51.エピローグ
ノクチルカは停滞しているかのように静かな街だ。雪が振り積もった街は、それでも暖かい住民達ばかり。
「レジー。これを明日の朝一でリーガルに届けてもらえるか?」
「えぇ?もう勝手なこと言わないでよ」
「アンからの注文なんだ。許してくれ」
艶めいた濡れ羽色の髪を尻尾のように結んだレジーはウィルからの頼み事に不服そうに見上げた。
「報酬は弾むから、な?」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でつけられ、報酬は弾むと言われてしまえば、レジーは渋々ながら頷いた。
「わかったよ。しょうがないなぁ」
あの後、エミリオと何とも言えない空気になりながらサロンに戻ると、ルフェイが現れていた。パーティーの名目は王女の婚約を祝うものとしてきたようだった。王女は隣国の第三王子と婚約し、近々隣国へ渡るそうだ。何故かエミリオが清々したと言わんばかりの表情をしていた。
そしてロザリーのことについてだが、ロザリーは侯爵家へと戻している。しかし、ルフェイが制約をかけ魅了に属する能力を封じていた。
妖精とは自然に生まれて自然に消えていくもので、自然現象にも似た妖精は人に干渉できるような力は持っていない。けれど、稀に人の強い願いと思いで一時的に力を持つことがあった。ロザリーは強盗に襲われた時、両親から『生きてほしい』と願われたのだ。そして、ロザリーも『生きたい』と願った。ルフェイはロザリーに未練があったのだろうといっていた。それが何かは言葉にしなかったが、きっとルフェイはわかっているのだろう。
結果近くにいた妖精がロザリーの体に入り込み、魅了の能力すらも手に入れた。
ロザリーはウィンチェスター家に引き取られてから、魅了によって誰よりも愛された。しかし、魅了を持ってしても、皆リンスレッドを思う気持ちを奪い取れなかった。それが羨ましかったとロザリーは語った。その愛が欲しくて、リンスレッドを殺せば今度はリンスレッドになれると心から信じていた。
果たしてそれが可能だったかどうかはわからない。
しかし、レジーは両親や皆がロザリーを愛した気持ちが偽物だと思えなかった。実家に帰る気はないレジーはロザリーに魅了を封じさせた上で侯爵家に帰すことにした。両親と皆にはロザリーの素性は明かしていない。
そんなものがなくても愛してくれる皆に、ロザリーもいつか気づいてくれればいいのにとレジーは思っている。
そしてイルメリアに帰ったレジー達は取り残されていたウィルに全てを話した。
「フィリはまだ謹慎中?」
「当たり前だろ」
全てを聞いたあとのウィルの怒りはとてつもなく、夕暮れに話し終えたはずなのにフィリとエミリオは日が変わるまでお説教を受けた。フィリは別途謹慎処分を受けている。1ヶ月近く経つが、解除されないということは2ヶ月は屋敷から出て来れないだろう。
レジーはふるりと身を震わせた。
「あと、これ。出しといてくれ」
「これ……」
手紙には『ロザリー・ウィンチェスター』と宛名が書かれていた。ウィルを見上げれば、涼し気な顔をしている。
「未練があって生きたいと思ったんだろ。それなら、放っておけるわけないだろ」
「そっか」
本当にお人好しだなぁと自慢の友達にへへと笑えば、照れ隠しなのかぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。
ロザリーが身につけていた魅了は『愛されたい』という願いから生まれたものだろうとレジーは考えている。しかし、ロザリーは両親に『生きて欲しい』と願われるほどに愛されていた。だとすれば、他の誰かということだ。例えば初対面で粗相をしても、頭を撫でて許してくれたような誰かかもしれないし、別の人かもしれない。
それがわかった時、ウィルがどうするかはレジーには想像もつかなかった。
「お前もそろそろ返事を書いてやれよ」
「う、うん」
レジーは目を逸らして頷いた。ロザリーを侯爵家に戻す際、レジーは1度両親と顔を合わせている。顔が熔けそうなくらいに泣いていた両親に、レジーも声を上げて泣いた。
とはいえ、既に18歳をとうに超えていること、長く独り立ちしていたことを理由に、実家に帰ることを拒んだ。渋々ながらも両親が許してくれたのは、レジーが家を出た理由を考慮してのことだろう。無事がわかった上に、連絡が取れればいいという事で、今では手紙のやり取りをしている。しかし、最近は忙しさでつい後回しにしてしまっていた。
「じゃ、私は帰るね。エミリオが待ってるし」
「おう、今度飯でも食いに行こうぜ」
家に帰る前に診療所によると、アンが薬草を練っていた。あの日完全に巻き込まれただけのアンだが、エミリオとレジーの雰囲気をいち早く察して「おめでとうございます」と言い、エミリオには「次泣かせたらへし折ります」と圧力をかけていた。頼りになるばかりだ。
ゴーシュ先生と引き取った子供は相変わらずのようだが、それはそれで楽しそうに毎日を過ごしている。
リーガルの伝手で腕の良い薬師を紹介してもらい、今度顔合わせに行くと言っていた。距離が離れているため、週に2度ほどになるだろうが、飲み込みのいいアンのことだ、きっとすぐに1人前になるだろう。
「先生はもしかして全部わかってたんですか?」
「あ?」
相変わらず煙草を吸っている先生からフィリに渡す資料を受け取りながらレジーは問いかけた。いつだって先生は見透かしたようなことを言っていた気がする。
「あのガキについてはなんも。ただまぁ、お前は寂しがりだからな。傍にいてくれるやつのありがたさは俺も知ってる」
「はぁ」
そういう先生はどこか憮然としている。素直じゃない先生は、いつか素直になれるのだろうか。そんな事を思いながら、彼女は察しが良くて聡明ですよ、なんてレジーはいえなかった。
診療所を超えて家の前につけば、灯りは既に灯っていた。レジーの同居人は既に帰っているようである。
「ただいま、エミリオ」
「おかえり、レジー」
リビングではエミリオがお気に入りのソファに身を沈ませていた。疲れているようで、コートをラックに掛けながらレジーはエミリオに話しかける。
「忙しかったの?」
「ジルの腰がまた悪くなりそうなんだ」
「近いうちに先生のところにいかなきゃね」
被っていた帽子をラックにかける。帽子には紫色の造花と、黄色の造花がついていた。真ん中にあるビーズは黒と白だ。イルメリアにある服飾店の女主人がにやにやと笑いながらアレンジしてくれていた。
「ねぇ、エミリオ」
「なに?」
帽子と、そしてエミリオを眺めていると込み上げてくる幸福は何物にも変えられないものだとレジーは思えた。
「ずっと私のそばに居てくれる?」
「うん。だから、レジーも僕のそばにいて」
甘くとろけるような幸福と心地良さにレジーは身を包んた。
お付き合いいただきました方、本当にありがとうございました。
後日活動報告にてなんやかんや書きたいと思います。
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活動報告にて余談や補足UPしました。
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