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2-3 十年前


 次の朝。俺は昨日と同じくらいの時間に起床する。クライズさんはもういない。朝食は、昨日と同じ骨付き肉。骨から筋をこそぎながら、俺は階下に行く。

「おい、お前」と、受付の男性に声を掛けられた。愛想が悪くいつも顔を顰めているため年を喰って見えるが、恐らく三十代前半くらい、つまりクライズさんと同い年くらいだと思う。俺はそちらに歩いていく。

「お前宛に通知だ」

 彼はそう言って、封筒を一枚渡してきた。俺はそれを受け取る。「あの、通知って何の――」

「通知っつったら、一つしかねえだろ」

 男性はそれ以上は会話してくれなかった。気難しい顔をしながら金の枚数を数え始める。俺はひとまず部屋に戻り、封を切った。そこにはこうあった。



『執行通知


 ハサハリウス・ホーキンス

 以上一名の処刑執行を通知いたします。


 処刑場所 西広場


 この度は捜査・逮捕にご協力頂き、誠にありがとうございました。

 市長 テンス・ファージャ・アオイ』



 俺は首を傾げる。これは――行かなければならないものなのだろうか。市長からの通知ということで、文書の重要性は高そうだが、執行(?)の通知というだけで、この西広場に行く必要はない、と取っていいように思う。何より、俺には時間がない。刻限は今日の夜。自動保存がある前に、何が起きるのかを明かし、それを起こさない為に、死に戻らなければならない。

 俺はその紙を寝台の上に置いていき、剣を佩いて、ユイの店に向かう。



「リドーク? おはよう!」

 窓の外から店内の様子を見ていると、ユイに見つかり、そう挨拶される。「おはよう。入っていい?」

「どうぞ。あ、朝ご飯食べた?」

「うん」。

 俺が入店すると、ユイの母親が俺に気づく。「あら、おはようございます」

「どうも」俺は頭を下げつつ、他の二人を探す。「……ユイ、あと二人は?」

「ニハリー兄さんは朝市に買い出し。イットウ兄さんは、広場に行ったよ」

「広場?」

 それは――通知に記載されていた、西広場か?

「ただいま」

 丁度、小さい方の店員さんが帰ってきた。紙袋を両手に持っていて、すぐに厨房に向かった。

「おかえりなさい」

 ユイは声を掛ける。

「ただいま。ところでなんで少年は朝からやって来てるのかな?」

 厨房から顔を出し、小さい方の店員さん――ニハリーさんは攻撃的な視線と共に言う。

「あ、えっと、ユイに話したいことがあって」

「は?」「え?」

 ニハリーさんとユイはそれぞれ頓狂な声を発する。

「り、リドーク? は、話したいコト? が、あるの?」

 ユイはそわそわし。

「…………」

 ニハリーさんは何も言わず、おもむろに包丁を砥ぎ始めた。いや怖い。

「ただいま」

 そこに、大きい方の店員さん――イットウさんが帰ってくる。

「おい、少年。広場に行かなくてよかったのか? 通知が来てただろ」

 彼は言った。それほど見るべきものなのか。「何が見られるんですか?」俺は尋ねた。

「何ってそりゃあ、一昨日の――」

「仕込み。手伝って」

 ニハリーさんがイットウさんの背後に現れる。「分かった分かった。今行く」と答えながら、彼は引きずられていく。小柄だが、意外と力が強いらしい。そういえば、かつて審査を受けたことがある、と言っていたか。


 ――おや。


 思わぬところに、情報源があるではないか。



     ○



「「審査を受けた時の話を訊きたい?」」

 珍しく二人の声が重なる。

「はい」

 場所は厨房。ユイが店中の掃除をし始めたのを見計らって、二人に話を聞く。

「あー、十年はまだ――いや、もう十年か」イットウさんが答える。「なんだ、試験対策か?」

「そんなところです」俺は返す。「試験内容とか、どうなってるのかと思って」

「言ったでしょ、運だって」ニハリーさんが答える。「最後の面接。姫に気に入られた人が、合格」

 最期の面接。そう、それだ。

「審査中に――その、死亡者が出るとかは、ないですよね?」

 俺は恐る恐る尋ねる。

 二人は顔を見合わせ、

「なにビビってんだ」

「姫は怖くはないよ」

 そう答えた。

 何かを隠しているようには見えない。

 というか、隠す必要性がないだろう。

 十年前――二つ上だと言っていたから、その時は九歳か。当時はまだ、スキルを使えなかったのか?

 俺が自分のスキルに気づいたのは、つい一昨日だ。ふつう、スキルの自覚はもっと早い――具体的には言えないが。《夜目》の人は何と言っていたか。クライズさんに訊いておけばよかった。ただ、俺という外れ値のお蔭でスキルの自覚には十七歳まで幅があることが分かる。九歳でまだ自らのスキルを知らず、その後――ということなのか?

「まあ不合格だったらうちで拾ってやるよ。今のうちに仕込みの練習とかするか?」イットウさんが手元の青野菜を俺に突きつける。

「勝手に約束するなよ。サーターさんに拾ってもらってなかったら野垂れ死にしてた癖に」ニハリーさんは砥いでいた包丁を使って肉を切りながら言う。

「お前だってそうだろうが」

「ぼくは顔見知りだったし」

「トー? リー? 仕込みは終わった?」

 ユイの母親の声が聞こえた――瞬間、二人は口論をやめ、それぞれの作業に戻る。

 俺が突っ立っていると、イットウさんはしっしっと俺を追い払う。仕方なく、聴取を切り上げユイのところに戻った。



「何の話してたの?」

 ユイがそう尋ねる。

「不合格だったら、この店で拾ってくれるって話」俺は適当に誤魔化しておいた。いや、決して嘘を吐いている訳ではない。

「リドークが不合格になる想定とは、兄さんたちもひどいねえ」彼女は苦笑した。そういえば。

「あの二人、『拾ってもらった』って言ってたってことは、ユイのお兄さんって訳じゃないんだよね?」

 俺は訊いてみる。イットウ兄さん。ニハリー兄さん。それらは単なる店の同僚に対する呼称ではない。

「ああ――二人は、父さんが連れてきたんだよ。もう十年前になるかな」

 十年――二人が、審査を受けた時と合致する。

 そして。

「……お父さんについて、訊いても?」

 俺は言う。

「…………」

 彼女は頷いた。



読んで頂きありがとうございます。


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