46.身に纏うあなたの色
陽向で横になっている時のような心地良さがした。次いで、頭をふわりと撫でる感覚はレジーを幸福に包み込んでいた。
この手の感触を知っている気がした。
優しくて暖かくて甘やかなその手は、泣きながら帰ったあの夜に私を慰めてくれた手だ。
一緒にいて欲しいと願ったこの手は確か――。
「エミ、リオ……?」
ふわふわした夢見心地の中で、レジーは少年の名を呼んで目を覚ました。陽光に照らされているところのような心地よさだが、眩しい光が目を刺した。目を細めていると次第に視界が開けてきた。
「おはよう、レジー」
ぼんやりと意識が浮上したのと同時に、声がかけられた。声を辿るように頭を傾けると、白い髪に月色の青年がレジーを覗き込んでいた。目が合うとふっと笑う青年が誰かなんて問う必要なんてなかった。
「……!エミリオ!」
跳ね起きたレジーは目の前にいた青年を改めて眺めた。5年前からさらに伸びている身長はレジーよりも大きい。雪のように白い髪は光に煌めいている。中性的だった丸い瞳はやや細くなり白いまつ毛で縁取られていた。知っているはずの少年は、レジーの知らない青年に変わっていた。けれど、その人はエミリオで間違いないとレジーはわかっていた。
「うん。僕だよ」
「どうして、なんで?」
パーティーはまだ行われているはずで、エミリオがここにいるはずがない。混乱しているレジーはエミリオに縋るように袖を掴んだ。
「ごめん。今は話せない。後で話すから」
ベッドにレジーを戻すように、エミリオは肩に手を置いてそっと倒してきた。ぽすり、とベッドに身を任せれば頬を指先で撫でられる。触れる手も、触れられる手もここにいるエミリオは夢じゃないのだと教えてくれた。
「エミリオ。エミリオに話したいことがあるの」
腕を掴んでいた手をエミリオの頭に伸ばす。見違えるほどに成長したエミリオだが、ふわふわとした髪質は変わっていなかった。レジーの言葉を聞いた途端、目を丸くしたエミリオはまるで信じられないことを聞いたようだった。こみあげる愛おしさに、抱きしめたくなる。
「僕も、レジーから聞きたいんだ」
「待って!ちょ、……!」
嬉しそうに笑ったエミリオは、そのまま部屋から出ていこうとした。咄嗟に腕を掴んだが、そっとその手を外されてしまった。ひとつひとつが優しい手つきのそれに戸惑っているうちに、エミリオが部屋から出ていってしまった。
ガチャリと鍵の閉まる音がした。
どれくらいそうしていただろうか、のそりと身を起こしてレジーは部屋を見渡した。陽光のような光は窓から差しているようだった。多くの観葉植物が置かれていて、部屋の中のはずなのにまるで自然の中にいるようだ。
「え?」
ふと見下ろしてみると、レジーは白く美しいドレスを身に纏っていた。シルクのように美しい生地のドレスはレースと刺繍で装飾がなされている。露出を抑えられているものの、デコルテが開いていた。フィリが身に纏えば胸が溢れだしそうなものだが、レジーの体型では綺麗にまとまっている。装飾の刺繍は胸元から裾に至るまで綺麗な草、花、そして月を模したものが刺されていて、レジーは顔が真っ赤になる。
これではまるで――。
誰が着せたのかとか、着ていた服はどうしたのかとか、考えることはたくさんあるはずなのに、レジーは枕に顔を押し付けて悶えた。身を包む喜びはレジーが体験したことのないもので、感情をどうしたらいいのかさっぱりわからない。叫びだしたいような、それでいて噛みしめていたいようなこの感情はいったい何だというのだ。
「エミリオの、バカ……」
突然の再会で、なんの説明もなく、少しも話ができなかった。
やっと会えたというのに、5年間ずっと忘れられなかったというのに。
先ほどまで近くにいたエミリオを思い出しながら、うぅ、と枕に顔を押し付けて唸り声をあげた。
□■□■
妖精王の離宮にある一室。温室のようになっているサロンではオリヴィエがひとりでお茶を楽しんでいた。ルフェイと共にパーティに参加することができないことをつまらなく思うが、オリヴィエの選んだ道であり、後悔はなかった。
「エミリオもバカねぇ。大切なら守っているだけじゃダメだというのに」
大切な人と一緒にいるためには時に選択を迫られるとオリヴィエは理解していた。オリヴィエはルフェイと共に歩むことを決め、実家に廃嫡してもらっている。大喧嘩の末に廃嫡された時には修復不可能なほどに両親と決別していた。
「それに、あの子が大人しく待っているだけの子とは思えないのだけど」
首を傾げながら独り言で話し続けるオリヴィエは、それでいてとても楽しそうである。
「だってそうじゃないと、一緒にいられないもの」
ルフェイが無理に引き離したことについては、しっかりとお仕置きを与えたが、無意味なことだったとはオリヴィエも思っていない。エミリオがハーフだったとしても、妖精と人間ではそのあり方が大きく違うのだから。
半分人間をやめているオリヴィエは呟いた。




