――」
「もう少し前」
「成人した時とか」
「もう少し後」
「お墓は、隣の区の外れにあって」
「たくさん墓標が並んでるところ?」
「……うん」彼女はなぜ俺が喰いついたのかを知らない。「後で挨拶とか……いや、挨拶って、変な意味じゃなくて――」
俺は、椅子から立ち上がる。「行ってくる!」
ユイはきょとんと俺を見る。「行ってくる?」
○
店を出て、記憶を頼りに走っていく。あの場所に行ったのは、初めて手動保存をした後、自動保存をする前。つい昨日だ。よく憶えている。忘れるはずがない――
墓。
墓。墓。
墓。墓。墓。
墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓墓
その場所に、俺は来た。
前回より注意深く見ていく――墓標の並ぶ横列の丁度真ん中辺りに、長方形の薄い石板が寝かせてあった。そこには――八八七年、と、日付。九年前だ。この墓標全てが――九年前に、亡くなった人たち。
それは何を意味する。
この街で何があった。
九年前――ユイは、姫の十歳を祝っての記念祭があった日だと言っていた。やはり、姫が関わっているのか。
店に帰る途中、宿を通りがかる。
宿の入口に――見知らぬ男性の姿。
体の線は細いが、背は俺より高い。まあ俺が小さいだけかも知れないけれど。
「ユーゴー・クライズ殿のお連れ様ですね?」
声は、存外高かった。いや、そんなことより。
ユーゴー――クライズ。クライズさんか。
「そうですけど」
「この度は、ご愁傷さまです」
彼は言って、頭を下げた。
――ご愁傷さま?
「それって、どういう――」
「ユーゴー・クライズ殿が、亡くなられました」
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