20.狩猟祭 2
狩猟祭が始まると、出場しないレジーは終わるのを待つばかりである。役割が完全にない、というわけではなく、遭難や事故があった時の捜索の役割を担っていた。その為、仕事を入れずに見守っているのだが、何かが起こらなければレジーの仕事はないというものだ。
ただ見守っているというのは存外に暇なもので、雑用でもいいから何かないかと、うろうろ彷徨い歩く。
「何かすることない?」
「こっちはないねぇ。ジゼットのところに行けばあるんじゃないかい?」
「ありがとう」
飲み物と軽食を用意している天幕の下に顔を出してみたが、人手は足りているようだった。いわれるがままにレジーは移動するも、その先でも特に仕事はなかった。
腕を組みながら暇を持て余しているレジーに声がかかる。
「なにしてんだ」
天幕を張って日差しを遮っているところに、ゴーシュが気だるそうに座っていた。焚き火を前に暖を取っているのに寒そうにしている。
仕事がなくサボっているようではあるが、怪我人が出た時の救護要員という重要な立場だ。
「いやぁ、ヒマなので何かできることは無いかなと」
「働きもんなことだな、何かあれば呼ばれるだろうから大人しく座っとけ」
煙草を取り出したゴーシュはそのまま火をつけ、椅子に深く腰掛けている。レジーも呼ばれるがまま傍にある椅子へと腰を落ち着けた。よく見ればゴーシュの近くの机には、ホカホカと湯気を立たせているマグカップが置かれている。
「アンをさっき見ましたよ。でっかい鉈を持ってました」
「あいつは一体何やってんだか……」
眉間に皺を寄せて呆れたようにぼやくゴーシュは、今年もアンが解体ショーをすることを知らなかったようだ。
アンはこの街の生まれではなく、レジーと同様にどこかから流れ着いた女の子だった。ゴーシュが連れてきたと聞いたことがあるが、真偽は定かではない。レジーを気にかけてくれるのも、そういった事情があるのだろうとは思ってる。
「ストレス発散になるそうです」
「……」
黙って煙草の火を消すゴーシュに、レジーは苦笑いを漏らす。アンのストレスの元だという自覚はあるのだろうか。先ほど、数日前にもアンがゴーシュを担いで帰っていたと聞いた。自覚があるのなら控えればいいのにと思うが、レジーが言うには余計なお節介に過ぎるだろう。
「あー、レジーんとこのガキも確か今回出るんだろ?大丈夫なのか?」
「エミリオのことなら大丈夫だと思います。ウィルと同じ班だし、エミリオ自身がかなり器用なので」
「レジーと違って?」
「……」
押し黙ったのはレジーの方だった。脚力に頼りがちなレジーが投擲は苦手なことは誰もが知っていることだった。基本参加の狩猟祭において、救護のために待機している男組はゴーシュ以外で、レジーくらいなものである。
エミリオを助ける際にナイフを投げたとき、銀狼をかすったことすら偶然の産物であった。
「年頃だからどうなるかと思ってはいたんだけどな」
「うっ」
一方的にエミリオに対して気まずい思いをしているレジーは、ギクと体を震わせた。脳裏に浮かぶエミリオの顔に、その光景を振り払おうと頭を振った。
「なんだ?なんかあったのか?」
「な!……んでも、ない、です!」
飛び上がる猫のような動作で否定しても効果などあるわけがないのはわかっている。しかし、レジーはニヤニヤと笑っているゴーシュから目をそらし続けた。
アンよ、アンは一体どこにいるのだ。
心の中でゴーシュを唯一諫めることのできるアンを呼び続けるも、呼び声にこたえる気配は見えなかった。
「はは。いいんじゃねぇの。若いうちにそういうのは大切なことだ」
「何もないって言ってるのに」
ぶすっと膨れて見せてもゴーシュはけらけらと笑い飛ばした。ゴーシュにとってレジーはまだまだ子供なのだろう。シェーネが死んで1ヵ月も1人で暮らしてきたというのに。そのこともまた不服なことではあったが、ここでそれを言ったところで子ども扱いに拍車がかかるだけだ。それくらいのことはレジーにもわかっていた。
「ま、そうなると3年後を考えておけよ」
「3年後……」
それはレジーが修道院へ行く予定の未来だ。エミリオをアンとゴーシュに預け、ワケありの女を保護してくれる修道院へ身を寄せる未来。
--独りになる未来。
胸中が冷や水を流されたようにひやりとした瞬間だった。
当たり前のことだ。
いつまでこのままの生活を送れるというのだろうか。胸は膨らんでくるし、声が変わることもない。この街にこのまま留まることはできない。時が止まったような街の中でも、レジーの体は止まることなく成長を続けていく。
「そ、うですね」
エミリオと過ごしている日々を過去にしないといけない。
わかりきっていたはずのことが、レジーにはひどく恐ろしいことのように思えた。その時、ゴーシュとレジーの間に切羽詰まった街の人の声が響いた。
「レジー!来てくれ!エミリオがはぐれた!」




