49.彼女にとって大切なこと
沈黙がふたりの間を流れる、ロザリーは腹を蹴られた衝撃で起き上がる気力は無いのか床に倒れ伏したままだった。レジーは気になることは山ほどあった。
どうしてロザリーの中に妖精がいるのか。
どうしてそれをエミリオが知っているのか。
どうしてロザリーとエミリオが知り合っているのか。
どうしてフィリと隠れてやり取りをしていたのか。
どうして――レジーには何の便りもくれなかったのか。
さっきは思考がとっ散らかっていてまとまらなかったのも、落ち着いてみれば問いただしたいことばかりだ。ただ、何よりも先にレジーは確認しておきたいことがあった。
「このドレスを着せてくれたのは、誰」
離宮にはメイドの姿は見えなかった。眠っているレジーが自分で着替えられるわけもない。となれば、エミリオが着せたとでもいうのだろうか。
「エミリオが着せたの?」
レジーの質問の意図がわからず、ぽかんとしていたエミリオをキッと睨みつければ、ようやく察したのか一瞬にして頬を赤く染めて首を振った。
「……!ちがう!妖精達にやってもらった。僕は見てない」
「本当に?」
「嘘じゃない」
何度も首を振るエミリオは嘘をついている様子はなくて、レジーはほっと胸を撫で下ろした。1年一緒に住んでいた過去があったとしても、同意なしに肌を見られていたら正気ではいられなかった。
「でも、あとでいっぱい聞きたいことあるから」
「うん、わかってる」
遠くでアンがレジーを呼ぶ声がして、視線をやればアンの栗毛色が見えた。そこにはフィリもいるようで藤色のドレスが見える。走り慣れていないフィリは遅々とした速さでレジーの傍まで来た。
「無事でよかったわ、って、」
安堵の息をついたフィリはレジーに怪我がないかを見ていた。その最中ドレスに着替えられていることに気づく。流れるようにロザリーを、そして最後にエミリオを見て頬に手を当てた。悪戯がばれた後のような笑顔を浮かべてフィリは口を開いた。
「私はあとで怒られるかしら」
「そうですね。フィリ、こってりと」
ウィルがこの場にいないのは、フィリの気遣いによるものなのだろう。中身が別物だとしても初恋であるロザリーがこんなことになっている場を見せたくなかったのだ。ウィルがそんなことを望んでいるはずないのに。
「ねぇ、こんなところでいつまでもお話はできないでしょう?どこか部屋は空いてないのかしら」
「それならサロンの方に。後で父上が来る」
小走りとはいえ走ってきたフィリは疲れているようで、腕を組んで訴えた。ロザリーの腕を掴んだエミリオは引き上げるように立たせた。強く握っているためか、ロザリーが眉を顰めている。
「乱暴しないで?」
「エミリオさん、私が運びますから」
駆け寄ったアンがロザリーを横抱きにする。5年経った今でも日々ゴーシュを担いで帰っているアンにとってロザリーは羽根のように軽かった。余計なことをしないように見張っているのか、エミリオがアンのすぐ前を歩いているため、レジーとフィリは後ろを歩く形になる。
「レジー。あなたのそのドレス」
「え、あ、はい」
ひそひそとフィリがレジーに話しかける。エミリオとアンには聞こえていないだろう。ドレス選びの時のフィリの言葉を思い出してレジーが言葉を詰まらせた。
「どうして着替えさせられたかわかるかしら?」
「え……?それは、なんででしょう」
ちらりと見上げればフィリは至極楽しそうに笑っている。そしてまるでこうなることがわかっていたかのようであった。
「あなたが着ていたのが私の色だったからよ。ふふ、男って独占欲が強くて醜いわね」
フィリの父は自身の子供であるフィリやウィルに嫉妬することもあるほどに母を溺愛している。幼い頃から母を父に取られ続けたフィリの言葉には含蓄があった。けれど、そのことを思い出す前にレジーは言い知れない恥ずかしさでカッと身を赤く染めた。そして、それはどこか心地よいものであった。
そこは温室のようになっているサロンで、中ではオリヴィエが紅茶を啜っていた。
「母上、父上はまだですか」
「パーティーには理由が必要だもの。今頃は王女様の婚約でも祝ってるんじゃないかしら」
面倒なことが2つ片付いてよかったわね!とはしゃぐオリヴィエに、アンとレジーがぱちぱちと目を瞬かせた。
招待状にはパーティーの名目は書かれていなかった。だからフィリがいった『あの子のお披露目』という言葉はエミリオのことだと思ったのだ。レジーがフィリを見ると、さっと視線を逸らされた。確信犯だと思うと騙された気分になり、この後のお説教の時間を延長することにした。
「えーと、あなたがフィリで、あなたは……アンかしら」
「妖精王妃様のお目にかかれて光栄ですわ」
「お初にお目にかかります」
アンのことも聞いていたのか、知っていたのか。オリヴィエは楽しそうに手を合わせながらフィリとアンへ綺麗なカーテシーをして見せた。オリヴィエのその姿に、今は平民だという話だが昔は伯爵家だったことを感じさせる。
「そして、あなたがレジーね。エミリオをいつもありがとう」
「ぁ……その、」
最後にレジーの前にやってきたオリヴィエはレジーの手を取って満面の笑みを浮かべていた。それは息子を愛している母の顔で、レジーは両親を思い出し、言葉を詰まらせる。もう何年も会っていないのに、両親のことを忘れた日はなかった。
「……レジーです。お初にお目にかかります」
気を取り直してレジーはオリヴィエと向き合った。レジーのことは、オリヴィエはルフェイから聞いては知っているはずだ。それでもオリヴィエはレジーの名を呼んだ。だからリンスレッドではなく、レジーとして挨拶をする。その事をオリヴィエは快く思ったのか、とても上機嫌だ。
オリヴィエは一児の母とは思えないほどに若く見えた。シミ、皺ひとつなく新雪のように美しい肌に、蜂蜜色のとろけそうなくらいに艶めいている髪はフィリと同じ歳だとしても違和感はなく思える。
それに――月のように煌めく瞳は、魅了するようにロザリーの瞳のように煌めいている。
最終話含めて20時に2話更新します。




