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25.男と女

 エミリオがノクチルカにきて1年が経ち、すっかりエミリオとレジーの生活は落ち着いていた。気が付けばレジーは16歳になっていた。当たり前のように朝に朝食を共にして、仕事に出て、夜にまた夕食を一緒に取る。時折ウィルやアンと一緒に食べることもあるが、大半は2人の生活だ。しかし、レジーは甘く見ていたのだ。

 エミリオとレジーはどうしようもなく、男と女だということを。


「--あ」


 夜、エミリオよりも先にお風呂に入ったレジーは、脱衣所に置いてきた下着を思い出して踵を返した。当然だが女物の下着を使っているレジーはエミリオに見られるわけにはいかず、下着だけは別に隠れて洗っていた。腕を痛めていた時はアンの手を借りていたのだが、今ではひそかに洗って朝部屋に干している。

 脱衣所に入って下着を回収したのと同時に、ガチャと音がして反射的に目を向けた。


 そこには上半身裸のエミリオが立っていた。

 ポタポタと髪から落ちる雫が首筋から鎖骨、そして胸板へと落ちていく。レジーよりも1回り小さかったエミリオは、この数か月で成長期を迎えたのか、ぐんぐんと背が伸びて喉仏も出てくるようになっていた。今やレジーと同じか、少し高いくらいだ。

 十数年を令嬢として生きていたレジーに異性の裸体は刺激が強すぎた。ぴしり、と固まったのレジーに対して、エミリオは驚いたように目を丸くしているだけだった。


「レジー?」

「~~~!!」


 固まって動かないレジーを不思議に思い、1歩近寄り声をかけたエミリオに、言葉になっていない悲鳴を上げて脱衣所から飛び出した。心臓が飛び出そうなくらいに跳ね、顔が燃えるように熱い。

 飛び込んだ私室で、レジーは布団に勢いよく潜り込む。


「ひゃああ」


 眼球に焼き付いてしまったかのように、目を閉じても浮かび上がるエミリオの上半身に、布団の中で悶える。


「レジー?」


 こんこんとノックされたドアの向こうでエミリオの声がした。明らかに様子のおかしかったレジーを気にしてくれたのだろう。

 エミリオは何も悪くないというのに。


「ま、待って!ほんとに!待って!!」


 今冷静になれる気がしないレジーは開けられないように何とか声を張り上げた。同性ならどうということはないはずで、レジーがアンの裸を見たとしても取り乱したりはしないだろう。けれども、エミリオとレジーは異性であった。


「だ、大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫だから、待って」


 心配する声に、レジーはこのままではいけないと両頬をバチンと叩いた。頬がひりひりとして、赤くなった気がするが、この際仕方のないことと割り切るしかない。

 すーはーと深呼吸をしてレジーは神妙な面持ちでドアを開けた。


「顔赤いけど、本当に大丈夫?」

「ちょ、ちょっと熱っぽいかも!先に寝る!おやすみ!」


 服は着ていたものの髪は未だに濡れているエミリオの姿に、脳内に先程の裸体が浮かびあがり一瞬にして体温があがった。大きな音を立てるくらいに勢いよく扉を閉めたレジーは、再び布団へと潜り込み唸り声を上げた。


「……どうしよう」


 しばらく忘れられそうにない裸体に、今後どう接したらいいかわからなかった。


「引き締まってたな……エミリオって男の子だったんだ……」


 そんな当たり前のことをぽつりと呟けば、やけに自分がはしたない女のように感じて、枕に顔をうずめて叫び声を上げた。


「……」


 まさかドアの向こうでエミリオがその唸り声を聞いてビクリと体を震わせていることなんて、レジーは想像もしていなかった。



 数日が経過し、時が解決してくれるかと思っていたが、


「おはよう、レジー」

「お!……はよう」


 ビクッと飛び上がったあと、裏返った声で返事をする。そんなレジーの様子をエミリオが不思議そうに、そして寂しそうにしていて、胸の内がちくりと罪悪感で痛む。もちろんこのままで良いとはレジーも思っておらず、どうかすべきなのだろう。けれども、エミリオを見る度、落ち着かない気分になるのだ。

 八方塞がりのレジーは自分だけでは解決できそうになく、誰かに相談しようかと思い始めるが、一体誰に相談できようか。

 女であることを黙っている以上、ウィルに相談など出来るわけがなく、アンに相談するしかないのだろう。今日アンに時間はあるだろうかと悶々と考えながら朝食を食べる。

 食卓を向かい合って座っているだけで重い空気が流れていることがよりレジーを悩ませた。


「レジー」


 食べ終わった食器を流しに置いた時、後ろから声をかけられ、びくっと体を震わせた。数秒置いてから振り返ると、エミリオが訝しげにしながら立っていた。

 金色の瞳にじっと見つめられ見つめられ、捕らわれたような気になったレジーは動けなくなる。


「どう、したの?」


 人形のような硬い動きで貼り付いた笑顔を浮かべる姿に、深い皺が刻まれた。


「やっぱり変。僕、何かした?」


 いつの間にか見下ろさなくなったエミリオの顔が一足分近くなる。背が伸び、足も伸びた分だけ一足分は大きい。近くなった距離分下がろうとするも、背後には流しがありレジーの逃げ場はなかった。

 しかし、逃げようとした動きを読まれたのか、更に距離を詰められ、ついにはレジーの両サイドに腕をつかれる。背後には流し、両サイドにはエミリオの腕があり、レジーはエミリオに閉じ込められた。


「……!」


 令嬢の時に読んだことのある恋愛小説のワンシーンを彷彿させる状態に、レジーは胸が飛び出そうなくらいに高鳴った。母の部屋にあったその本は、読んでいる姿をみた両親が「リンスにはまだ早い」と苦笑いしながら取り上げた。読んだって意味の分からないことばかりだったけれど、その時は大人の本を読んでいるとわくわくしたものだった。

 そんなことを頭の遠くで思い出しながら、レジーは無意識にエミリオを突き飛ばした。


 

 

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