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22.繋いだ手は離せない

 狩猟祭から1ヵ月ほどが経ち、エミリオに一方的に感じていた気まずさは消えていた。穏やかな日常が流れている。狩猟祭で獲った獲物の肉や毛皮は売りに出されるが、レジーが運ぶには重く多すぎるため、この間は行商が行き来する。そのため、レジーの仕事は激減していた。

 エミリオは相変わらずジルとルーナの食堂で働いていたがジルの体も良くなり、たまにはと休みをもらったようだ。

 ノクチルカの街からエミリオは出たことがなかったため、イルメリアにエミリオと共にやってきた。レジーとしてはエミリオを背負って走ってもよかったのだが、せっかくの休日なのだからと乗り合い馬車を使い2時間かけてきている。


「エミリオ、これ、美味しいよ」

「ん。ありがと」

 

 球状のドーナツを油紙に包んだものをレジーはエミリオに渡した。シナモンを振りかけているようで香ばしい匂いと甘くてキリッとした匂いがふわりと香る。受け取ったエミリオが1口齧ったあと、味が気に入ったのかもうひと口大きめに齧っているのをみて、レジーも自分の分を齧った。

 ノクチルカの街以外に来るのが初めてなエミリオは、きょろきょろと珍しそうに周りを見ている。


「エミリオもおっきくなったなぁ、また伸びたんじゃない?」

「もうすぐレジーを抜くよ」

「それは楽しみだね」


 片頬でもぐもぐと咀嚼しているエミリオは小動物のようで思わずくすくすと笑ってしまった。笑う様子に、拗ねたのかエミリオが口を閉ざす。慌てて謝りながら頭を撫でてやると、なんとか機嫌が戻った。

 

「エミリオは良い子だね」

「レジーにはね」

「……あぁ、確かにウィルには相変わらず冷たいもんね」


 昨日もウィルから「エミリオを飯に誘っても断られた」と愚痴を聞かされたばかりである。仲が悪いということはないのだろう。何だかんだと言いながらも、お節介なウィルによって構われているエミリオは、邪険に扱うようにすることもあるが、ウィルを嫌っているようには思えない。むしろ心のままに接しているような気がする。男の友情というものだろうか。

 レジーにはわからない分野だった。


「ノクチルカでの生活には慣れた?」


 エミリオがノクチルカに来て数週間。定食屋でのアルバイトも板についてきた頃だ。狩猟祭の時に店主のジルとルーナに挨拶をさせてもらったけれど、可愛がってくれているようで胸を撫でおろした。


「うん」

「そっか」


 言葉は少ないけれどドーナツの最後の一口を放り込み、もぐもぐと咀嚼している顔は柔らかくてレジーは胸がいっぱいになった。

 ノクチルカは雪に包まれた寒い街ではあるけれど住まう人達は暖かい人達だ。レジーも実家を離れて、普通ならば寂しくて辛くて耐えられなかっただろう。それが今こうしていられるのは、ノクチルカの人達が優しいからに他ならない。


「レジーは……」

「ん?」


 話しかけられレジーが視線を落とすと、エミリオの金色の瞳が探るようにじっとレジーを見ていてたじろいでしまった。レジーにはエミリオに黙っていることがいくつかある。金色の瞳はそんなレジーを見透かすような色を宿しており、すっと目を逸らしてしまった。


「ううん。なんでもない」

「そ、そっか」


 追及すると都合が悪いのは自分なため、適当に流すことにする。いつかエミリオに話すべきなのだろうがレジーには踏ん切りが付けられずにいた。

 狩猟祭の1件からレジーにとってエミリオの存在が大きくなっていることは確かであった。それでもレジーは3年後、修道院に行くことをやめるつもりはなかった。むしろ実家のことに巻き込みたくないとさえ思っている。


「エミリオは……ボクがいなく、ても……」


 大丈夫だね、と続けるはずなのに、どうしてもその言葉が言えなかった。肯定されたらレジーはいらないということになる。


「……!」

「レジー。僕は、」


 エミリオの手がレジーに重なり、繋ぎとめるように強く握られる。どうしても言葉を続けることができなくて、地面を睨みつけていたレジーは手を繋いできたエミリオに視線を移した。

 金色の瞳が変わらずにレジーを見ている。


「僕はレジーといたい」

「……」

「僕にはきっとレジーが必要だから」


 そんなことない。エミリオにはレジーがいなくても大丈夫。

 そういわなければいけない。

 だって、ずっとエミリオと一緒にいることはできないのだから。


 そう思うのに、心はじんわりと温かくなって、泣きたくなるくらいの安心感に包まれた。繋いでいる手も、じっと見つめてくる金色の瞳も、言葉が嘘でないことを一心に伝えてきて目を逸らすことができない。


「……うん。ありがとう」


 ぐらりと揺らぐ何かに、レジーはぐっと奥歯を噛んで堪えた。笑顔を作ってエミリオを見るけれど、きちんと笑顔を作れているかわからなかった。けれど、エミリオが悲し気に目を伏せたため、作れていなかったのだろう。針が刺さったように痛む胸を見ないふりして、レジーは歩きだした。

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