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7.リンスレッド・ウィンチェスター 2

本日2度目の更新となります。

 リンスレッドは戦慄した。

 幸せなだった屋敷のはずが、いつの間にかリンスレッドの世界は閉ざされて、ロザリーとリンスレッドのふたりだけの世界になっていたのだ。閉じた世界になっていることがひどく怖くて、リンスレッドは焦った。


「ねぇ、今日一緒にお菓子を食べましょう?みんなと一緒に食べたいの」

「とっても嬉しいですが、どうかロザリーお嬢様をお誘いください。ロザリーお嬢様はもっとリンスお嬢様と仲良くなりたいと常おっしゃってます」


 意を決してメイドに声をかければ、メイドはロザリーを呼びに行った。メイドの皆とお茶とお菓子を囲うはずが、気が付けばロザリーとふたりでお菓子を食べていた。

 

「ね、ねぇ。私、ネクタイに刺繍したの、もらってもらえる?」

「ありがとうございます。ですが、私共よりもロザリーお嬢様に差し上げてください。私共が頂きますとロザリーお嬢様は家族の一員になれていないのだと悲しんでしまいます」


 執事にあげようとネクタイに刺繍を刺そうとしたら、ロザリーは悲しい目でリンスレッドの手を取った。それ以降、リンスレッドはロザリーの目を盗んでこそこそとネクタイに刺繍を刺した。普通に刺すよりも時間がかかったけれど、時間がかかった分リンスレッドは親愛を込めて執事のところへと向かった。けれど、執事は受け取ってくれなくて、気が付けばロザリーのリボンに刺繍を刺していた。


「お父様、お母様、お話したいの」


 ロザリーと共にいることが多くて、父と母とあまり話すこともできていなかったリンスレッドは、夜遅くに父と母の元を訪ねた。ベッドに入れてもらえないだろうか。頭を撫でてもらいながら父と母のぬくもりを感じながら眠りについたなら、きっといい夢を見られると信じていた。


「まぁ、私たちの可愛い天使。でも、ロザリーが寂しがってしまうわ」

「そうだねぇ。ロザリーも私たちの家族なのだからね」


 そうしてロザリーも呼ばれることとになった。リンスレッドはそれでもよかった。

 父と母と一緒に眠ることができるのなら。


「緊張してしまいますの……。あの、こんなこというと本当に失礼なのですが、リンスお姉様とふたりで眠りたいですわ」

「ロザリー……。すまないね、まだ怖いよね。リンスと仲が良くて良かったよ」


 気が付けば、リンスレッドは父と母と離されて、ロザリーとふたりでベッドに寝ていた。指を絡めるように手を繋いで眠りましょうというロザリーに、リンスレッドは頷いて手を繋いで眠った。

 繋いだ手がひどく重かった。


 そうして、気が付けば、リンスレッドはいつの間にかロザリーだけのリンスレッドになっていたのだった。リンスレッドは何度も父と母、使用人に接しようとした。けれど、いつの間にかロザリーが呼ばれ、ロザリーとふたりにされ続けた。


 いけない、と思うものの、リンスレッドは何がいけないのかわからなかった。

 お人形のように可愛いロザリーがリンスレッドに懐いてくれることの、何が悪いというのだろう。

 使用人達がロザリーを気遣うことの何が悪いというのだろう。

 父と母がロザリーを我が子のように接したいと思うのは何が悪いというのだろう。


 いけない。いけない。

 でも、……何がいけないというの――?


 ドロリと浸食して、ゆるりと犯されていったリンスレッドの世界はロザリーに染められていたのに、どうしてそうなったのか、そしてなぜそれがいけないのか、リンスレッドには全くわけがわからなかったのだ。

 

「リンスお嬢様、これは一体どうしたのですか」


 ロザリーが屋敷にやってきて半年経った頃、祖母の体調が悪いからと、長期屋敷を離れていた使用人のロイドが帰ってきた。数週間ロイドが屋敷で仕事に励んで気づいたのは、一見すれば何もおかしくない光景の屋敷だが、長く仕えているロイドにはどこか歪に見える状態だった。

