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43.いくじなしふたり

 その日は5年間繰り返している日常と変わらない日だった。朝起きて、お仕着せに身を包み、メイド業の傍らフィリが呼んでいる家庭教師と勉強をする。実家にいた頃から得意だった刺繍は家庭教師にも評判がいい。そしてアフタヌーンの時間になり、サロンへと移動した。この時間はフィリに紅茶を入れるのが当たり前となっていた。

 

「ねぇ、レジー。王都のパーティの招待状がきたの」

「はぁ」


 お仕着せに身を包み、きっちりと仕込まれた手際で紅茶をいれながら、ちらりとフィリへと目を遣る。目を細め、頬に指をあててほほ笑んでいるフィリはろくなこと考えてないということは明白だった。


「一緒に来てくれるわよね?」

「一応聞きますけれど。メイドとして、ですよね?」


 王都のパーティの招待なんて珍しいものではないはずだ。それをレジーに告げ、そして同伴を求めてくるのは不可解に過ぎる。フィリはレジーの事情を知っているのだから。何か意図があることは明白だったが、抵抗とばかりにフィリに問う。

 

「何を言っているの、私のパートナーとして、よ」


 笑顔で言われて、レジーはひくっと口の端を震わせる。エスコートを求められるような場ではフィリはウィルを連れて行っていた。ウィル自身も婚約者がいないため、お互い都合がよかったのである。

 

「私の初恋の人、お願いを聞いてくれますでしょう?」

「あの、拒否権は」

「ないわ。それにあなたにとって悪い話ではないのよ」


 ピッと取り出した招待状についている蝋印は、草花を模した紋章がされている。それはこの国で王族と肩を並べる妖精王のものだった。蝋印を見たレジーはずくりと胸が痛む。

 ルフェイはあの日、エミリオを公の存在にするつもりはないと言っていた。ルフェイがこの国にいるのはルフェイとアレクの誓いによるものだからだ。5年間、その状況は変わっておらず、妖精王の息子について一度も明かされたことはない。そしてルフェイが公の場に顔を出すのは、祝福を撒いた後に行う建国パーティーの時のみである。

 そのルフェイがパーティーを開くというのであれば、考えられることはひとつだった。


「――あの子のお披露目でしょうね」

「で、でも、そこには、」

「えぇ、あなたの実家も来ることでしょうね。だから私のパートナーとしてと言っているのよ」


 ロザリーが来ることも予想されるが、フィリからの笑顔に気圧されて頷きながら、レジーは胸に手を当てた。

 パーティーに行けばエミリオを一目でも見ることができる。そう思えば先ほどまで痛んでいた胸はほわりと陽光に照らされたように温かくなった。

 会えるんだ。話が出来るかもしれない。

 それだけで、レジーは信じられないほどの喜びを感じて、ほわりと微笑んだ。


 □■□■


 オリヴィエが住んでいるカフェにある私室で、エミリオはソファに深く身を預けていた。手には一通の手紙が握られており、女性らしい文字で「フィリ」の名前が書かれている。5年前少年だったエミリオは、当時よりもさらに身長を伸ばしスッと高い鼻、そして薄く形のいい唇を持った青年へと成長していた。見目の良さはそのままで、カフェに来る女性客から告白されることもあった。


「またフィリ様に『意気地なし』って書かれてたのですか?」

「……」


 使用人の性とは悲しいもので、自然な流れでエミリオの前に紅茶を置くロイドがいた。ちらりと視線をやると、5年間で随分と気安くなったものでロイドが肩をすくめてみせた。


「会えるものなら会ってるっていうのに」


 ルフェイが一時エミリオを隠したおかげで、強引に王女とエミリオを婚約させようという動きはなりを潜めた。今度は隣国にでも隠されようものならたまったものではないからだ。王女も20歳になり婚約者を決められたようだが、変わらずエミリオに執着しており、侍従にならないかと声をかけてくる。

 そんな中エミリオが会いに行けば王女が何をしでかすかわからない。というのは言い訳に過ぎないというのはフィリとロイドは気づいている。もし王女がレジーに手を出せば、エミリオの逆鱗に触れるかもしれず、王女は謹慎となるだろう。

 

「お嬢様なら受け入れてくれますよ」


 ぐっと口を引き結んだエミリオはロイドから目を逸らした。エミリオはレジーに拒絶されるのが怖かった。王子ふたりのように『人間もどき』と揶揄されるかと思うと臓物が冷えて固まる。

 呆れたようにロイドにため息をつかれた。5年間ずっと繰り返しているこのやり取りは、ついぞ進歩することはなかった。


 5年前、ロイドが訪ねてきてレジーの話を聞いたエミリオは1度だけ王都でフィリと会い、報酬を支払うかわりに定期的にレジーについて手紙で報告してもらっている。時折レジーに服を贈っているのはエミリオである。

 ロイドも侯爵家での仕事の傍ら、時折オリヴィエのカフェに通い、ロザリーと侯爵家について報告しているのだった。


「時間ですよ」

「うん。わかった」


 ソファから立ち上がったエミリオは上着を羽織、姿見の前で身だしなみを整えた。仕上げにキャスケット帽を被ったエミリオはカフェを後にする。シェーネの葬式の時にレジーと1度会ったというロイドはキャスケット帽を被っている意味を知っていた。

 エミリオがレジーに会わない理由は王女のことがあるが、それよりも己のうちにある思いによるものが強い。

 5年前、ただレジーと一緒にいたいと思っていた。引き離されて、その思いは強くなる一方だ。フィリからの手紙を読む度に自分がその場にいないこと、そして何よりも、いつもレジーのことは人から聞くことばかりということにほの暗い感情が芽生えている。

 

 会いたいと思う。話したいと思う。そして自分だけの――。


 エミリオはただ、恋と呼ぶには重く苦しい感情を持て余していた。


 だってそうだろう?

 

「こんにちは、元気にしてた?」

「エミリオ様!今日もお会いできて光栄ですわ」


 目の前の薄茶色の髪に、ピンク色の瞳をしている女を見るとどうしてやろうかとしか思えないのだから。

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