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35.面白くもない昔話

 夜、レジーはウィルと共に家に帰ってきていた。あの後、フィリと話を続けることができるわけもなく、ひとまずフィリの屋敷を後にした。フィリには後日話すこととし、レジーは家にてウィルと話すことにした。家の鍵を開けて、扉を開けたところでウィルが話しかけてくる。


「レジー……いや、リンスレッド」

「レジーでいいよ。ここにいる私はただのレジーだよ」


 子爵のウィルからすれば侯爵家は目上の存在だ。気まずそうにするウィルへレジーは苦笑いした。そのために正体を明かしたわけじゃないのだから首を振った。エミリオが去ってから初めて入る家に、一歩踏み込むのを躊躇う。ぐっと見つめていると、頭をぐしゃぐしゃと撫でつけながらウィルが通り過ぎていった。


「ほら、入れよ」

「……うん」


 いつも通りに戻ってくれたことにレジーは安堵した。以前、レジーはウィルがロザリーを好きと聞き、ウィンチェスター家に連れ戻されるのではないかと思った。そんなはずがないのに。崩れた髪の毛を手櫛で整えながら、小走りでウィルに追いつく。レジーの家なのに、幾度も来ているウィルは我が物顔で進んでいった。


「ウィル」

「なんだ?」

「ごめんね」


 怪訝な顔でウィルはレジーを見た。それはそうだろう、レジーは頭の中で思ったことを一方的に謝っただけなのだから。それでも、レジーはにっこりと笑った。


「お茶、入れるよ」


 ウィルを追い越してレジーはキッチンへと急ぎ足で向かった。その後ろでウィルがほんのりと頬を染めていることなんて、気づくことはなかった。


 リビングはルフェイが綺麗に片付けたままで、あの日作っていた料理はウィルが片付けてくれたみたいだ。腐ったものが放置されていたらどうしようかと思ったレジーは胸を撫でおろした。紅茶を用意し、ウィルは一人掛けのソファに、レジーは二人掛けのソファに腰かけた。


「じゃあ、聞いてもらおうかな。私の昔話」


 両手でマグカップを持てば、冷えた指先がじんわりと温かくなっていく。話したってウィルは大丈夫だとわかっているのに、まだ心のどこかでは怖がっているのだ。自分の臆病さにレジーは眉根を下げた。


 時折詰まりながらレジーはウィルに全てを話したレジーは、マグカップに残った最後の一口を飲み干した。伺うようにウィルを見上げれば、ウィルは顎に指をかけて何かを考えているようだった。

 ウィルとフィリは最低限の社交しかしていないようだが、時折ロイドから手紙をもらうだけのレジーよりも実家がリンスレッドを探していることは詳しいことだろう。気になることでもあるのだろうかと、レジーはウィルをじっと見つめる。

 

「なぁ、レジー。ロザリー様を引き取ったのは3年前か?」

「え?正確には3年と半年、だけど」


 飲み干してしまったマグカップを持ったまま、ふと、ウィルは昔にロザリーを見たことがあることを思い出した。ウィルの今なお続いているという初恋はロザリーなのだ。しかし、レジーはノクチルカに来るより以前にウィルと会ったことがない。ロザリーの実家は商会を営んでいたので、その繋がりかもしれないが。


「俺がロザリー様と会ったのは4年前で、父に連れられていった商談の場なんだが」

「4年前……」


 ウィルは15歳、ロザリーは11歳の頃だろう。もしかしたらお見合いの意味もあったのかもしれないと思い至る。アカデミーでレジーの両親と親交があったくらいなのだから、そこそこ大きい商会なのだろう。当時ウィルとフィリはアカデミーにいたのであれば、王都にも近かったはずだ。

 

「ただ、なんだ。その」


 上手く言葉にできないのか、自信がないのか。口ごもるウィルにレジーは首を傾げる。


「俺が会った時とは随分と様子が違う。本当にロザリー様か?」

「え?」


 レジーは丸い藤色の瞳をぱちくりと瞬かせた。


 □■□■


 数年前に失踪した令嬢は屋敷で深く愛されていた。それは誰の目にも確かだったことだろう。天真爛漫で溌剌とした少女はいつだって笑顔だった。いなくなった事への影響は大きく、3年経ってようやく時折影を落とすくらいまで落ち着いた。それでも当主は王都のタウンハウスに移り住み、どんな眉唾な情報でも何をおいても確かめている。


「あぁ、お母様、お父様、元気を出してくださいな。訃報がないということはきっとお姉様はお元気ですわ」

「ありがとう……。今度こそと思ったのだけどな……」


 ソファに項垂れる義父を薄茶色の少女が寄り添って慰めている。義母は報告を聞いてから自室ですすり泣いていた。一見すれば支え合う家族の姿のはずなのに、ロイドはどこか冷めた目で見つめている。


 主人達が探している令嬢はこの国の北部にいることを唯一知っているが、西部に身寄りがなく16歳ほどの黒い髪に紫の瞳をした少女がいるという話をメイドに流し、当主に報告させた。藁にもすがる思いで執事に確かめるように命じ、その結果は目の前の通りだ。少女は流行病で両親を失い、行くあてをなくし路地裏の孤児となったそうで、侯爵家が援助している孤児院へと案内された。


「ロイド、貴方に手紙です」

「私に……?わかりました」


 良心は痛むが、少女を思うと静かに目を伏せて胸の内に秘める。メイドから手渡された手紙を受け取ったあと、私室へと下がった。密かに少女と手紙のやり取りをしているロイドは人目のあるところでは手紙を開かない習慣がついていた。それを周りは想い人との恋文だと冷やかしてくるのだが、誤魔化す手間を考えれば好都合な勘違いなので、その度に苦笑いをして済ませている。


「誰だ?」


 レターナイフで丁寧に手紙を開けると、そこには数日後、妖精王の住まう離宮への招待状が包まれていた。

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