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39.キミの痕

 ウィルはロザリーに出会った時のことを話し始めた。ノクチルカで行われる狩猟祭では、肉は備蓄や宴に回すとしても毛皮が余ってしまう。そこでロザリーの商会で取り合って貰えないかというものだった。

 半年間雪が積もるノクチルカで捕れる獣は、雪のように白く手触りは滑らかな上質なものだ。しかし、行き来が不便なため買い手に値切られることばかりだった。アカデミーを特待生で入学し優秀な成績を収め、その後は侯爵家とも親交が深いというロザリーの両親が営む商会へと商談を持ち込むこととなった。

 その時、ウィルとフィリは翌年には16歳になり、アカデミーを卒業するというのに婚約者の1人もいなかった。ウィルの母は自由恋愛を推していたが、父は早々にウィルに婚約者を決めてアカデミーを卒業後、領地を継がせるつもりであった。商談の場にウィルを連れていったのもロザリーと顔を合わせるのが目的だ。


「ある意味真っ直ぐな父さんだよ」

「う、うん」


 現実はウィルとロザリーは婚約しておらず、それでも代行として領地経営を押し付け、母と悠々自適の旅行をしているのだから、レジーはウィルに同情してしまった。


 商談の場にはもちろんロザリーがいた。

 薄茶色の髪に、甘く蕩けるピンクの瞳、そして人形のようにパーツのひとつひとつが整っている姿。とはいえ11歳の少女で、日々フィリに見慣れているウィルは愛想よくするだけであった。父の思惑は充分に理解していたものの、無理強いすることはないだろうと思っていた。

 父の商談の傍ら、ロザリーの相手をすることとなったウィルにロザリーは言ったそうだ。


「愛想笑いが気持ち悪い人だわ」


 アカデミーでウィルは見目の良さと面倒見の良さからそれなりに人気のあったウィルは、目の前の11歳の無垢な少女から言われ、目を丸くした。

 ロザリーの父が飛んできたものの、ウィルの父は感心したように「聡明な子ですね」と返してその場は何事もなく終わった。商談も丸くまとまったそうだ。

 翌日、王都に一泊していた父の見送りに出たウィルの元に、ロザリーが現れた。どうやら商談の際に聞いていた話を頼りに、朝も早くから会いに来たそうだ。


「昨日は失礼なことを言ってごめんなさい」


 あの後両親に怒られたのか、しゅんと頭を下げる幼い少女の姿についフィリにするように頭をぐしゃぐしゃと撫でてしまった。まん丸の目をパチクリとさせたロザリーにやってしまったと思ったものだった。


「あー、すまない」

「……ううん。私あなたに撫でてもらうの好きだわ」


 そう言ってにっこりと笑ったロザリーの笑顔は無垢で愛らしかった。その時から、ウィルはロザリーに恋をしているのだという。しかし、この時のウィルに初恋の自覚はなかったが、アカデミーへと戻ってもロザリーの笑顔が忘れられない姿にフィリが「初恋じゃないの?」と言われようやく自覚した。アカデミーを卒業後、婚約を申し出ようとして、ロザリーに不幸が訪れた。

 平民だったはずのロザリーは侯爵家のご令嬢となり、手の届かない存在へとなったのだった。


「だから俺の知ってるロザリー様とレジーの言うロザリー様が一致しないんだ」


 確かにウィルが話すロザリーはウィンチェスター家のか弱いロザリーではなかった。


「でも両親が殺されてるんだよ?ショックで気弱になってしまうのも無理ないんじゃない?」

「それでも、ロザリー様がレジーを襲うようなやつじゃない」


 あの日、レジーの髪に頬擦りをしナイフを手にしていたロザリーを思い出し、ぶるりとレジーは身を震わせた。


「そもそも、なぜロザリー様だけが生き残ったんだ?外傷は?」

「私も詳しくは聞いてないからわからないよ。外傷はなかったと思うんだけど」


 ウィルとレジーは顔を合わせて首を傾げた。途端に、ロザリーという存在がわからなくなる。ウィンチェスター家に引き取られ、愛されているあの少女は――一体誰だと言うのだろうか。




 いくら考えても答えは出なかった。ウィルはロザリーの両親に起こったことを調べておくと言い、帰って行った。

 ウィルが帰り、ひとりになったレジーは先程までウィルと話していたロザリーのことについて考えてしまう。しかし、考えたところで答えが出てこなくて、ひとまず何か飲もうとキッチンへと向かった。


「エミリオも飲……、なんて」


 目の前にエミリオのマグカップが置いてあり、無意識にでた言葉。振り返ったところで白い少年はいなくて、レジーはキッチンに立ち尽くした。考えていたロザリーのことなんて頭から吹き飛んでいる。

 きっとウィルはレジーが家に帰りたくない理由に気づいていただろう。たった1年、それだけの期間でこの家にはエミリオが住んでいたという跡は多く残っている。

 レジーはそれを感じたくなかったのだ。エミリオがいなくなったということを実感したくなかったのだ。


「ねぇ、エミリオ。私、エミリオに話したいことが、あったんだよ」


 あんなに泣いたのに、レジーの瞳からまた涙がこぼれ落ちてきた。

 飲み物を入れるつもりだったのに、レジーはエミリオが気に入っていたソファへと腰を下ろした。冷えた座面ですら、エミリオがいないことを突きつけてくる。

 ぐずぐずと泣いていると、2人がけのソファにぽつんと置かれたものが目に入った。


 それは紫の造花がついている、いつか帽子屋で見た帽子だった。

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