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14.誰かから聞く君の話

 レジーを見送り、洗い物を終えたエミリオは身支度を整えてジルのところへとやって来ていた。

 腰を痛めたジルを診たのはノクチルカで唯一の医者であるゴーシュだった。だらしない生活をしているゴーシュだがこと治療においては厳しく、療養を無視されると患者をベッドに縛り付けることも躊躇しない。そのゴーシュから1ヶ月の療養を言いつけられているとなればジルは守るしかなかった。

 その間ジルの妻であるルーナだけで食堂を続けるのは難しい。しかし営業をやめるわけにもいかず、共倒れになってしまうとウィルが相談を受け、エミリオが連れてこられたのだった。

 エミリオ自身、レジーにただ養われるよりもと快諾し働くこととなった。


 手伝いと言えど、子供のエミリオに包丁を持たせるわけにはいかず、大量の豆を渡されたエミリオは黙々とさやを取っていた。ひたすらにさやを取ることは苦痛ではなく、気がつけばボールの中はさやが取られた豆で山盛りとなっている。


「ルーナ、さや取り終わった。次は何すればいい?」

「助かるねぇ。じゃあ次は店内の掃除を頼んでいいかい?」

「わかった」


 調理場の奥にいる老婆――ルーナに声をかければ、じゃがいもを剥いていたルーナがエミリオを見遣る。しわがれた声と顔に刻まれたシワはエミリオの何倍も生きているという証である。

 裏口に置いているバケツに水を入れ、モップと共に店に戻ると、じゃがいもを剥き終わったルーナが大きな小麦粉を抱えようとしていた。よろよろと危なっかしいルーナに、思わずバケツとモップを置いて駆け寄る。


「僕が持つから」

「そうかい?じゃあ半分お願いね」

「うん」


 小さな体躯のエミリオが1人で持ち上げられるわけもなく、声をかけたもののルーナと2人で年季の入った調理場に運び込む。そのあとは食堂の掃除に戻れば、体力を消費していることを感じ、ジルが腰を痛めるのも理解できるというものだった。


 掃除を終えた頃になるとお昼時なのか、チラホラとお客がやってくる。

 拙いながらも注文を聞いて、ルーナに伝え、出来上がった料理を届ける。客足が落ち着いた頃になると食器洗いする。そうして日暮れまで手伝うのが、エミリオの仕事となりつつあった。


「レジーが子供を拾ってくるとは。シェーネが聞いたら驚いただろうに」

「シェーネ?」

「レジーを拾ってきた人だよ。もうぽっくり逝っちまったけどね」


 夜になると大勢のお客が来るためエミリオ1人の手伝いでは捌ききれなくなる。苦渋の決断だったようだが、食堂は夕方には締めていた。一通り終えたエミリオにルーナがお茶を出してくれた。誰もいなくなった食堂の一角で、ルーナとエミリオは炒った木の実をつまみながら話をする。ルーナとジルには一人娘がいたそうだが、数年前に嫁いでしまったため寂しいようだった。昨日もひと仕事終えたあとこうしてゆるりとした時間を過ごしていた。


「レジーも拾われた子なの?」

「聞いてないのかい?2年前にシェーネがどっからか拾ってきた子だよ」


 聞いていないと、首をふるふると振るとルーナが懐かしむように話し始めた。2年前を思い出しているのだろうか。

 エミリオはルーナの言葉に耳を傾け続けた。エミリオはレジーと暮らしだして3週間ばかりなのだから、何も知らないのは当たり前ともいえる。そうはわかっていても、知らないことがあるというのは、うら寂しさを感じてしまったのだった。

 

「初めは怯えるようにビクビクした子だったのにねぇ。今はもうこの街みんなの子みたいなもんだ。――シェーネにはうちも世話になったから、亡くなった後レジーにうちで暮らさないかといったんだけど、あの家を守っていきたいって言われちゃってねぇ」


 エミリオに話しているのか、思い出したことをそのまま言葉にしているのか。そのどちらもなのだろう、ルーナは自身が知っているレジーの事を話し続けた。


 配達の仕事をすると言い出したこと。

 まだ子供なレジーには1人で街の外を歩き回るのは危険すぎると止めたものの、聞く耳を持たなかったこと。

 途中ですっ転んでドロドロになって帰ってきたこと。

 

 ただその話のどこにも『街に来る前のレジー』の話はなく、エミリオはそれが気になったのだった。


 夕暮れ頃、家に帰るとレジーはまだ帰ってきていないようで、静かな家に扉を閉める音が響いた。ランプに灯をつけ、1人がけのソファに座り込む。エミリオはこのソファがお気に入りだった。薪がパチパチと爆ぜる音を聞きながら、ルーナが話していたレジーの話を反芻していた。


 レジーがこの街に来たのは2年前の事だという。シェーネとレジーに血縁関係があったかは定かではないが、家を出たくらいなのだから、なにか特別な事情があるのだろう。

 ルーナとジルははっきりとそうは言わなかったが、何かがレジーにあったのだと話を聞いただけのエミリオにだってわかった。


「――」


 聞いてみたい、と思う気持ちはある。

 聞いたところで何になるんだ、と達観する自分がいる。


 聞いてみるか、聞かないか。


 エミリオには決めることが出来なくて、ぼんやりと考え続けた。

少しでもいいなと思いましたら、いいね、ブックマーク、☆☆☆☆☆評価をいただけると励みになります。

明日も更新します。

読んでくださってありがとうございます。

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