19.狩猟祭
誤字脱字報告ありがとうございます。
1年の実に半年が雪に覆われているノクチルカだが、暖かくなる季節はわずかだが存在する。その時期は森に獣が出やすくなり、ノクチルカでは狩猟祭が行われる。獣の数が多くなるとその分被害も増えるため、獣を減らす目的を兼ねて行われる祭りだ。捕らえられた獣は捌かれて売りに出されたり、干し肉に変えて備蓄に回す。
「ウィルは今年も狩猟祭に出るの?」
「まぁ、それが仕事みたいなところもあるからな」
狩猟銃を持ったウィルを見上げれば、多少めんどくさそうにしながら頷いた。獣の種類、数、凶暴性を把握する機会でもあるのだろう。実際に参加して目にする方が、わかることも多い。イルメリアと違い、ノクチルカはその土地故に警護に置ける人員にも限りがある。
考えることが多くてウィルは大変そうだと、レジーは感心した。
「エミリオは?」
「俺と一緒だから安心しろ。レジーよりも数段筋がいい」
「失礼すぎる」
脚力が祝福で強化されていると言っても、レジーは脚力以外がからっきしのため、狩猟祭に参加することはなかった。レジー自身は参加しても構わないといっているのだが、的にかすりもせずに明後日の方向に飛んでいく銃の腕前に、周囲は首を縦には振らなかった。万が一にも流れ弾の餌食にはなりたくないのだから。
「朝聞かなかったのか?」
「う、うん」
数週間前、不思議と体を満たしていた安堵と共に目を覚ますと、目の前にエミリオの顔があり、心臓が止まったかと思うほど驚いた。エミリオの顔は整っていることを知っていたとはいえ、寝起きに至近距離で見ることになるとは全く予想していなかったのである。
心臓に悪い。本当に悪い。口から飛び出るかと思った。
その日から、レジーはまともにエミリオの顔を見るとどうにもぎこちなくなってしまうようになった。
「喧嘩でもしてるのか?」
「そういうんじゃない」
「ふぅん。仲直りは早めにな」
「違うってば」
ぐしゃ、と帽子の上から撫でつけられ、唇を尖らせてもウィルは子供を見るような目でレジーを見ている。面白くなくて、レジーはその手を振り払った。苦笑いだけ残して男衆の中に入っていくウィルを見送る。
そう喧嘩をしているわけじゃない。だってエミリオは何も悪くないのだから。
ただ、レジーはエミリオを顔を見ると、長いまつ毛で影を落とし、薄く開いた口から漏れる吐息を思い出して胸が落ち着かなくなる。
レジーはそれがどうしてなのか、何なのか、まったくわけがわからなかった。
「仲直り、ね……」
ウィルに何かを話しかけられているエミリオがぶすくれている。その様子からレジーと同じことをエミリオにも言ったのだと分かった。
「レジーさん」
「……相変わらずすごいね。それ」
大きなものを引きずる音をたてながら近づいてきたアンの手には3mはありそうな鉈があった。狩猟祭が終わると獲ってきた獲物を解体するのだが、大きな獣はアンの元へ運ばれてきて、巨大な鉈で解体される。元々は大人数人で解体ナイフを使って行っていたそうだが、腕に祝福を宿しているアンがノクチルカに来てからは解体ショーとなり、3mもの鉈へと新調された。
レジーよりも小柄な体躯のアンが大きな鉈を振りかざし、解体する様は豪快だが、同時に血も舞うので子供が見るには刺激が強すぎる。
去年解体ショーを見ていたレジーはアンには逆らわないようにしようと心に決めたのだった。
「いやじゃないの?」
「ストレス発散になっていいですよ」
解体時間になると付近の街から解体ショーを見物しようとちらほらと人がやってくる。いやではないかと問えば、アンは何ともない風に答えた。
「ウィルさんから聞いたそうですね」
「やっぱり知ってたんだ?」
「えぇ、まぁ。年に一度、街の方々の健康状態を報告してますし」
流行り病の兆候など知らせることができれば先んじて行動ができる。ゴーシュとアンがウィルの素性を知っているのは予想できたことだった。
「ウィルさんに相談してみても良いと思います。きっと力になってくれますよ」
「そうだね。ウィルはそういう人だもの」
レジーがリンスレッドであること、この街にきた経緯、すべて相談すればきっとウィルは力になってくれるだろう。それでもレジーは話したくなかった。ウィルがロザリーに好意を抱いているのが不安であった。もし、万が一にも、ウィルにウィンチェスター家に戻れと言われたら立ち直れる気がしないのだ。
「いつか、機会があったらね」
アンにロザリーのことを話すことなど出来るはずもなく、笑って誤魔化したものの、アンの瞳に映るレジーの顔は困り果てていた。
「レジーさん、」
「アン!段取りを話したいから来てくれないか?」
「あ、はい。今行きます。それではレジーさん、また」
何かを言おうとしたアンだが、受付のテントから名を呼ばれ、レジーの元を離れていく。
不思議と、エミリオと仲直りをしようと思えたのだった。




