38.少年と使用人
応接室には寝起きのエミリオを思ってか、軽食が用意されていた。目を見開いて驚きを隠せなかったエミリオに、ロイドと名乗った男は紅茶を用意しはじめた。オリヴィエのことだから余計な礼儀は不要だと話していそうなものだが、使用人の性なのだろう。紅茶をエミリオの椅子の前に置くと警戒をとくために、柔らかく微笑んだ。我に返ったエミリオはそのまま椅子に腰かけたのをみて、ロイドは静かに口を開いた。
「お嬢様とは時折手紙のやり取りをしていました。その中にエミリオ様のお話はよく出てきていましたよ」
「レジーが?」
「えぇ、エミリオ様がいてくださってよかったです」
むず痒い気持ちが胸に込み上げてきて、唇を尖らせて誤魔化した。そして一息ついたあと、ロイドはエミリオにリンスレッドのことを語って聞かせた。侯爵家の令嬢であり、天真爛漫で両親にも屋敷の皆にも愛されて育ったこと。
思い出話にも似たその話を聞きながら、レジーのことはいつも誰かから聞くばかりだと気づく。それはとても寂しいことのように思えた。エミリオ自身がレジーのことを何も知らないと言うことにほかならないからだ。
やがて話はロザリーが引き取られてからのものに変わった。
「不思議なのです。奥様と旦那様は人が良いですが、何よりもお嬢様を大事にされていました。例え友人の子を引き取ってこようとも、決してお嬢様よりも優先されることはないでしょう。なのに、私がお屋敷へ戻ったとき、奥様と旦那様はお嬢様よりもロザリー様へ関心を向けていました」
ロイドが休暇を終えて侯爵家に戻るとレジーの両親はおろか、使用人とメイドまでもロザリーに目をかけていた。引き取ったばかりと言うことを差し置いてもそれは異質だという。好意を無下にするようなことなど、あってはならないはずなのだ。
「お嬢様がロザリー様に襲われた時も、皆ロザリー様を信じるばかりでお嬢様は悪夢で動転していると思い、ロザリー様を疑いもしませんでした。その為、私はお嬢様の失踪を微力ながら協力しています」
レジーは時折誰かに手紙を書いていた。その宛先はロイドだったと聞き、少しだけどんよりとした気になったが、気分のいい話を聞いているわけじゃないからと結論づける。
話し終えたロイドは、最後に姿勢を正してエミリオを見つめてきた。
「エミリオ様、どうかお嬢様をお救いいただけませんか」
懇願にも似た願いに、エミリオは息を飲んだ。しかし、エミリオはすぐに頷くことは出来なかった。脳裏には怯えているレジーの姿が浮かんでは消えている。
「けれど、僕はレジーを怖がらせたかもしれない」
「そう思うなら尚のこと、お嬢様を助けてください。お嬢様は、寂しがりですから」
『ボクが、寂しかったんだ』
『私からはなれないで。お願い』
そう。そうだ。レジーはそう言っていたじゃないか。エミリオが王都に返された今、レジーの傍に誰がいるというのだろう。エミリオは込み上げてきた悔しさにぐっと拳を握りこんだ。
「うん。わかった」
エミリオの答えに満足したように笑みを深めたロイドは、応接室を後にした。
「オリヴィエ様は、エミリオ様にしか出来ないと仰ってましたよ」
妖精を通して見通すとこの出来るルフェイのことだ、きっとレジーの事情は全て知っているのだろう。そしてルフェイからオリヴィエだって聞いているはずである。ロイドが来たというのが何よりの証拠だった。
オリヴィエとルフェイに会うのが先だと、エミリオも応接室を後にした。




