42.わからないことがわかった
当初、女に戻るとリンスレッドの頃を思い出すのではないかと思ったものだがメイクを施し、女物の服に袖を通して髪をゆいあげれば、リンスレッドの面影はあるものの違う人間のように思えた。5年という月日の長さを実感した瞬間でもあった。
「お待たせ、ウィル」
「いや、今来たところだ」
メイド仲間が呼びに来たあと、ウィルの私室へと向かった。ウィルはノクチルカの皆に領主の息子であること、そして代行として領地経営をしていることを明かした。ノクチルカの人々は薄々勘づいていたようで特に大きな驚きはなく、暖かく迎え入れられている。今はイルメリアに住みながらもこまめにノクチルカへ通っていた。社交の時は王都にも顔を出しており、中々多忙を極めている。
「王都はどうだった?」
「特に変わりはなかった。これ、土産」
ウィルが差し出してきた箱を開けると中にはスミレの花弁を砂糖漬けにしたものだった。子供の頃、父が花を模したお菓子を買ってきてくれた事を思い出し、ピシリと一瞬固まったものの、ウィルは気づかなかったようだ。
王都では妖精王が住んでいるということで花を模したものが作られる傾向があるので仕方ないところでもあった。
「ありがと」
買ってきてくれたことは嬉しく、箱の蓋を閉めて隣におく。王都に行く時はこうしてお土産を買ってきてくれることが多く、ちょっとしたレジーの楽しみになっていた。
「で、本題だが。ロザリー様のことについて、引き取られる前のロザリー様のことを知っている人と会ってきた。最近で交流があったという令嬢とも」
「それで?」
5年前からウィルはロザリーのことについて調べていた。そこで得た情報はレジーも教えてもらっている。5年間でわかったことだが、ロザリーの家が襲われた時、ロザリーは傷一つない状態で両親の死体と共に気絶していたらしい。家は荒らされ、金目のものが盗られていたことから物取りであることは確かだった。襲われた時のことを覚えていないというロザリーに、周囲は幼い子まで手を出さなかったか、襲われた時ロザリーは家にいなかったのだと判断された。
「今のロザリー様と昔のロザリー様で性格が違いすぎる。ただ、保護されたロザリー様は本人に間違いないそうだ」
ふたりは顔を見合わせた。ウィルの話から予想は出来ていたことだったが、いざその事に気づくと訳が分からなかった。
「誰かが成り代わったってこと?」
「いや、見た目はロザリー様なのは確かだそうだ。あの辺であの髪色と目の色は珍しい」
ロザリーの母は隣国からアカデミーに交換留学していた生徒で、ピンクの瞳は隣国特有のものだという。そしてその血を継いで、ロザリーはピンク色の瞳をしている。
誰かが成り代わるには困難に思えた。
「うぅん。体はロザリーで、中身は誰か別の人……そんなことあるの?」
「さぁな、ただ、そうとしか思えないが……」
それにしたって、保護された時外傷ひとつないことが気がかりではあった。ふたりは色々仮説を上げてみたが、いずれもピンとくるものはなかった。
「手詰まり、かぁ」
「手詰まり、だなぁ」
両手を上げて、まさにお手上げのポーズを示したレジーとウィルはソファに身を沈めた。
「あ、そうだ。アンのとこにいる子、元気にやってるみたいだよ。どうにか最近力の使い方わかったって」
「お、そりゃよかった」
昨年のことだ、ノクチルカにまた祝福持ちの男の子が流れ着いた。アンはゴーシュの跡を継がずにシェーネが残していった薬師の教材を元に薬師を目指し始めていた。
一環として森の入口で薬草を採取していたアンは、倒れている少年を拾った。
その少年はイルメリアに住んでいた少年だが、ある日祝福に目覚めたらしい。だがしかし、両親は少年を売りに出す計画を立て始めたという。少年はその会話を耳にし、家を飛び出してきたそうだ。
不条理が許せないアンは少年を引き取り、ゴーシュと共に3人で暮らしている。ゴーシュがあの性格なため衝突はしているようだが、幸い少年はアンの言うことをよく聞いておりなんとかうまくやっているようだ。
「ノクチルカには祝福持ちが集まる何かがあるのかな」
「これ以上集まると色々手に負えなくなるから勘弁して欲しいところなんだが」
良くも悪くも、祝福持ちは注目を浴びやすい。ノクチルカで3人も抱えているというのはそれなりに社交の場で話に上がりやすく、養子を申し出てくる貴族もいて、フィリとウィルは対応に出ることもあった。
紅茶を飲みながら話は最近あったことを中心に雑談へと移行していった。
ここ5年間令嬢に施されるような教育とメイドとしての仕事が詰め込まれているレジーには息抜きになる時間である。
「それにしても、レジーもだいぶ見違えたな。昔の走り回ってた少年とは思えない」
「フィリにだいぶ矯正されたからね……」
矯正という言葉は正しいだろう。平民として、そして少年を意識して生きていた2年間でレジーは令嬢としての所作を忘れかけていた。大声を出すこともあれば、大股で歩くこともあるし、急いでいると走るクセもついていた。そのひとつひとつを5年間で大分矯正されたものだ。
「それでも私は私だよ」
「あぁ、レジーは俺の友達だ」
顔を見合わせて2人してふっと笑う。白い少年がいなくなって今も苦しいけれど、レジーが過ごせているのはウィルやフィリ達のおかげだった。
そして翌日、レジーはフィリに王都への同伴を求められることとなったのだった。
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