24.バノラの街
イルメリアはノクチルカの東に位置するが、更にその東にはバノラという街がある。
大きな冒険者ギルドがあり、冒険者がよく集まる街となっている。娯楽品が多いノクチルカに比べ、バノラは冒険者の装備や薬が多く売られていた。
領主の息子であるグレイはウィルとフィリの学友だったこともあり、レジーが配達でバノラを出入りすることは了承している。挨拶に行った方がいいかとフィリに問うたが、フィリはグレイを毛嫌いしているらしく、バノラの話が出るとこれでもかと言うほど眉間にシワがよる。食い気味に「行かなくてもいい。可能な限り顔を合わせたくないの」と言われた時には目を丸くした。ノクチルカの西側にあるティキニカの領主子息も学友らしいのだが、こちらも同様に挨拶は不要とされている。イルメリア、ノクチルカ、バノラ、ティキニカがレジーの仕事範囲だ。
レジーとしても下手に貴族と会いたくないので食い下がることはしなかった。
ゴーシュから医薬品の注文書、そしてフィリからは領主宛の手紙を届けたレジーはバノラの街を歩く。バノラからノクチルカまでは2時間ほどかかる上に、時間もお昼頃だった。すぐ帰るよりは一休みしたいところであった。
「んー。ここでいいかな」
こじんまりとした店のドアを開け、中に入ると3組の冒険者が既にいた。男女3人が一組、男3人が一組、そしてカウンターに座っている1人だった。店の中を進み、隅に配置されているテーブル席にひっそりと座る。少し経ってからやってきた店員にポテトグラタンとオレンジジュースを注文した。
「ねぇ、そういえば、この街にもあの依頼来てたよ」
「あの依頼?」
店員が持ってくるのをぼんやりとしながら待っていたレジーの耳に、男女3人の話声が聞こえてくる。盗み聞きのようで居心地が悪いが、聞こえてくる会話に耳を傾ける。ツインテールの女性がストローを指でつつきながら話している。
「ほら、報酬がいい探し人のやつ」
「あぁ。あの貴族からの」
じりじりとレジーの背中にいやなものが走り、ぴたりと動きが止まった。
「さらに報酬あがってた。情報だけでも結構いい金額」
「はぁん、まぁでも俺らには関係ないだろ。こんなところにいるわけないんだから」
「そうなんだけどねぇ」
迫ってくる何かにカタカタと指先が震える。自分とは関係ないものであるようにと願うのを止められない。ロイドとは隠れて手紙をやりとりしていて、シェーネの葬儀の時に顔を合わせ、ウィンチェスター家のことを聞いていた。リンスレッドは引き続き探されているようだけど、ロイドがノクチルカとは正反対の方面を探すように誘導しているようだ。
まだノクチルカまでは手は伸びないはずだと言い聞かせる。
「身ごもった女の人なんてそう遠くはいけないと思うんだけど」
女性の声に不安が一気に解消され、思わず椅子に深く座り脱力した。帽子を取り膝の上に置いたとき、未だに少し手が震えていることに気づいた。喉もカラカラに乾いていて、我ながら細い神経だと自嘲したレジーは水をグッと飲み干す。
「お待たせしました。ポテトグラタンとオレンジジュースです」
「ありがとう」
テーブルの上に置かれた、湯気を立てるポテトグラタンに食欲を刺激され、ぐぅとお腹が鳴る。カトラリーを手にしてモグモグとレジーは食べ始めた。
ふと顔を上げるとカウンターに座っていた栗色の髪の男性と目があうも、レジーが珍しいのだろうと気にしなかった。この街は冒険者が多いためか、冒険者に思われることがあり、まだ若いレジーが1人でいることを不思議そうにされることは時折あるからだ。
壮年の男性は栗色の髪に、茶色の瞳をしており、疲労が残る顔で琥珀色の飲み物を口にしている。お酒は当然のように取り扱っている店ばかりなので、男性が持っているものもお酒なのだろう。
「次の依頼は?」
「森の奥にある薬草の採取。この時期にしかないそうだが、獣の巣が近くにあるそうだ」
「じゃあ退治の装備集めないとね」
男女の冒険者の話題は既に他のものになっていて、ポテトグラタンへ意識を集中させる。ほくほくとしたジャガイモに絡むホワイトソースとチーズが美味しく、機会があればエミリオと一緒に来ようと考えながら食べ進める。食べ終えるのはあっという間で、最後にオレンジジュースを流し込んだレジーは一息ついた後に店を後にした。
先にいた3組の冒険者たちよりも先に出たレジーは気づかなかった。
「リンスレッドお嬢様?」
カウンター席に座っていた男がレジーが去った後、店の扉をじっと眺めながらその名を呟いていたことを。




