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閑話1.彼女に残されたもの

50話とエピローグの間の話です。

ロザリー視点になります。

 目の前で話す人間達をみて、ロザリーはただ退屈を持て余すだけだった。

 好き勝手に生きていたことはロザリーだって理解している。さらにいえば、妖精王の息子のお気に入りであるリンスレッドを2回も殺そうとしたのだ。この話し合いが終われば人間の体に乗り移っただけの自分など、一瞬で消滅させられるに決まっている。

 ロザリーは人間として生きていたが自身が妖精であることを忘れたことはなかった。

 自然に発生し、自然に消えていくのが妖精だ。だからか、ロザリーには消滅させられることに恐怖はなかった。夜に眠るのと同じ感覚でただ消えるだけのだと思っていた。

 故に、目の前でロザリーの処遇をどうするか話している人間達を見ているのは退屈でしか無かった。

 

「父上、こんな女そのままにしておく方が危ない。レジーをまた狙わないとも限らないんだ」

「うーん。彼女を消すことは簡単だけどねぇ」

「け、消すってそんな」


 おや、とロザリーは足先に向けていた視線をあげた。リンスレッドの反応が意外だったのだ。殺されかけたのはリンスレッドのはずなのに、ロザリーを消滅させることに消極的な様子は不思議でたまらなかった。


「簡単だよ?ボクの一存でどうとでもできる。これでも妖精王なのだからね」

「ならば、そうしてください」

「ちょっと待って、何もそこまで。それにロザリーがいなくなったらお父様とお母様が悲しんでしまうよ」


「それはどうかしら」


 魅了の力で愛してもらっていたのだから、魅了の力がなくなったロザリーを必要とするわけがない。だってロザリーはリンスレッドになれなかったのだから。

 つい口をついて出た言葉に、エミリオは射殺さんばかりに睨みつけ、リンスレッドは眉根を寄せてロザリーを見ている。


「私がいなくなっても大丈夫よ。だって、私はロザリーなのだもの。リンスお姉様じゃないもの」

 

 何年経ってもリンスレッドを追いかけ続けていた両親をロザリーはずっと見てきた。だからこそ、リンスレッドだからこそ追いかけ続けていたのだと知っている。それがロザリーになり代われるわけがないと知っている。


「誰からも愛されるリンスお姉様。お優しいリンスお姉様。でもね、私はリンスお姉様じゃない、ロザリーなのよ?誰が悲しむというのかしら」


 当たり前のようにいうロザリーを、リンスレッドはどこか悲しむような瞳で見るようになった。

 ロザリーはどうしてそんな瞳で見られるのかさっぱりわからなかった。


「ただの石ころは宝石になれないでしょう?ただそれだけの話だわ」


 宝石に見せ掛ける魔法は既にルフェイに取られてしまった。ならばもうただの石ころでしかない自分など、誰が大事にしてくれるというのだろうか。


「ロザリー、あなたは愛されてるわ」

「もう愛されないわ。魅了がなくなったもの」

「違う。違うの。そんなものがなくたって愛されてるのよ」


 諭すように告げるリンスレッドを、それでもロザリーは不可思議なものを見る目でみていた。

 魅了があったから愛されていた。魅了のおかげで大事にしてくれた。魅了で家族になれた。

 それがなくなったのだ。


「まぁ、リンスお姉様はお優しいものね」


 だからこそ美しくて、純粋で、欲しくなったのだとロザリーは対話を打ち切って椅子に背を預けた。

 

 お優しいリンスお姉様。

 無垢で純粋なリンスお姉様。

 誰からも愛されて、みんなを愛して、美しいリンスお姉様。

 羨ましいなと初めて思ったのはいつだっただろうか。


「不愉快だ、お父様、早くこいつを消してください」

「エミリオ!」

「まぁ、待ちなさい。ロザリーを消すと困ることになるのはボク達も一緒なんだ」

「は……?」


 ルフェイの宥める声に、エミリオが意味がわからないとばかりに声を漏らした。

 ルフェイとエミリオ、そしてリンスレッドが話している傍で成り行きを見ていたフィリが紅茶のカップを置いた。


「ロザリー様はもう侯爵家の令嬢として広く認知されておりますわ。それが突然消えたとなれば、ウィンチェスター家はどうなりましょう。立ち直れる力が、果たしてあるでしょうか。レジーが家に戻らなればならなくなる可能性だってあるわ」

