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47.じっと待ってなんていられない

 レジー以外が部屋にいないのだから、沈黙が流れるのは当たり前のことであった。とっ散らかった思考は段々と元に戻ってきて、レジーはふと顔を上げて呟いた。


「なんか、ムカついてきた」


 喜びの感情はそのまま怒りに転じた。

 ドレスは胸のサイズと丈はレジーにぴったりで、間違いなく採寸された後に作られている。そして、レジーは最近頭のてっぺんから足の先まで細かく採寸されていた。となれば、フィリが教えたとしか思えない。つまり、エミリオとフィリはやり取りをしていたということになる。

 のけ者にされていたのだと思うと、ふつふつとした怒りが湧き上がってきた。

 ベッドから起き上がったレジーはベッドの傍に置いてあるミュールに気が付いた。レースで飾られたミュールはレジーの足にぴったりだ。


「エミリオが何をしたいのかわからないけど」


 鍵がかけられる音はしていたが、開くか手をかけてみた。ガチャガチャとした音が鳴り、当然ながら扉は開くことがなかった。この後に何かをエミリオはするようだが、それにレジーを巻き込みたくないのだろうということは推測できる。そのことがひどくレジーをイラつかせた。


「私の足を舐めないでほしいな」


 トントンと足をならした後、レジーは思いっきり扉を蹴りつけた。エミリオは走り回るレジーを見たことはあっても、銀狼や暴漢を蹴りつけた時のことを知らなかった。そう祝福を宿したレジーの足は走り回るだけじゃないことを、エミリオは知らなかったのだ。


「私だってもう譲れないんだ」


 ドゴン!と扉は派手な音を立てて蹴破られた。パラパラと木片が舞う中でレジーは顔を上げる。

 ロザリーがエミリオの色を纏っていたことは何か関係あるのだろう。だけど、皮肉にもエミリオが贈ってくれたこのドレスが、エミリオがロザリーを選ぶことはないと教えてくれる。

 5年間女として暮らしていたレジーは、ヒールのある靴にも慣れていた。


「レジーさん!」


 大きな音を頼りにしたのかアンが名前を呼びながら走ってきた。お仕着せに身を包んでいるアンは薄く化粧がされていてよく似合っている。


「アン!ねぇ、ここはどこ?」

「あぁ、ご無事でよかった。妖精王の離宮だそうです」


 薄々気づいていたことだが、予想は当たっていたようだ。離宮はパーティー会場である王城の隅に作られているそうだ。

 パーティー会場でレジーの姿が消えたことに気づいたフィリはすぐさま待機部屋にいき、アンにその事を知らせた。エミリオの姿も見えないため、フィリはすぐに離宮だと当たりをつけたそうだ。パーティー会場に警備を割いているため離宮は入り口にしか警備がおらず、アンが力づくでねじ伏せてきたらしい。鎧越しに殴りつけても大層な威力を誇る腕力は流石だとしかいえなかった。

 オリヴィエとエミリオの存在を隠しているためか、離宮内には人がおらず、ひとつひとつ虱潰しに探しているうちに大きな音が聞こえたそうだ。おそらくフィリも向かっていることだろう。


「ねぇ、エミリオがどこにいるか知らない?」

「すみません。それは……ここに来るまでエミリオさんは見ていません」


 ふむ、と考えながらレジーとアンはひとまずフィリを待つことにした。エミリオとやり取りをしていただろうフィリは何か知っているはずなのだから。


「レジーさん、そのドレスは?」

「え……あ……その……」


 着てきている服とは違うのだからアンが疑問に思うのも当然の話だった。エミリオが用意してくれたドレスだと言えばいいのだが、いかんせんドレスはエミリオの色になっている。そのことをアンに、誰かに素直に話すのはすごく照れくさく思えて顔が赤く染まった。


「エミリオさんですか」

「う、うん」


 もごもごとして答えられなかったレジーだが、全身を見たアンがエミリオからのものだと気づくのにそう時間はかからなかった。さらに気恥ずかしくなったレジーは思わずうつむいてしまう。


「やはりレジーさんはエミリオさんのことが好きなんですね」

「へっ!?」


 間抜けな声が出てしまうのは仕方ないことだろう。レジーにとってエミリオは大事で大切で、そして傍にいてほしい人だった。その感情が恋だということをレジーは知らないのだから。


「違うんですか?ドレスの事、すごく嬉しそうにしていますけれど」

「そ、そう、かな。そりゃ、ドレスをもらえると嬉しいものでしょ」


 尚も言葉をごまかし続けるレジーを、アンはふっと笑って見遣った。それ以上を語らないアンに、どうしたらいいのかわからなくなる。何を言ったところでアンは聞いてくれなさそうだ。


「今はそれどころじゃ、」

「リンスお姉様?」


 静かな離宮に響き渡る甘やかな声に、レジーは身を凍らせた。後ろを振り向くのがひどく恐ろしい。得体のしれない何かが迫ってくるような恐怖が身を包む。


「まぁ、やっぱり。探しましたのよ、リンスお姉様」


 愛らしい小走りそれは、顔がくっつきそうな距離まで近寄ってきた。ピンク色の瞳にレジーを映して蠱惑的にほほ笑むそれは、そっとレジーの腕に手を添えた。


「会いたかったですわ。リンスお姉様」

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