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15.フィリとウィル

 妖精の祝福はある日突然宿る。宿る対象は、生まれたばかりの庶民の赤子から、既に第一線を退き隠居している貴族のおじいさん、おばあさんなど、老若男女問わずといったところだ。

 祝福が宿った人は希少で、人身売買の商品にされたり貴族の養子に取られ政略結婚の道具にされたりと、宿ったからといって良いことばかりではない。

 この街ではレジーとアンだけが祝福の持ち主で、何度か貴族から養子の話はあったが、領主のフィリの家に守ってもらっていた。

 

 怪我が完治し、仕事を再開したレジーだったが、もう少しの期間はイルメリアとノクチルカを行ったり来たりするだけにしろと言い含められている。言い含めてきたウィルに口を尖らせてみせたら、まさかのエミリオも追撃してきて驚いてしまった。さすがに2人から言われてしまえばレジーも聞かざるを得なかった。

 気が付けば街のみんなに伝聞されていて、イルメリア宛の荷物しかこない始末だ。

 

「まぁ、それでもこういう目には合うんだけど」

「で、お前が祝福持ちだろ?」


 回想に浸り今日の晩御飯はエミリオの嫌いな人参でもいれてやろうかと考えていた。エミリオは感情が表に出るタイプでは無いが、人参を食べた時にピクリと眉が動くのだ。本人すら気づいていないようなので、この事を知っているのはレジーだけである。

 そうして思考を飛ばしていたレジーは、にちゃにちゃとした男の笑い声を耳にして現実に戻る。

 破落戸のような風体の男は、おそらく人さらいだろう。


「そうだけど」


 予定していた時間よりも早くに終わったため、イルメリアの中をぶらぶらと歩き、エミリオへのお土産を見ていたレジーは、腕を掴まれ路地裏に引き込まれた。壁に背中を押し付けられ、痛みに顔を顰める。押し付けられた時の衝撃で帽子が地面に落ちたせいで、素顔が顕になり、男はレジーの顔をじろじろと眺めていた。


「可愛い顔してんじゃねぇか。こりゃボーナスつくかもだなぁ」

「……」


 不愉快極まりない言葉に、レジーは嫌悪感を隠すことなく男を睨みつける。引き込まれた路地裏は薄暗く、通りを歩く人達からは見えづらくなっていた。幸いなのはレジーが女であることには気づいていないことだろう。


「ボク、急いでるんだ。邪魔しないで」


 キッと睨みあげてもたかが15歳の体では凄みに欠ける。男は毛ほども気にせずレジーを品定めしていた。先日の銀狼と相対していたよりも恐怖は幾らかマシでレジーも周りを見る余裕がある。付近に仲間がいそうな気配はないので、恐らく単独だろう。

 おおかた年若い祝福持ちの配達員がいる、という噂を聞いたのだろう。ノクチルカとイルメリア以外にも配達に出ていた時は見つからなかったが、行き来してるのが2つの街だけとなれば見つけやすかったと思える。

 裏目に出ていて舌打ちしそうになった。


 祝福の宿った足で蹴りつければ大の大人であろうとタダでは済まない。その隙に逃げることは簡単だ。


「……」


 惜しむべくは買ったばかりの帽子を諦めなければいけないことだ。

 トントン、とつま先を浮かせて蹴りつける算段をつけた時、通りの向こうから声が響いた。


「誰か!人が襲われているわ!!」


 その声は聞いたことのある、透き通った声だった。路地裏にも通るその声に男は虚をつかれたようで、意識が一瞬レジーから離れた。


「じゃあ、ね!」

「あ?いっ、てぇ!」


 その隙にレジーは男の足を勢いよく踏みつける。力いっぱいとは行かないまでも、思いっきり踏みつけたおかげで、少しばかりイヤな感触がレジーの足に伝わる。


 路地裏からレジーは駆け出し、大声をあげた金髪の女性の手を取って走り出した。事情聴取をされて困るのは、実家から逃げ出して女であることを隠しているレジーだって同じことだ。人混みの中に飛び込むように駆け込んで、しばらく女性と走り続ける。走り慣れているレジーに比べて、女性の息が切れるのはすぐであった。


「ここまで来れば大丈夫ですかね。――ありがとうございます、フィリ」

「ふふ、いいのよ。手を取られて走るのは何だか物語のお姫様みたいで楽しかったわ」

「助けてもらったのはボクですけど」


 その声の主はフィリだった。ドレス姿ではなく、ワンピースにコートを着ているフィリは買い物の最中だったのかもしれない。少し待っていれば侍従が追いかけてくるだろう。


「大怪我を負ったと聞いて、心配していたの。もう元気なのかしら?」

「おかげさまでピンピンしています」


 レジーが療養している間、フィリから見舞いの品がウィルを通して届けられていた。その中には手紙も入っており、心配している旨と落ち着いたら顔を見せに来てほしいと書かれていた。

 一度お礼の手紙を書いてはいたが、顔を合わせるのは久しぶりの事である。


「フィリ!レジー!」


 次いで聞こえてきたのは聞き覚えのある声だった。声の方向に視線を向ければ、金髪に青い瞳のよく見知った青年が走ってくる。フィリと出掛けていたのはウィルだったと知り心がどんよりと曇った。


「あら、ウィル。もう少し遅れてきてもよかったのよ?」

「何言ってるんだ。レジー大丈夫か?」


 悪戯っぽくからからと笑うフィリのなんと愛らしいことか。男として暮らしているのだからレジーに愛らしさなんてないとは分かりきっているのに、その姿が羨ましかった。


「うん、フィリが助けてくれたから別に。2人はデート?」

「は?」

「え?……ちょっとやめて」


 心底嫌そうに顔を顰めたフィリに、レジーは面食らった。フィリとウィルが恋人だというのは周知の事実だったはずだ。そのはずなのに綺麗な顔をこれでもかと歪ませているフィリを見て、手を握ったままだった事を思い出す。離そうとしたがフィリに握り返されてしまった。


「ノクチルカの人達には秘密にしておいてほしいんだが」


 言いづらそうにもごもごと口を波打たせたウィルを、フィリが急かすような目で見ている。


「俺とフィリは双子の兄妹なんだ」

「は?」


 それは今まで知っていたものを覆すものでレジーは言葉を失った。フィリは恋人と誤解されていたのがよほど不快なのか、繋いでいない手を腰に当てむくれていた。


21時頃更新します。

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