27.キミに聞いて欲しい話
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今度聞いてほしい話がある。そうレジーがエミリオに言ってから、もう数日が経っていた。この日、レジーは朝からウィルに呼ばれ、フィリの屋敷へとやって来ていた。
「あぁ、どうしよう」
「どうした?」
フィリは来客があるそうで、レジーは屋敷にある応接室の一室に案内されていた。綺麗に掃除された応接室は埃1つ見えず、調度品はきらりと輝いている。座っているソファの座り心地も沈み込むくらいにふかふかである。応接室にはウィルとレジーの2人しかいないため、深く座り項垂れていた。
「……聞い、てほしいけど聞かせられない」
「なんだそりゃ」
ウィルだけじゃなく、フィリにも話さないわけにはいかないとわかっているものの、先にエミリオと話したかったレジーはもごもごとして誤魔化した。気にしていないのか対面のソファに座っているウィルはぺらぺらとフィリが渡していった紙を見ている。
「例えば、例えばだよ?」
「うん?」
「近くにいた人がずっと嘘をついていたら、ウィルはどう思う?」
家族のようにそばに居て、共に暮らしていたというのに。ずっと偽っていたとしたらどう思うのだろうか。くしゃりと泣きそうに顔を崩してしまい、見られないように俯いて自分の足先を見つめる。可愛らしいミュールじゃなくて動きやすい男物の靴を履いていた。
「どう思うもなにもないだろ」
「へ?」
書類を一通り目を通したのか、自分の隣にバサ、と置いたウィルは足を組みながらレジーを見た。
「騙したくて嘘ついてたなら怒るし、仕方なくて嘘ついてたならそれは仕方ないってだけだ。ただ、寂しくはなるか」
「さ、寂しい?」
「仕方ないとは思うけど本当のことを言ってくれないことは寂しいだろ」
パチパチと瞬きをしたあと、レジーはふはっと笑いだした。嫌われて拒絶されるかも、といった不安が吹き飛び、そして寂しい思いをさせてはいけないという気になる。もう手遅れかもしれないけれど。
それでも早く伝えたくなった。
「それに、俺も皆に隠し事してるからな」
「大丈夫だよ。皆優しいから受け入れてくれるよ」
領主の息子であり、次期領主のウィルは苦笑いしていた。レジーは昔ノクチルカが荒らされたことは知らないけれど、それでもウィルが皆にちゃんと話した時、拒絶されるとは思わなかった。ウィルがノクチルカを思い、行動してきたことを知ってるからだ。
「ウィル」
「今度はなんだ?」
「今度聞いてほしいことがあるんだ」
きっとウィルなら大丈夫。レジーをウィンチェスター家に、ロザリーに連れ戻すことはしないと思えた。だからこそするりと出たその言葉を、ウィルは笑って受け止めてくれた。
いつの間にか顔を上げていたレジーの頭をぐしゃぐしゃと撫でるウィルに、もしかして兄とはこういう存在なのかもしれないと思った。
「何?私抜きで楽しそうね。ずるいわ」
来客対応を終えたのか、むすっとした顔で現れたのはフィリだった。
「フィリも聞いてくれますか?」
「えぇ、レジーのことならなんでも聞きたいわ」
ウィルの隣に座ったフィリはそういって花が咲くように笑う。男ならひと目で恋に落ちそうなくらいに可憐な笑顔だった。
フィリから聞かされたのは、ここ最近イルメリアでとある冒険者がよく出入りしているというものだった。黒髪の少年を探していると言うその冒険者に心当たりはないかと問われた。
リンスレッドを探しているのではと背筋が凍ったが、探しているのが少女ならともかく、少年を探していると言われるとレジーには心当たりがなかった。しかも昔お世話になった少年で、お礼がしたいのだと言って回っているそうで、尚のことレジーは胸を撫で下ろす。
「今日はとびきり美味しいご飯にしよう」
昼過ぎには帰ってきていたレジーはエミリオに今日話すことを心に決め、少しでも機嫌を取ろうと多くの食材を並べて腕まくりをした。同居人は分かりづらいが好き嫌いがしっかりとある事をレジーは知っている。
エミリオの好きなものを思いつくままに作っていると気分が乗ってきたレジーは鼻歌交じりになった。
ベーコンのキッシュに、南瓜のスープ、サラダにはパンを硬めに焼いたものをトッピングして、最後にはアップルパイも作り始める。
気がつけば日が暮れ、もうすぐ夜になる頃だ。
「もうすぐ帰ってくるかな」
ホットレモネードを置いて、窓の外を見る。エミリオがやってきて1年が過ぎ、また夜に雪が積もる季節だ。ホットレモネードからレモンの酸っぱい香りと、ほのかに蜂蜜の甘い香りがして、ホッと一息つく。
不思議な気持ちがレジーの胸を満たしていた。
秘密を打ち明ける不安と、未だに拒絶されるかもしれない恐怖、そしてそれでも受け入れてもらえたなら、ずっと傍にいてくれるかもしれないという期待。
「そっか」
出会った頃にレジーはエミリオにレジーが寂しいからエミリオを拾ったのだと言った。それは本当だった。実家を飛び出したとき、シェーネが拾ってくれて1人にはならなかった。しかし、シェーネが死んでレジーは1人になった。子供の時から人に囲まれて生きてきたレジーにとって、本当の1人だった。
静かに目を伏せると、手を握って真っ直ぐに見つめてくる金色の瞳を思い出して、口元が綻ぶ。
きっと大丈夫だと信じられる気がした。
「早く話がしたいな」
リンスレッドではなく、偽りのレジーでもなく、ただ1人のレジーとして、エミリオと話がしたかった。そわそわとしていると、玄関の向こうでカタリ、と音がした。パッと顔を上げ逸る気持ちのまま玄関に走る。小走りで辿りついた玄関は空いてなくて、エミリオは鍵を忘れたのだろうかと、首を傾げた。
「どうしたの?鍵でも忘れ、」
玄関の鍵を開けて扉を開けたレジーは、エミリオではなく、男性が1人立っていて最後まで言えなかった。
「こんばんは。リンスレッドお嬢様」
頭を強く殴られたような衝撃に目を見開いたレジーは何も言えなかった。
運命が動き出す音がどこかで鳴った気がした。




