30.妖精王の息子
この国の建国神話は幼い子供が寝物語に聞かされることが多く、誰もが知っていることだった。
妖精王ルフェイは人間に興味を持ち、ある時アレクという農民と出会う。アレクは好奇心が旺盛で、ルフェイと意気投合し共に世界を回る旅に出た。多くの人と出会い、人との繋がりを持ったルフェイは疫病に犯された村へとたどり着いた。救いきれない命を見送り、ルフェイとアレクは人が健やかに過ごすことの出来る国を作ることを決めた。アレクはルフェイと国を作り上げたあと、天寿を全うし、ルフェイはアレクに代わり国を守っていくと誓いを建てた。その為、年に1度ルフェイは祝福を国に撒き、いつまでも見守っていること、そして国民が祝福を持つことで他国からの侵略を抑止していると言われている。
「え、と、本当にルフェイ様なのですか」
「うん。そうだよ」
カラカラと笑う姿の軽さにレジーはめまいがした。妖精王は現国王と肩を並べるほどの権威を持っている。人の世を見守る妖精王は時に王族を戒めることだってできるのだから。
「ああ、キミたちのことはわかっているから自己紹介はいらないよ。全部視てたから」
「全部」
千里を見通す力を持っているというのは嘘ではなさそうだ。一体何を見られていたのかと背筋が寒くなる。自己紹介はいらないと言った時にレジーはちらりと見られた気がした。
少なくとも、レジーの事情は知っていると思われた。
「ルフェイ様に子が生まれたという話は聞いておりませんが」
「この国を見守る誓いはあくまでもボクが個人でアレクとしたものだからね。エミリオに背負わせる気はないから公表する気はないよ。キミ達人間はめんどくさい」
――だからこそ、ボクはずっとキミ達から目が離せないんだけどね。
どこか自嘲するように、寂しそうに呟いたルフェイの姿から目が離せなかった。この国は建国してから既に何百年も経っている。物語の通りであれば、ルフェイは何百年もこの国を守ってきているということだ。色んな思いがルフェイの中で渦巻いているのだろう。
「でも、そんなの王族が許すとは思えないのですけど……」
「そうなんだよねぇ。だからエミリオを囲い込もうとされちゃってさぁ」
「ちょっと待ってください」
まるで愚痴を話すようにむっすりとした表情でルフェイは話し続けようとするが、ウィルが手を出して止めた。こめかみに指を当てているウィルを見て、何に悩んでいるのかをレジーも察した。
妖精王が子を成しているという公表されていないことをあっさりと話されたことで思い至らなかったが、それは聞いてしまえば後戻りができない類のものであった。
そして同時にそれはエミリオに関わることだ。
目を見合わせたあと、2人とも頷いて腹をくくった。
「続きを、お願いします」
「キミ達は良い子だね。エミリオがキミ達と出会ってよかった」
じゃあちゃんと話そうかな、といったルフェイはゆっくりと話し始めた。
「そもそも妖精っていうのは、キミ達の目には映らないだけでそこらへんにいるんだ。部屋を片付けてくれたのも彼らだね。そして本来妖精には親子の概念はないんだ」
アカデミーで妖精について学ぶことは多くない。それは妖精は生態がわかっていないのと、人間社会に干渉してくることがないことにある。認識しているのもできるのもルフェイだけだ。しかしルフェイは妖精王として、祝福などの人ならざる能力を持ち合わせている。さらに言えば不老不死であった。
「妖精っていうものはね、自然に生まれて、自然に消えるんだ。ただし、エミリオだけは違う」
ソファで眠るエミリオに視線を向け、柔らかく表情を崩すルフェイは、我が子を見る父親そのものだ。自分の父のことを思い、レジーは胸が締め付けられるような痛みが走った。
「エミリオはボクとそして人間のオリヴィエとの間に生まれた、正真正銘ボクの息子だよ」
エミリオが大きくなればルフェイに似た美丈夫に育つことだろう。それ程までに風貌が似ている。閉ざされた瞼の下、金色の瞳はきっと母親譲りなのだろうと思えた。
妖精と人間のハーフとして生まれたエミリオという存在を自分たちに取り込みたいだろうということは、レジーにもウィルにもすぐに察することができた。




