45.パーティ
そして迎えた当日。
フィリはレジーにべったりとくっついているおかげで、男が寄ってくることはなかった。腕に当たる膨らみの柔らかさに、サラシで潰されている自分の胸があまりにも貧弱に思える。そして予想通りフィリのドレスは注目を浴びており、子爵令嬢や男爵令嬢が声をかけてきた。イルメリアのドレスだと告げ、後日紹介状を送ることを約束している。メモしているわけでもないのに、次々と名前を憶えていくフィリにレジーは感心した。
「ところで、そのお方はどなた?」
「お初にお目にかかります。レジーと申します。ウィル様と懇意にさせていただいており、フィリの本日のエスコートを頼まれました」
仕込まれた挨拶に、作り笑いを浮かべると目の前の令嬢はポッと頬を染めた。よくお喋りをしているので体が暖まったのだろうか。
「今日はウィルが都合つかなかったの。だから急遽来てもらったのよ」
自然な流れでフィリに手を掴まれ腰へと誘導される。見ている側にはレジーが腰に手を当てようとしていて、フィリは手を添えているように見えていることだろう。そのままフィリはレジーに身を寄せた。蜜月かのようなふたりの距離に、令嬢たちは小さく黄色い声を上げる。
少々どころではないくらい、やりすぎではないかとフィリを見れば、フィリが視線で令嬢のその向こうを示した。そこではドリンクをふたつ持った一人の男性がちらちらとレジー達を――フィリを見ていた。
「お呼びじゃないのよ」
扇で口元を隠しながらレジーにしか聞こえないような小さい声で、尚且つ冷たい声色にレジーは乾いた笑いが出た。話し終えた令嬢たちと別れたレジー達はそっと会場を見渡した。
妖精王の名で行われているパーティーはルフェイの意向により貴族の階級による優劣はされていなかった。それはルフェイがこの国の貴族社会におもねることは無いという意思表示だろう。入退場のタイミングも自由になっていて、中に誰がいるのかはわからなかった。
「テラスに行きましょう。レジーも疲れたでしょう?」
フィリの誘いに乗り、レジー達は静かにテラスへと移動した。テラスには先客はおらず、フィリとレジーは窓辺に身を預ける。夜風が会場の熱気にあてられた体を冷ましてくれる。一息ついたフィリにレジーは飲み物でも取ってこようかとしたとき、にゅっとドリンクが差し出された。
「やぁ、フィリ。君がウィル以外のエスコートで来るなんて珍しいね」
「よければそこの美丈夫を俺たちに紹介してくれないかな?」
濃い灰色の髪に藍色の瞳の青年と、橙色の髪に灰色の瞳をした青年がフィリとレジーにドリンクを差し出している。音もなくあらわれた2人に驚いたレジーだったが、そのふたりをレジーはどこかで見た気がした。
「グレイ、リーガル……」
とてつもなく嫌そうな顔をしているフィリの顔から、この2人は旧知の間柄なのだろうとレジーは察した。2人は品定めするようにレジーをじろじろと見ている。
「ん?」
「おや?」
2人同時に何かに気づいたのか、納得したように頷いて見せた。その様子に、フィリは額に手をあててため息をつく。隠していたものが見つかった時のような諦めに似たため息だった。
「レジー。バノラとティキニカの領主子息よ」
腕を組んでいるフィリは2人をレジーに紹介した。レジーはなるほど、と理解した。配達業をしていた時、2人に手紙を届けたことがあったのだ。フィリのように本人が受け取りに来ることはなかったが、時折見かけたことはあった。
「まさか配達に飛び回ってた少年が少女だったなんて驚きだね」
「男嫌いのフィリがウィル以外のエスコートなんて何事かと思ったけれど、そういうことだったか」
「レジーです。その節はお世話になりました」
すべてお見通しのようで、レジーは苦笑いしながら腰を折った。グレイとリーガルはレジーとフィリの前に立っているため、フィリがどれだけ嫌そうな顔をしていても会場からは見えないだろう。その事がわかっているようでフィリは取り繕うともしていなかった。
「ほんと、あなたたち目聡いわね。レジーが女だってどうしてわかったの?」
「俺たちを侮ってもらっちゃ困るよ。君に寄りつく虫をどれだけ払ってきたと思ってるんだ」
「そうさ。俺たちが認めないと君はやれないね」
半目で2人を見ているフィリはしっしっと虫を払うように手を振った。グレイとリーガルはフィリとウィルの学友だと聞いている。そうであれば、グレイとリーガルも良い年齢のはずだ。けれど、2人にはパートナーの姿が見えなかった。
「フィリが婚約者を決めてくれれば俺たちも腹を決めることができるんだけどな」
「あらそう。一生決まらないんだからさっさと諦めて頂戴な」
どうやら2人はフィリに好意を抱いているようであった。レジーがバノラとティキニカへの挨拶を聞いたとき、食い気味に「いらない」といった理由がわかった瞬間である。冷たくされても楽し気にしているグレイとリーガルを見ながら、フィリの男嫌いが治らないのはこの2人のこともあるんじゃないかと思えた。ウィルも気づいていそうなものだが、こればかりは目をつぶっているのだろう。誰かを思うのは自由だ。
「時にフィリ、君の街で最近薬師を目指している女の子がいるそうじゃないか。良ければ薬の材料を融通してあげたいと思っているんだが?」
「それは願ってもないことだわ。レジー、申し訳ないのだけど数分だけここで待っていてくれるかしら?すぐに話しを終わらせてくるから」
リーガルの提案にフィリの瞳がきらりと光った。フィリの仕事を邪魔するつもりはなくコクリと頷けば、3人は併設されている小部屋へと向かっていった。グレイもついていく必要はないのでは、という疑問は口に出さなかった。
「ふぅ……」
グラスを傾けて華々しい女性と男性達で溢れかえる会場を眺める。社交デビューもせずに実家を出たレジーは、母とフィリから聞いたことしか知らない。幼い頃は美しく着飾る母に憧れ、社交デビューが待ち遠しかったと思い出に浸る。
レジーもドレスを着てみたいという少女の頃からの夢は未だ持っている。フィリのドレスを選んでいる時はいくつかのドレスに目を奪われたものだった。
目的であるエミリオはおそらく後ほど大々的に出てくるのであろうとぼんやりとしていたレジーは見覚えのある色を見つけて固まった。
金糸雀色の髪に、特徴的なピンク色の瞳。
もう随分と会っていなくてもその色で誰かはわかった。
「ロザリー……」
カタカタと震える指先は、ロザリーの全身を見てさらに凍り付いた。グラスを落とさなかったのが救いだった。
立派な1人の女性となったロザリーは金糸雀色の髪を結い上げ、ふんわりとしたドレスに身を包んでいる。そして、そのドレスは白い生地にびっしりと草花を模した刺繍が施されたものであった。
音が遠く聞こえてくるほどに気が遠くなり、固まっているレジーは、カーテンの影から現れた青年に気づかなかった。
「レジー」
名を呼ばれた気がした。
それを確かめようと思ったときには、目の前が真っ暗になり意識がストンと落ちていた。




