40.我儘な女
それは突然の事だった。
朝一番にレジーの家を訪ねてきたウィルは、泣き腫らしているレジーの顔をみて辛そうな顔をしていて、レジーも困ったように笑ってしまった。
「悪いが、このまますぐにフィリの屋敷にいく。用意してくれ」
「?うん。わかった」
エミリオのお気に入りのソファで帽子を抱えて泣いていたレジーはそのまま寝てしまっていた。重い頭のままでは何も考えられず、言われるがままにシャワーを浴びて用意した。エミリオが残していった帽子を手放したくなかったレジーはフィリの屋敷に行くのなら、と帽子を持ったまま家を後にした。
家の前にはアリアトラシュ家屋敷所有の馬車が停まっていて、レジーは目を丸くした。
「え、なに。なに、ほんとなに」
正体を明かしたと言ってもレジーは女物の服を持っていないため、いつもの男装に女物の帽子を持っているというちぐはぐな格好のまま、馬車に乗せられた。
「説明は後でフィリからするが、ひとまずレジーはフィリのメイドになってもらう」
「なんで?」
乗合馬車よりも何倍も乗り心地はいいのに、事情がさっぱりわからないレジーは屋敷につくまで落ち着かずにいた。
ここ数日何回来たかと思うほど、足繁く通っている屋敷についたレジーはいつも通り応接室へと通された。応接室にはフィリが先に待っていて、向かいのソファへと促される。
「朝食は食べたかしら?軽食で良ければ用意させるわよ」
「まだですが……その、先に何があったのかを教えてもらえませんか」
レジーの言葉を無視して、フィリがメイドにひと声掛けた。メイドはそそくさと応接室を出ていく。軽食を用意しにいったのだろう。数分後、パンとコーンスープ、サラダ、キッシュがレジーの前に置かれる。
「さ、召し上がってちょうだい」
勧められるがままに暖かなスープを口にするとグゥとお腹がなり、顔を赤らめる。その様子にフィリはくすくすと笑って眺めてきて、レジーは照れ隠しも込めてさらに食べ進める。
「レジーが帰ったあと、改めて手紙が来たの」
取り出された手紙に王族が使う封蝋が施されていた。中を開くことなくテーブルに置いたフィリはそのまま話し続ける。
「ノクチルカにしばらくの間王都から使者が駐在するそうよ。まぁ、ひと月ほどいれば気が済んで帰るでしょうけど」
エミリオの存在がどのように街に伝えられているのか把握するためだと思えた。腕を組んでため息をついたフィリはそのまま話を続けた。
「おそらく問題はないと思うけど、レジーをあまり見られたくはないわ。だから、私の目の届くところにいてもらえるかしら」
「……良いのですか?」
フィリの初恋はレジーだったと知ったのは昨日のことだ。その証拠にフィリの目元はいつもよりも濃く化粧が施されている。女であると告げ、結果としてフィリを振ることになったレジーは視線を下げた。
「ねぇ、レジー。私ね、我儘な女なのよ」
「……?は、はぁ」
顔を上げるとフィリがにっこりとした笑顔でレジーを見つめていた。
「だから、私は好きになった人を不幸にすることはしないの。それどころか守って幸せにするんだから」
ぱちくり、と目を丸くしたレジーは、次の瞬間にはふにゃっと笑った。我儘な女を自称するフィリは、花のように笑っている。
「それに、レジーは俺の友達なんだ。それくらいわかってろ」
目の前の兄妹に、涙が浮かびあがる。昨日流していたようなものではなく、暖かな涙はぽろぽろと零れ落ちていく。
エミリオがいなくなってひとりになったと思った。また、レジーの傍から人がいなくなったと。それは間違いだったのだ。
「ありがとう。ふたりとも」
涙を拭いながら見上げると、ふたりとも頬を染めていて、レジーは首を傾げることとなった。
今後について、2人からどうするのか、ということを問われたレジーは悩んでしまい答えられなかった。少し前であれば、どこかに移り住むことも考えられたが、今は離れたくないほどだ。
「それならずっと私のメイドでいてもいいのよ?むしろそっちの方が私も助かるわ」
ひとまずは1ヶ月、ということもあり考えさせてくださいとだけ返す。おそらく言葉に甘えることになるだろうと言うことはレジーも思っていた。
「ノクチルカの皆には、レジーをフィリの侍従候補にするって話にしておくか。そういえば、アンとゴーシュ先生は知ってるのか?」
「うん。だからアンと先生には知らせておきたいな」
いきなりノクチルカから姿を消したとなれば、特にアンは心配するだろう。今までお世話になっているアンには話しておきたかった。
「じゃあレジー。早速だけど、」
「ふぃ、フィリ?」
にっこりと笑顔を深めたフィリは、テーブルに置いていた鈴を鳴らした。するとメイドが数人応接室へと現れる。見た事のあるメイド達はレジーを取り囲んだ。まるでこれからどこかに連行されそうな雰囲気である。
「その様子だと女物の服は持っていないのでしょう?それに長年お肌の手入れもしてないんじゃない?」
至極楽しそうなフィリと肩をすくめるウィルに、レジーはたじろいだ。フィリの言っていることは当たっている。陶器のように白く美しい肌のフィリと、手入れもろくにされていないレジーの肌は天と地ほどの差がある。
「私のメイドだもの、妥協は許さなくてよ」
数人のメイドに手を引かれ、応接室から消えていったレジーの悲鳴が屋敷に響き渡った。