 ロザリーが父と母と話している隙を見計い、ロイドがリンスレッドの元へと話しかけにきた。


「ロイド……。わからない。わからないの」


 その頃になるとリンスレッドはロザリーだけの世界、そして出口の見えない焦燥感に疲れていた。ロイドの優しい声にはらはらと涙がこぼれ落ちていく。


「リンスお嬢様……」

「ロザリーは大事な妹なの……。だから大切にしないといけない。刺繍を上げるのだって、お菓子を一緒に食べるのだって、嬉しいことなの。みんなが……ロザリーを気遣うことは……何も、悪くないの。お父様と、お母様が……ロザリーを愛してるのも……何も、なにもおかしいことはない……っ!」


 涙をはらはらとこぼして呟くようにリンスレッドは言葉を紡いでいくと、次第に嗚咽で話せなくなるほどに涙が溢れだした。もうずっとぐしゃぐしゃの頭ではまともに話すことができなくて、リンスレッドは話しているのか、ただ呟いているのかわからなくなるくらいに、ぼそぼそと呟きながら涙を流す。

 ロイドはそっとリンスレッドの頭を撫で続けた。

 それはリンスレッドが久しぶりに、ようやく得られたロザリー以外からのぬくもりで、涙が止まらなくなった。




 泣き疲れたリンスレッドはそのまま眠ってしまった。ロイドによってベッドに寝かされたリンスレッドは、撫でられた暖かな手のぬくもりを夢の中でも堪能していた。

 寝ていても口元がゆるゆるとしていたリンスレッドは体にのしかかる重みで意識を浮上させた。


「ねぇ、リンス姉様。私、--リンス姉様になりたいの」


 それは蠱惑的で、脳を溶かすように甘く、自由を奪うほどに体に絡みつく――ロザリーの声だった。

 目を開くと三日月のように目を細めて陶酔した甘ったるい声で、リンスレッドが見たことのない何かのような――ロザリーがのしかかっていた。


「みんなに愛されてるリンス姉様。可愛くて、純粋で、そして綺麗なリンス姉様」


 いつか見た時のようにうっそりと笑ったロザリーはリンスレッドの髪をひと房取り、頬ずりをして見せた。はぁ、と恍惚とした吐息を漏らしたあと、髪から手を離しリンスレッドへと手を伸ばした。

 肌を撫でさするロザリーの手があまりにも熱いのに、触られたところには冷たさが残った。恐ろしいのに酩酊したような気分でロザリーに囚われていたリンスレッドだったが、月の光できらめいた銀色のナイフをみて我に返った。咄嗟に大声を上げて思いっきり暴れれば、使用人が慌てて飛び込んできた。ロザリーが襲ってきたのだとリンスレッドが訴えても、悪夢にうなされたのだとロザリーが言えば皆が信じた。


「リンス。どうしてロザリーに冷たいことを言ってしまうんだい?」

 

 父からの言葉に一瞬でリンスレッドは錯乱した。何を言っても届かないんじゃないかとさえ思えたのだった。

 

 リンスレッドは部屋から全員を追い出して、布団の中で蹲る。

 悪い夢だったのだと、何かの間違いなのだと硬く目を瞑れば、ずっと頭を締めている『いけないこと』が繰り返され、ロザリーの手の感触が蘇ってきて――。

 

 気が付けば足に妖精の祝福が宿っていて、リンスレッドは屋敷を飛び出して遠くまで駆けだしていた。


 何がいけないのか、何が悪いのか、どうしてこうなったのか。

 屋敷がもう訳のわからないぐにゃぐにゃに歪んだ何かに見えたことは覚えている。

 

 2つも離れた街で疲れ果てて蹲っていたリンスレッドは、たまたま街を訪れていたシェーネに拾われた。

 幸運にもシェーネはロイドの叔母で、シェーネからロイドに連絡が入り、リンスレッドをかくまうように話してくれた。

 

 屋敷に残ったロイドから、ロザリー含め皆がリンスレッドを血眼になって探していると聞かされ、リンスレッドはリンスレッドの名前を捨てて性別も偽るにした。

 そして少年のレジーが作られ、シェーネと共にノクチルカで暮らすこととなったのだった。

ブックマーク登録ありがとうございます。

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