16.フィリとウィル 2
立ち話にするのも……と連れてこられたのはフィリの屋敷だった。苦笑いをしながら門番に挨拶をするウィルと、そんなウィルに恭しく頭を下げる門番の姿に、レジーはただただ目を丸くした。
「さぁ、召し上がって?とても美味しいお茶なの。とびきりのお菓子も用意してもらったのよ」
「あ、どうも」
花のように香る紅茶は、砂糖を入れていないのにほんのりと甘い。勧められるがまま口にしたマドレーヌも芳醇なバターの味が広がって紅茶によく合った。ほっと一息ついたことにより、落ち着いて目の前で並んで座っているフィリとウィルを見ることができた。
「昔、お父様がアカデミーからノクチルカを現地で管理する人を派遣したの。でもその人ったらすごく傍若無人な人で、街の人に迷惑をかけてしまったのよ」
「街の立て直しも兼ねて俺がノクチルカに住んで、色々主導してるってわけだ」
レジーがノクチルカに住む前の話ではあるが、税の横領や横柄な態度で街の人を苦しめた人がいたことはレジーも聞いていた。
「でもそんなことがあったら街の人は領主の息子なんて警戒するでしょう?だからウィルには身分を黙ってもらっているの」
一度植え付けられた不信感はそう簡単に払しょくはできない。そこに領主の息子がやってきたとなれば、街のみんなは警戒して過ごすこととなる。ウィルがひそかに暮らしているのは、街の皆の暮らしを荒らしたくないという気持ちがあったのだろう。ノクチルカでのウィルを思い出して、なるほどとレジーは思った。街で何かがあった時の相談役としてすぐに頼られるし、子供たちに読み書きを教えたりするのもウィルが主導している。
「うん?そういえば、お父さんとお母さんは?」
「あぁ……」
「今頃は隣国でバカンスじゃないかしら」
どこか遠い目をしているウィルとため息交じりのフィリに、レジーは乾いた笑いが出るのを感じた。苦労しているんだなぁと思うばかりだ。
「父さんたちから正式に引き継ぐ前に一度代行してみろって言われて、3年任されている」
「そんなの詭弁よ。お父様はお母様との2人の時間を取りたいだけだわ」
フィリが言うには父親は母親を溺愛しており、アカデミーを卒業したフィリとウィルに領主代行を押し付けて旅行に行ってしまっただけだという。定期的に報告はしており、その都度指示はあるそうだがそれ以外の連絡はなく、基本的には好きにやってみろということだ。何とも自分勝手な行動にレジーは呆れそうになるものの、フィリとウィルの前では口に出すことはできなかった。
しかし、レジーが来てから今日に至るまでノクチルカとイルメリアが荒れていたことはない。それだけフィリとウィルがしっかりと管理しているということでもあるのだろう。
「でも、だからって、ウィルと恋人だなんてどうしてそうなったのかしら」
「まぁ、それは、いろいろありまして」
パーティで未婚の女性のエスコートを親族が務めるのは珍しくもない。しかし、兄妹であることを知らない人がみたら、恋人だと思うのも仕方ないだろう。双子だということで、名前で呼び合っているのも要因のひとつだ。
「そもそもだなぁ。お前が婚約者を決めずにふらふらしてるのが悪いんじゃないか。だから父さんたちもお前と2人でやってみろって言ってきたんだ」
「何よ。それはウィルだって一緒じゃないの。私だけの話じゃないわ」
ぷいとそっぽを向くフィリに、ウィルは深くため息を吐いた。
双子なのだと思えば似ている気がする、とレジーは未だに信じられない気持ちで2人を見た。
ウィルとフィリは髪と目は同じ色をしているが、ウィルはやや暗い色合いをしている。顔が整っていて二人とも優し気な雰囲気を持っているが、パーツの1つ1つが似ているかといわれると、じっくりと見てみれば、というくらいだろう。
「似てないでしょう?双子といっても私はお母様に似ていて、ウィルはお父様に似ているのよ。」
「は、はぁ。ところで、どうして2人は婚約者を決めないのですか?」
2人とも人目を引く見目をしているし、18歳で既に領主代行をしている聡明さであれば、いくら子爵とはいえ引く手数多だろう。フィリはウィルの補佐をしていく予定だというが、ウィルには跡継ぎの問題だってある。18歳の2人がいまだに独り身なのは疑問に思えた。
レジーの問いかけに、フィリがポッと頬を染め、もじもじとし始める。それは恋する乙女の姿で、思い人がいるのは言葉に出さなくても理解できた。
「まぁ、フィリは見た通りだ。で、まぁ、俺も似たようなもんだ」
「いい加減諦めなさいよ。身分違いもいいところなのよ」
もじもじとしていたフィリは、気まずそうにしたウィルの後に胡乱な目で見つめながらいった。ウィルとフィリは恋人ではなかったというのに、ウィルには別に好きな人はいるという。ずきりとした胸の痛みを感じた。
「うるさい」
「しかも向こうはそれどころじゃないでしょう?失踪した子、まだ見つかってないのだから」
それほどに高位の貴族に恋しているのか、とレジーは意外に思った。ウィルはノクチルカで暮らしているためか、良い意味でも悪い意味でも貴族らしさがないのだ。そんなウィルが恋しているというのは興味があった。
「ウィンチェスター侯爵のロザリー様はそれどころじゃないわよ」
まん丸とした瞳を見開いているのに、レジーは動揺して何も見えなかった。口を開こうとしても凍りついたかのようにちっとも動かない。ふるふると震える手が、あの日の恐怖を助長させた。
幸いにも、お喋りな口を諌めるようにフィリの頬をつまむウィルと、頬をつままれて眦を釣り上げているフィリはレジーの様子に気づいていなかった。たらりと垂れる冷や汗に、ハッとしたレジーは直ぐに顔を俯かせた。
きっとレジーの顔色は真っ青になっていることだろう。
「レジー?どうしたの?気分が悪くなったの?」
レジーの様子に気づいたのはフィリだった。気がつけば目の前に座っていたフィリがレジーの隣に座り、ふるふると震えていたレジーの手を握る。
「……ぁ、久しぶりにいっぱい動いたからか疲れましたかね」
我に返ったレジーが誤魔化すように笑う。心配するように揺れる瞳は、確かにウィルとよく似ていて、双子なのだとどこか冷静に考えることが出来た。
「病み上がりなのだもの。休んでいっていいのよ?」
「いや、エミリオが待ってるので帰ります。ありがとうございます」
フィリにエミリオを会わせたことはなかったが、ウィルからフィリに話は通されていた。エミリオも来たばかりということもあり落ち着いた頃で構わないという話だったが、ウィルが領主代行なのであれば納得である。
「うちにいる方が疲れそうだし、それがいいだろ」
「なぁに?何が言いたいのかしら?」
先程とは逆にフィリがウィルの頬をつまんで睨みつけているのを、額縁の外から眺めているような気持ちでレジーは眺めていた。
ノクチルカはフィリとウィルの母が嫁いでくる時に継いできた領地だったりします。
明日の8時に更新します。
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