表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/54

21.狩猟祭 3

 気が付けば駆け出していた。

 動転している人から詳細を聞くことは難しく、レジーはウィル達がいた方角を聞きだして走り出した。何も持たずに飛び出したレジーを引き止めるような声がしたが、気にしている余裕はなかった。


「はっ、エミリオ、無事でいて……!」


 木から木へと飛び移りながら走る。ほぼ一直線に走ることができていることから、目的の地点へはすぐにつくことはできるだろう。そう思わなければレジーは取り乱しそうだった。

 

 『おかえり』と言えば『ただいま』と返してくれた。

 『おかえり』と言われて『ただいま』と返すことができた。

 ふわりとした頭が気持ちよかった。無意識だろうが、すり、と寄せてくれる頭に安堵した。


 ――もう独りにはなりたくない。


 「レジー!」


 無心で走っていたレジーはウィルの声で立ち止まった。急に止まったことにより木の枝が揺れたが、慣れっこのレジーは幹に手をついて踏みとどまった。眼下にウィルがいたことを確認してからレジーは降り立った。よほど不安そうな顔をしているのか顔を見たウィルがぐっと眉を顰める。


「エミリオを最後に見たのは?」

「ここの辺りまでは一緒にいたはずだ」


 川が近くに流れていて、小休憩に立ち寄ったのだという。休憩を終え、続きをするかと言う段階でエミリオがいないことに気づいたそうだ。4人1組のウィル達は、レジーへの伝達にひとり街へ戻らせ、ウィルは残った2人で辺りを捜索していた。

 レジーは辺りを見回し、ウィルが探した方角を聞き出す。エミリオは器用で最近は体力もついているようだが、ただの少年の体に変わりは無い。遠くへ行けるわけがないのだ。

 ウィルたちは川に流されたのではないかと川を逆流するように探していた。それならばとレジーは川を飛び越えて反対側を探すことにした。


「レジー!」

「大丈夫!ボクにとって森は庭みたいなもんだから!」


 ウィルはレジーを入れた3人で探すつもりだったようだが、そんな悠長なことをレジーはしていられないと走り出した。

 声をかけられる時間すらも惜しい。ウィルの返事も待たずに、レジーは走り出した。時折止まり、耳をすましてエミリオの手がかりを探す。


 見つからない時間が経つほどに、焦りで息が上がる。今こうしているうちにも獣に襲われていたらどうしようと不安が押し寄せてくる。


「エミリオーー!!」


 返事をしてくれないかと大声を出した。森の中でレジーの声は反響するように響き渡った。幾度か繰り返していると、どこからカサッと草が揺れる音がした。


「エミリオ!」


 草むらを手で掻き分けると、そこは深い落とし穴が出来ていた。大の大人でさえすっぽりとハマりそうなその穴は大きな獣を捕まえるための罠だろう。枝や葉が周りに散っていることから、おそらく昔に作った罠の上に、枝や葉が積もって見えなくなってしまっていたのだと推測できた。覗き込むと、白い頭が穴の底にいた。


「やっと見つけた……!無事!?怪我は無い!?」

「足を捻っただけ。その、ごめん、レジー」


 穴の底にいてもしょげて俯いているのがわかった。足を捻っただけというエミリオに、ひとまずは安心した。


「ちょっとだけ端に寄って、いま降りるから」

「はっ!?ちょ、レジー!?」


 いつも飛び回っているレジーは高いところに登るのも、降りるのも日常茶飯事だった。穴は広く、エミリオが端に寄ればもうひとり分くらいはあった。降りることは難しくないだろう。しかし、エミリオはレジーも降りてくるなど全く思っていなかっただろう。止めるように名を呼ばれるも、レジーは無視してするりと穴の中に降りた。

 

「は、ちょ」

「エミリオの、ばか!」


 驚き、焦ったように目を丸くしているエミリオをキッと睨みあげ大声で怒鳴りつけた。狭い落とし穴の中にレジーの大声が木霊する。はぁ、と息をついたレジーは耳を抑えているエミリオを思いっきり抱きしめた。濡れていたようで、少しびちゃっと水が飛んだ。

 腕の中でドキドキと跳ねる鼓動が聞こえて、無事でいるエミリオを感じることができる。そのことにひどく満たされた。

 助けにきたはずなのに、助けられたような気になる。


「ごめん。レジー、ごめん」


 レジーよりも1回り小さな体躯は、戸惑っている様子だったが、ぎゅぅと抱きしめていると落ち着いたのか脱力したようだ。レジーを気遣う余裕も生まれてきたのか、頭に手の重みを感じた。頭を滑るエミリオの手にレジーは涙が浮かんでくる。


 たった数週間、一緒にいただけだ。

 それなのに、レジーはエミリオがいなくなる可能性が恐ろしかった。

 

「エミリオの……ばか」

「うん。ごめん」


 はぁ、と息を吐きながらもう一度怒鳴りつけたつもりなのに、甘えたような声になってしまっていた。


 もう駄目だった。

 3年経てばエミリオと離れ、修道院に入るつもりだったのに。

 レジーはこのぬくもりを手放せる気がしなかった。


 そして、それはエミリオも一緒なのか、緩やかに抱きしめ返してくれた腕が不思議と心地よかった。


 

 その後エミリオを背負い穴から出たレジーはウィルと合流した。そしてウィルとふたりで問い詰めたところ、川に滑って落ちたエミリオは川から這い出て、そのまま迷子になったらしい。子供が落ちるときは意外に静からしいとウィルが言っていた。

 ウィルの監督不行きとどきでもあり、捻挫をしていることもあり、話はそこそこに切り上げた。


 狩猟祭は何事もなく進み、アンの豪快な解体ショーのあと、焼いた肉と野菜がふるまわれた。捌いた直後の肉は臭みがあるのか、ハーブなどのスパイスがふんだんに使われていて、大人の男たちは酒が進んでいたようだった。寝静まるのが早いノクチルカだが、その日は遅くまでどんちゃん騒ぎが行われていた。

 エミリオは足首を捻ったくらいで、運が良いとゴーシュが感心しながら治療していた。エミリオ以外にはちらほらと怪我をしている人が数人いたくらいで、宴の席ではゴーシュはお酒を楽しんでいて、アンが重いため息をついていた。ストレスがなくなることはなさそうである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