8.よろしく、同居人
レジーはぼんやりと過去を思い出していた。
今になっても、レジーにはあの頃何が悪かったのかわからない。ただ、ロザリーがレジーに執着していたことだけは確かだった。
ノクチルカはあの街から随分と離れている。レジーの足に妖精の祝福が宿ったことは、実家には気づかれていないことがロイドの手紙には書かれていた。よほどのことがなければレジーが今ここで暮らしていることが漏れることはないだろう。
足の裏を見ると、妖精の祝福の証である痣がみえた。妖精の祝福が宿った箇所には痣が残る。痣の形は様々で、レジーの足の裏には羽の形を模した痣が、そしてアンの二の腕には丸い痣がある。
足の裏にある羽はレジーをあの屋敷から助け出してくれたような気がする。
「シェーネが助けてくれたから、今度は私の番、だよね」
「いつでも私たちが手を貸しますからね」
アンとへらりと笑いあって、ベッドから立ち上がる。丸一日寝ていてずっとベッドにいた体は、たち上がるとバキバキと音をたてた。どうするかを決めてしまえば、後は気楽なものだった。
腕と足を伸ばしたあと、レジーは扉を開けてウィルとエミリオを呼びに行った。
2人で部屋にいるうちに仲良くなっていたりしないかなと期待していたが、シェーネが使っていた部屋から出てきた様子をみて、期待は打ち砕かれた。
不愛想なエミリオと、苦笑したウィルの姿がそこにあった。
「話しかけてみたけど、ずっとだんまりでな……」
何度かウィルは挑戦していたようだったが、エミリオの口は堅かったらしい。部屋から出てきたウィルとエミリオ、レジーとアンはリビングにある机を囲うようにして座った。すすすっとエミリオはレジーの隣に座るものだから、アンとウィルが対面に座っている。
「いくつか聞きたいんだけど、教えてくれない?わかる範囲でいいから」
エミリオの顔を覗きこむようにして問えば、静かにコクリと頷いた。
「じゃあ、ボクは15歳なんだけど、エミリオはいくつ?」
「……わからない」
「どこの生まれ?」
「……わから、ない」
「名前以外でわかることはある?」
「……」
きゅっと眉間に皺を寄せている姿から、何か答えられるものを考えているのだろうか。エミリオが話し始めるまで、3人は無言で待ち続ける。
「名前はエミリオ。あとはわからない」
ふるふると頭を振ったエミリオからは、相変わらず嘘をついているようには見えなかった。ふむ、とエミリオを除いた3人が考える。
「記憶喪失ってやつか?」
「見た目からしてボクとそう変わらない気がするけど」
「レジーさんは背が高い方なので、おそらくレジーさんの2つくらい歳下なのではないかと」
「レジーが背の高い方?」
レジーの身長は同年代の女子よりもやや高いが、あくまでもそれは『同年代の女子』という範疇であり、これが『同年代の男子』だと話が変わってくる。むしろ『同年代の男子』としては低い方に当たるだろう。
「の、喉仏も出ていないようですし、私とレジーさんよりも歳下かと」
アンはごほん、とわざとらしい咳払いをついてその場を誤魔化した。恐る恐るウィルを見れば、アンが言ったことを確かめるようにエミリオの喉元を見ている。深く気にしなかったようで一安心だが、蒸し返されないように話は進めてしまった方がいいだろう。
「わかった。じゃあ、最後に」
アンと目くばせをしたレジーはエミリオに向かい合って目を合わせる。金色の瞳がじぃっとレジーを見つめていた。無表情に近いエミリオだけど、よく見れば眉根は下がって、口はへの字になっている。小さい身で、知らない人に囲まれているのだから、不安を感じないはずがないのだ。
「エミリオ、ボクと一緒に暮らさない?」
「いいの?」
「うん。まぁ、ボクが拾ってきたんだし。見ての通り、部屋は余ってるからね。ボクもこう見えて稼ぎはそこそこあるんだ。エミリオ1人増えたくらいじゃ困らないよ」
シェーネは薬師を生業にしていた未亡人だった。薬師はこの国では貴重で、夫が死んだあともシェーネはかなり稼いでいた。レジーは家を含む一部をシェーネからもらっていた。大事に使えば不自由することはないだろう。
薬師にならないかとシェーネに誘われたこともあったけれど、壊滅的にレジーは薬草を覚えるのが苦手であった。
レジーの言葉に、ゆっくりとエミリオは頷いて見せる。断られるとは思っていなかったが、受け入れてくれたエミリオにほっと胸を撫で下ろした。見れば、エミリオも心なしか安堵を感じているようだった。
「じゃあ、エミリオ。ウィルとアンにもちゃんと挨拶しよう。これからお世話になっていくんだから」
「……エミリオ。よろしく」
「アンです。よろしくお願いします」
「ウィルだ、何か困ったことがあったらいってくれ」
こくり、とエミリオが頷いたので、レジーは褒めるように頭を撫でた。やはりふわふわで最高の撫で心地をしていた。ずっと撫でていたかったが、レジーとエミリオ2人のお腹から獣のごとき音がして、その場は静まり帰ったのだった。
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