「それに、万が一にもロザリーが妖精だったということがわかれば、妖精は人間に影響がないとされていた事が覆ってしまうのよ。そうなるとエミリオ、あなたはもう自由になれなくなってしまうわ」


 それはエミリオとレジーが共にいることが難しくなる未来を示唆していた。通常、妖精は人間に干渉することはなく、ロザリーの存在が異例なだけなのだ。通常であれば起こりえないことが重なり、ロザリーに成り代わっているのだから。

 令嬢がふたりも失踪したとなれば、侯爵家と言えどもなんと噂されるかわかったものではない。養子だって取りにくくなるだろう。

 落ちていくウィンチェスター家を優しいリンスレッドが放っておくことなんてできないと、誰もがわかっていた。


「私は、そんなの……いやだ」

「でも……」


 ふるふると首を振るリンスレッドにエミリオが煮え切らない顔をしているのをただ眺め続けた。額縁の絵を見ている気分だった。

 リンスレッドが考え込み、静かな時間が過ぎる。


「ルフェイ様。ロザリーは……侯爵家に戻します」

「うん。それがいいだろうね」


 肩を竦めたルフェイと、奥歯を噛み締めているエミリオ、そしてリンスレッドは今どんな顔をしているのだろうか。考え込んでいたリンスレッドは俯いていてロザリーからはよく見えなかった。


「とはいえ、このまま返すわけにもいかないからね。いくつか制約をつけさせてもらうよ」

「もう私には何も出来ないのに」


 魅了が無くなった今、ロザリーにあるのは人間の体ひとつだ。

 消滅させられなかったとはいえ、それを喜ぶ気にはなれなかった。魅了のない身で戻ったところで、ロザリーはリンスレッドになれなかったのだ。今なお愛されているリンスレッドではない、ただのロザリーが戻ったところで愛される気がしなかった。


「もう二度と人を傷つけないように首輪をつけさせてもらうよ」

「首輪?」

「うん。ロザリー、君はこれから誰かを害そうとしたとき、その身は炎に包まれるような痛みに襲われる」


 伸ばされたルフェイの手がロザリーの目を覆うようにかざされる。ほわほわとしたものが手からロザリーの体に入り込んでくるのを感じた。


 ――カチリ。……カチリ。


「……?」


 1回ではなく、2回ロザリーの体の中で音が鳴った。

 ルフェイの手が離れたあと、ロザリーがこてんと首を傾げれば、ルフェイが一瞬だけ冷たい視線を見せた。


「……もう二度としてはいけないよ」


 つい、と下がった視線が胸元――心臓辺りに向けられたのを見て、ロザリーは納得した。


 ひとつはルフェイが言っていた通りの首輪だろう。

 そしてもうひとつは、いつでもロザリーを消せるものだ。


 二度としてはいけない。

 それは言い換えれば、次は無いということだ。


 ロザリーはそっと胸元に手を当てた。胸の奥にある心臓は氷が当てられたかのように冷えきっている気がした。


 首輪をつけられ、心臓に枷がつけられた。しかし、それはロザリーにとってはどうでもいい事だった。消されるのが後になっただけなのだとそう思うだけだ。

 魅了が取られて侯爵家に戻されることの方が憂鬱であった。

 魅了を持たない自分が愛されるわけがないというのに。

 リンスレッドではないのに。


「ロザリー」

「なあに?リンスお姉様」


 リンスレッドが顔を上げてロザリーに話しかけてきた。ロザリーを見る視線には、憐れむような色が滲んでいる。首輪をつけられたことを憐れんでいるのだろうか。


「魅了なんてなくても、お母様もお父様も、皆もロザリーを愛しているわ」


 数分前にも同じことを言われて、ロザリーはそれを否定していた。けれど、リンスレッドはまた繰り返してきた。


「ふふ、どうかしらね」


 ロザリーはただそう言って笑った。

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